ターゲット28~30/殺し屋、鎖に繋いだ嫁と作る『ハネムーン・サラダ』




 増えた拘束については、雷蔵に正しさがある。

 彼はため息を一つ、彼女をじとっと見て。


「貴咲、ちょっと君さぁ……胸に手をおいてよーく考えて見てよ。思い当たる節があるだろう?」


「胸に手を……ああ、世界一の美乳で最近バストアップした自慢の胸があるわね」


「なるほど、聞き方が悪かった。じゃあ自分のお腹の肉を指で挟んでみて?」


「無駄な贅肉ひとつ無い、美しいお腹だと思わない?」


「くっ、どうして僕の倍以上食べて体型に変化無いんだよ!! 産婦人科のお医者さんにもちょっと食べ過ぎって言われただろう!! 食べ過ぎなんだよ貴咲!」


 つまりは、そういう事であった。

 あの日の翌日、産婦人科に行って無事に妊娠を確認しウキウキで母子手帳を貰って帰ったまではよかった。

 だがその日の夜から、何かふっきれた様に食べる量が増して。


「お慈悲を!! 旦那様お慈悲を!! すっごく食べるのが美味しいのよ何故か!! 止まらないのよ!!」


「そうやって自己節制できてないから、僕が止めてるんだけど?? うーん、普段その辺は完璧な君がまさかこんな事になるなんてなぁ……」


「ここは一つ、夫としての度量を見せる時だと思うの。生まれてくる赤子の為、私は食べなければならないの!!」


「それにも限度があるよね??」


「正論パンチが痛いわ旦那様っ!!」


 自覚があるだけマシというものだが、ともあれ何らかの対処は必要だ。

 愛する妻を物理的に拘束するだけでは、残念ながら不十分。

 問題は他にもあり。


「どうしたものか、僕がいない時は姉さんや優香ちゃん達が甘やかすもんなぁ……芽衣子ちゃんがまた海外送りになってるのは良かったというべきか」


「そういえば、あのバカ殿も芽衣子さんについて行ってるんでしたっけ?」


「アレをついて行ったと表現していいのかな?」


 雷蔵は思わず首を傾げた、あの騒動の後に問題となったのは彼の処遇。

 長谷部という家は一族の盟主の座から丸ごと転落し、ゴトーに都合の良い操り人形がトップの座に。

 となれば当然、彼の兄弟はいっそう逆恨みして彼を狙い。


(自衛出来るぐらいには強くなって、なおかつ性根を叩き直すからって芽衣子ちゃんの所で鉄砲玉させられてるんだよね)


 彼女からの報告書を読む限りでは、案外と上手くやっており寧ろ裏家業の方に適正があったのでは、との話ではあるが。


「あ、こら、何処にクッキー隠し持ってたのさ!?」


「もがっ!? ――ごくん、な、何も食べてませんわ旦那様? 見間違いでは?」


「あ、ごめんね。胸の谷間に入れてクッキーつぶれないの?」


「意外と平気ですのよコレ、やっぱり柔らかいからか――はっ!?」


「ねぇ貴咲……知能レベルも下がってない??」


 はたまた、これが彼女の素なのかもしれない。

 とはいえ問題はこれだ、クッキー、もとい皆からの差し入れの数々。

 あの日以来、二人の部屋に皆が遊びに来続けて。


「そのクッキー、優香ちゃんのプレゼントだね? まったく……皆にちゃんと言っておかないと」


「旦那様、今こそ私の夫としての心の器を見せつけるべきですわ。妊娠中の妻に好きなものを好きなだけ食べさせる、ええ、きっと私は惚れ直すと思うの」


「魅力的な案だけど、夫としての威厳を出したいな。……優香ちゃんなら野咲くんに言えば止められる?? いや、手緩い。八条の当主の所に忍び込んで注意して貰うように言うか」


