三ノ弦 慕情
それから、月は夜半の川に、ざんぶりと水音がたつのも見ていた。
「
水の中で意識が遠のくときも、女は祈っていた。
おゆきの姉が、老侍女と奥屋敷に行くと、
「あぁ、よろしかった」
本心から安堵した様子のおゆきの姉に、残った奥付きの侍女はなんとも居心地悪そうな顔をした。
同じ時期に
しかし、その後、室の御実家は、
この山間の者たちは、そうして生き残って来たのであるから、それはよい。
ただ、
「われは室さまを逃がしたと、
そう言って、うなだれる奥付きの侍女を、おゆきの姉は慰めた。
「たまたまに敵味方に分かれたが、元々は皆、
おゆきの姉は、老侍女にもたれて奥屋敷を出て行った。
「今から、若君さまたちを追って行かれませ」
老侍女は、おゆきの姉を支えて城を出た。
門番には、麓の菩提寺に祈りに行くと告げた。
常より、そういうことはあったから、門番は女二人を通してくれた。
それか門番は、
二人は寺へ行く道へ行かず、川縁へ行く道を歩いた。
「ここでよい。お前は帰れ」
おゆきの姉は立ち止まった。
(お方さまがいらっしゃるところが、われの帰るところでありますのに)と、老侍女は言葉に詰まって泣くばかり。
はなから、おゆきの姉は逃げる気はなかった。
自分が、足手まといになるとわかっていたから。
そして、ざんぶりと。
水音が。
「
「あぁ、覚えがあるぞ。その声」
女の着物の
その右足は
時に、そういう者が生まれる。
(なむかんぜおんぼさつ。どうか、あの子たちを)
少年は女に覚えがあった。
女は少年を知らない。
女は子供の頃から信心深く、山城の麓の寺の観音堂に、よく祈りに来た。
その祈りの声を、少年は聞いているのが好きだった。
「あの、スガヌマ君が
カンノンとスガヌマ君がいるのは、薄暗いのか仄明るいのかわからぬ母親の胎内のような場所だ。
そこにいれば、人々の祈りの声が聞こえてくるのだ。
スガヌマという名は、カンノンがつけた。
スガヌマ君の出自が、まぎれもなく、その名の一族であったからだ。
この、スガヌマという名と血の
「……」
むすりと黙り込んだスガヌマ君が、ほのかに上気しているようで、ますますカンノンはおもしろがっていた。
「そういう心が、スガヌマ君にあろうとはぁ」
スガヌマ君は
現世と幽世の間に潜み、カンノンの使いとして、救いを求める衆あらば現れる。
「あの女は、生まれつき足が悪くて」
スガヌマ君は思い出していた。
女は、いつも他者のことを祈っていた。
夫の無事や、子供の健康、妹のしあわせを。
「そうして、
スガヌマ君は女の体をかき抱き、水の鎖を付けて川底に横たえた。
「――わしは、生きようとする者を助けることはできるが、死のうとする者を助けることはできないのだ」
「行ってやる」
しょうがないという
※〈先鋒〉 戦闘の際 部隊の先頭に立って進むもの
〈逐電〉 逃げ去って行方をくらますこと
〈山家〉 この山間に領を持つ士豪の呼び名
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