「対応がガチよ旦那様!? もう少し手心とかあった方がいいと思うの!!」


 首輪に引き続き、手枷足枷が増えたのは冗談の範疇であった。

 それが警告混じりだとしても、またじゃれ合いの領域。

 優香の父にまで話を持って行くのは、その本気を十二分に感じさせることで。


「私から優香に強く言っておくわ、だからその方法は見送りましょう?」


「本当にそれが出来るの?」


「ええ勿論よ旦那様、あの子は素直だから言えば分かってくれるし、元々先輩後輩の仲よ、何も問題はないわ」


「それが銀座の名店の1日100個限定のプリンでも?」


「っ!? そ、それは――――」


「姉さん特製のすっごく美味しいカボチャプリンを僕の分まで残さず食べたのは誰だい?」


 やり過ぎな対応かもしれない、決して楽しみにしてたカボチャプリンが帰ったら一個もなかった悲しみを引きずってる訳ではない。

 そう、これは正しい行いなのだ。

 愛する妊娠中の妻の体を守る、夫としての崇高な戦いである。


「ううううう~~~~~~っ、だ、大丈夫!! 私は断れる!! 節制できる!!」


「よし良く言えたね貴咲!! 信じてたよ!!」


「――邪魔するぞ雷蔵、貴咲さん。今日は私特製のメロンをふんだんに使ったケーキを持ってきた」


「ありがとう義姉さん! 食べる!!」


「ちょっと貴咲?? 姉さん??」


 言ったそばからこれだ、今の貴咲は残念ながら信頼に欠ける。

 そしてもう一つ、新たに問題が発生して。


「姉さんちょっと待とうか、ねぇなんでベランダから入ってきたの?」


「ふむ? 隣に引っ越してきたからだが?」


「いやそれは昨日引っ越し祝いしたから知ってるよ? でも親しき仲にも礼儀あり、玄関から入ってきてどうぞ??」


「しかし雷蔵、玄関の鍵を物理キーと網膜認証と10桁のパスワードを三秒以内で全部しないと中からでも鍵があけられないのは面倒だぞ?」


「そんな事になってるの!? ええっ!? そんなの知らないっ!?」


 貴咲が知らないのも無理はない、彼女は元々あまり外出するタイプではないし。

 そのセキュリティを密かに取り付けたのは、今日の早朝だ。


「ちょっと旦那様! どういうこと!? 流石に酷くありません!?」


「僕の独占欲が爆発したって言えば、みんな諦めるからなって。ちなみにインターホンも切ってあるから」


「徹底してる!? いつの間にか軟禁されてた!?」


「話が見えないが……、適度な運動も妊婦には必要だ。少しはセキュリティを緩くすべきでは?」


 姉の言葉に雷蔵は一理あると思ったが、しかしこうして食べ物を持ってくる身内がいる以上。


「――姉さん、暫く出禁ね」


「雷蔵!? そ、そんな!? 姉さんが嫌いになったのか!? はッ、まさかメロンがそんなに嫌いだったとは――」


「そっちじゃなくて、貴咲に必要以上に食べ物を与えてるのが問題なんだけど?」


「そうか? 母さんはお前の妊娠中に貴咲の倍は食べていたぞ?」


「そうなの!? え? マジ!? 嘘言ってないよね?? 貴咲の倍ってそれ大食い大会で優勝できるレベルだよね!? どういう事!? どんな人だったの!?」


 生前の母はどんな人物だったのだろうか、雷蔵はとても気になったが。

 話が横道に反れては本末転倒、ここはぐっと我慢して姉に注意喚起をしなくてはならない。

 愛する妻の為に、夫は戦うのだ。


「よし、なら今日はこのケーキを食べながら母の思い出話をしよう」


「それはとても魅力的だけどね、うん、やっぱり貴咲は食べ過ぎだと思うんだ。だから姉さん、色々作って持ってきてくれるのは嬉しいんだけど……」


「そうか……、そうだな。つい母さんを基準にしてしまったが、一般的な女性より非常に多く食べる人だたからな、ああ、ならば自重しよう」


「そんな!! 私の楽しみが!?」


「貴咲??」


「ぐっ……我慢します、ええ、我慢したら良いんでしょう!!」


 むすーっと頬を膨らませてそっぽを向いた妻はとても可愛らしかったけれども。

 ここで絆されてはいけない、雷蔵は心を鬼にして。


「ま、まぁ……、僕の目の届く所で食べるなら」


「信じていましたわ旦那様!!」


「弟よ……お前こそ妻への自制心を養うべきでは?」


「くッ、でも姉さん!! 貴咲の超美しい顔で可愛いことされたら理性だって緩むんだよ!!」


(色仕掛けすれば旦那様の束縛が即緩むのでは? ふふっ、これは良いことに気づきましたわ……!!)


 貴咲は心の中で舌なめずりしたが、それを察しない雷蔵ではない。

 これは手強い戦いになる、そう覚悟した時だった。

 またもベランダの窓が、ガラガラと音をたてて開いて。


「よお元気してるか雷蔵! 貴咲さん! 今日はベビーベッドをプレゼントしにきたぞ!!」


「だからなんで玄関から入ってこないんだよ!!」


 今度は、恭二朗がやって来たのであった。




■□■




 親友が妻の妊娠を、そして雷蔵の幸せを祝ってくれるのはとても嬉しい。

 だが物事には限度がある、だって彼はあれから毎日のように遊びに来て。

 昨日なんかは、ゲーム機各種を大量のソフトと共にプレゼントと称して置いて帰り。


「ねぇ恭二朗? 取りあえずそこに正座、んでもってなんで玄関から入ってこなかったのさ」


「いやお前、あんな面倒なもんがあるって知ってたら素直に玄関から入らないだろう」


「だからってベランダから入ってこないでくれる?? しかも姉さんとは違う方向から来たよね??」


「このマンションのオーナーになった特権で、両隣の部屋は押さえておいた!!」


「お前の親友は気前がいいな、その一つを私にタダでくれたんだ」


「ちょっと姉さん?? そんな下心アリアリの受け取らないで?? 知りたくなかったよ引っ越しの裏事情とかさぁ!! 何? 姉さんは恭二朗の奥さんか愛人にでもなるわけ??」


「いや? 肉体関係はないから私の都合が悪くなったら関係を切るだけだぞ?」


「くっ、そんな所も素敵です良美さん!! 見ててくれ雷蔵! 私、いや俺はお前の義理の兄になってみせる!!」


「私が言うのも何だけれど、どうしてそんなに恋愛関係拗らせてる訳??」


 貴咲が思わず真顔になるぐらい、良美と恭二朗の恋愛関係は奇妙に思えた。

 恋人でもなく愛人でもなく、恋愛関係にすら発展していないように見えて。

 しかし、出会ったばかりの二人はどこか繋がっているように思える。


「はぁ……なんだかなぁ……。まぁいいや次だよ次、――ベビーベッドって何さ、どうして君のプレゼントはこう大袈裟な訳??」


「スマンスマン、どうにも気がはやってしまってな」


「それどっちかって言うと僕の役目だよね? というか悪いけどコレは持って帰ってどうぞ? 貴咲と二人でベビー用品を選ぶ楽しみを奪わない欲しいんだけど?」


「あ、ガチなヤツだな? 悪かった、ならこのベビーベッドはこんど社内でやるサプライズビンゴ大会の景品にしよう」


「サプライズを計画するなら僕にも言うなよ!! というかサプライズでビンゴ大会って何だよ楽しそうだな!! ともあれ理解が得られて嬉しいけども!!」


「なあ雷蔵? 最近、情緒不安定になってないか? そんなに貴咲さんの妊娠が嬉しいのか? メンタルクリニック紹介するぞ?」


「誰の所為でそんな風に見えてると思ってるんだよ!!」


 病気とは縁遠い雷蔵であったが、頭痛すらして来そうな勢いである。


(嬉しいんだけどさぁ!! あー、元の静かな二人暮らしが恋しいよ……)


 最近、といってもたった数日の事であるが貴咲と二人っきりの時間が減っている気がする。

 これは不味い、とても不味い事態である。

 愛する妻との時間は雷蔵にとって明日への活力、仕事のモチベーションにも大いに関わるというものだ。


「なんでこんな急に賑やかになったんだろう……」


「不思議よね、以前は訪ねてくる人が宅配の人ぐらいだったのに……」


「そりゃあ、なぁ良美さん」


「うむ、そうだな」


「え、分かるの二人とも!?」


「是非聞きたいわ」


 興味津々な夫婦に、恭二朗と良美は揃って呆れ顔。

 そもそもの話。


「お前、ずっと貴咲さんの事を黙って隠してたじゃないか」


「聞けば、会社でも不破にいた頃と同じ様な雰囲気だと皆が言ってたぞ」


「正直な話、貴咲さんと結婚したって言われても。どう考えても幸せな結婚をしたとは想像できないだろう? お前があれだけ憎んで誰にも悟らせずに用意周到に復讐計画を練って、根絶やしにして本家も分家も文字通り燃やして灰にしたお前が……親友の私から見ても悲惨な結婚生活じゃないかって、だから暫く様子見してたんだし」


「私も最初その情報を掴んだとき、貴咲が五体満足でいるとは思わなかった」


「僕、どれだけ危険な人物に見えてるの!? そんなに血に飢えてるって思われてたの!? ちょっとショックだよそれッ!?」


 がーん、と落ち込む雷蔵であったが、実際に貴咲に何をしたかを考えれば強く反論出来ず。

 貴咲としても、苦笑しか出てこない。


「実は私も旦那様の事をそう思っていたって言ったら悲しいかしら?」


「いや、それは当然だと思ってる。不破に使われてた頃は殺戮人形になりきってたし、そもそも僕ら恋愛結婚って言うには複雑だったからね」


「そうなのか? てっきりお前が復讐を進める中で相思相愛になっていったとか想像してたが」


「ははッ、まさかだよ。第一ね、最後の最後まで貴咲もフツーに殺すつもりだったし」


「おい、おい??」


「ある程度は聞いていたが、あらためて言われると今の二人の夫婦っぷりが奇跡に思えるな」


 なにせ良美は浮気相手と誤解され、危うく刃傷沙汰寸前であった身だ。

 きっと二人は綱渡りのような新婚生活を送っていて、見事渡りきったのだ。

 関係が進展した切っ掛けが何かは彼女には分からない、だが今が幸せならそれでもいいと思って。


「色々あったのよ、忘れていた事もあったものね、ええ、今なら確信できるわ。旦那様が仮に不破の当主になっていても遅かれ早かれ結果は同じだったって」


「僕と君は結婚する運命だったって?」


「だって旦那様、私以外の女性を愛せないでしょう? 私だって同じよ例え誰かに嫁いでいても、貴方以外を愛する事はなかった。――良いことも悪いことも、必然だったのよ」


「そうかな? ……うん、君がそういうなら僕もそう思う事にするよ」


 見つめ合う二人はとても穏やかで、ともすれば長い間連れ添った夫婦にも見えた。

 その事が恭二朗も、良美も、何より嬉しくて。

 二人は望まぬ不幸を押しつけられて来たのだ、犯した罪も特に雷蔵は山ほどある、でもだからこそ。


「ますます気になるが……詳しく聞くのは野暮ってもんだろう、ま、とにかく俺はは嬉しいんだ。命の恩人であり親友であるお前がさ、人並みに幸せになったのが」


「ありがと恭二朗」


「いい友達を持ったわね旦那様、――少し妬けてしまうぐらいに」


 瞬間、貴咲の目がギロリと光り恭二朗を射抜いた。

 ドロドロとした何かが渦巻く、背筋が凍るような殺気。

 それが絶世の美女から放たれたのだ、生きた心地がしない。


「おわっ!? っ、す、すまないがそんな目で睨まないでくれると嬉しいのだが!? 俺と雷蔵の間には正しく友情しかないからな!! いくら命の恩人で親友とはいえソッチの気はないぞ!!」


「これは貴咲の義姉としての忠告だがな、どうやら独占欲がとても強く地の果てまで追いかけて本懐を遂げるタイプだから言動には気をつけたほうがいい」


「それもっと早く教えてくれないか良美さん!? 雷蔵も事前に言ってくれ!!」


「…………私、そんなに怖いかしら?」


「うーん、ノーコメントでいい??」


 正直な話、自慢の嫁ではあるが、世界一愛する妻ではあるが。

 その美しすぎる容姿は、時に恐怖すら覚える事がある。

 だがその恐怖すらも愛おしいと、誰にも渡すものかと思ってしまうぐらいに貴咲を愛しており。


(あー、二人っきりになりたいなぁ……、静かな部屋で貴咲をずっと見ていたい。それで手とか握ったりしてさ、ソファーに一緒に寝ころぶとかさ、イチャイチャしたいなぁ……)


 雷蔵は急激に恭二朗と良美を追い出したくなった、親友と姉と一緒に過ごすという貴重な時間を、その喜びを大切にしたいと思う。

 だが、己と貴咲は結婚四ヶ月目、つまりまだ新婚ホヤホヤだ。


(――――旦那様の顔……、そう、ふふっ、同じ気持ちだといいわ、いいえ、同じよ絶対に)


(貴咲も、同じように二人っきりになりたいって思ってくれてるといいな)


(この所、来客ばかりで騒がしかったし。暫く二人っきりにして貰おうかしら)


(……うーん、どうやって二人に帰って貰おうか)


 素直に言えば理解し、配慮してくれる二人だと夫婦は分かっている。

 だがそうするのは、少し違う気がするのだ。

 もっとさり気なく、かつある程度はストレートに。


「………………ぁ」


「どうした雷蔵? 折角だから四人で出来るゲームでもしようぜ」


「この四人でゲームをするのも、うん、楽しそうだ」


「旦那様? もしかしてお腹でも減りました?」


「――――そうだね、ゲームをするのは一時保留だよ恭二朗、姉さんもそうして欲しい」


「うむ? 構わないが……」


「俺もいいぞ」


「じゃあ貴咲、ささっと一品作るから手伝って欲しい」


「勿論ですわ、旦那様――」


 そうして、夫婦は台所に立ったのであった。



■□■



 上手く伝わってくれるといいが、雷蔵はそう一抹の不安を抱えながら食材を用意する。

 それを見た貴咲が、実に不思議そうな顔で夫に問いかけた。


「それだけ? レタスにオリーブオイルに塩と胡椒?」


「これだけ、君が欲しいならレモン果汁を入れてもいい」


「つまり……レタスだけのサラダ?」


「うん、これには僕の思いが込められてるんだ」


 レタスのみのサラダに、何の思いがあるのだろうか。

 貴咲が知らないだけで、恭二朗と何かしらの思い出があるかもしれない。

 そう考えてしまうと、むむっと心が軽くひきつって。


「誤解してるねその顔は、別に誰かとの思い出の品って訳じゃないんだ。まぁ、一種のメッセージかな? なぞなぞの類かもしれないね」


「ますます分からなくなったわ」


「まぁまぁ、じゃあぱぱっと作ろうか。じゃあオリーブオイルでドレッシングを作っておいてよ、味加減は任せた」


「旦那様がそう仰るなら……」


 夫は何を考えているのだろうか、レタスだけのサラダなど食べたことはないが。

 この材料でドレッシングを作るならば、味なんて簡単に想像できる。

 オヤツには不向きだし、酒のつまみとしては少し物足りない。


「まだ疑問が解消されてない顔だね、まぁ後で二人にも同じ事を言うから考えてみてよ」


「なぞなぞ……レタスサラダでどんな答えが? 何か考える手がかりが欲しいわね、何かの知識が必要なのかしら」


「知識っていうか、まぁ知ってる人は知ってるみたいな?」


 雷蔵はそう言いながら、てきぱきとレタスを洗い手でちぎる。

 一口サイズにしたソレを、サラダボウルに入れたら後は貴咲が作ったドレッシングを混ぜるだけだ。

 ならば、取り皿とフォークを持ってリビングに戻るだけ。


「お、案外と早かったな、何を作った…………サラダ?」


「うむ? 見たところレタスのサラダに見えるが? 具材も……サラダのみか、ふむ?」


「オヤツには不向きって言いたいんでしょ、まぁそうなんだけどさ。これは僕からのメッセージ、お願いって言っても過言じゃないかもね」


「ナゾナゾか、なら食べてみようじゃないか」


「そうしよう…………」


「では私も」


 四人はレタスサラダを一口、正直な話、普通すぎて誉めようのない味だ。

 味が濃いめの洋食に丁度よさそうではあるが、このタイミングで食べるには違和感しかない。


「レタスのみのサラダ……雷蔵のメッセージ……分からんぞ!!」


「そうだな、これは……いや待て、成程、そうか!」


「もう分かったのですか義姉さん?」


「何? 貴咲は分からないのか? ふむ……ふふっ、私からは、愛されてるな、としか言いようがないな。ああ、成程、無粋だったな弟よ」


「理解してくれて嬉しいよ、で、恭二朗と貴咲は分かった?」


「…………いや、うーん、でも何か引っかかる」


「私はサッパリだわ」


 ならば、と雷蔵はヒントを出すことにした。


「レタスだけ、を英語で言うと? これは殆ど正解なんだけどね」


「レタスだけを英語? あー、レタスオンリー……だよな? それがお前のメッセージ?」


「あら、もう少し必要だったか。なら三つに分けてみてよ」


「三つに…………あ、うむむ?? いやそうなのか? だとしたら――――ははぁ、確かにこれは俺らは無粋だった様だな、確かに、喜びのあまりだったが。くくっ、可愛い所というか、中々に気の利いたメッセージじゃないか。ぶぶ漬け出されるより良いなコレ。俺もいつかは使おうかな」


「答えが分からないのは私だけっ!?」


 レタスオンリーを三つに分ける、三等分にするのだろうか、それとも他の何かがあるのだろうか。

 うんうんと唸る貴咲を余所に、恭二朗と良美は微笑ましい何かを見るような、生温かい視線を夫婦に向けて席を立つ。


「今回は俺達が少しはしゃぎ過ぎたな、ああ、熱々な新婚っぷりで何よりだ親友。一ヶ月ぐらいは控えるとするよ。――ではまた会社で」


「私はそうだな……、お隣になったし。一週間は控えて後は三日に一度ぐらいにしよう。勿論、手助けが必要だったり暇ならいつでも呼んでくれ」


「え? 帰るの? どういう事? これが旦那様のメッセージ!?」


「じゃあな雷蔵、貴咲さん、後は――」


「ではな、後は雷蔵に教えて貰え」


「そうだ良美さん、この後どこかに遊びに行きません? 全部俺が持つんでどうです?」


「ほう? 退屈だったら帰るかもしれないぞ?」


 そんな会話を繰り広げながら、恭二朗と良美は帰って行って。

 残された貴咲は、ぶすっとした目で雷蔵に答えを求める。

 何なのだろうか二人のあの視線は、答えが分からない事も含めて腑に落ちない限りである。


「じゃあ答えといこうか、レタスだけのサラダ、レタスだけ、英語でいうとレタスオンリー。ここまではいいね?」


「ええ、その後は?」


「同音異義語ってヒントを出せばよかったかな、――海外ではね、レタスオンリーを、レット・アス・オンリーとも解釈したんだ」


「レット・アス・オンリー……って、二人っきりにしてって!? え、ちょ、ちょっと旦那様!!」


 瞬間、貴咲の顔はカァと真っ赤になって。

 だってそうだ、つまり雷蔵はイチャイチャしたいから帰れと言ったのだ、独占したいから帰って二人っきりにしてくれと。


「まだあるんだ」


「まだあるのですかっ!?」


「レタスサラダはね、こういう由来があるから――別名、ハネムーンサラダ。新婚さん御用達のサラダなんだよ。私達の邪魔をしないでってさ」


「は、ハネムーンサラダ!?」


 今、貴咲の中で全てが解決した。

 あの視線も、帰った訳も、愛されてるという言葉も、これは、これは、これは、きっと。

 うう、と恨めしい視線を夫に送ってしまう、ドレッシングの胡椒が妙にピリリと来る気がする。


「旦那様……、も、もうっ、こんな遠回しな告白……、二人っきりで愛し合いたいから帰れって、私が大好きだって、ああもうっ、なんでストレートに言われるより恥ずかしいんですかコレ!!」


「うーん、恥ずかしがってる貴咲をみれるなんて、いや凄く新鮮だし愛おしいっていうか今すぐ抱きしめていい??」


「だ、ダメです!! こんなバカなのかロマンチックなのか分からないメッセージを送る旦那様にはお預けです!!」


「くくっ、傷つくなぁ、そんなに逃げるなんて」


「嘘!! 顔が笑ってるじゃないですか!! こっちは本気で恥ずかしいんですよ! こんな子供っぽいの恥ずかしくない筈なのにっ!!」


 いつになく羞恥心を見せる貴咲は、とても可愛らしく。

 愛する妻にこんな新しい魅力があったなんて、と雷蔵は感動すらした。

 であるならば、文字通り邪魔者はいないので。


「ごめんごめん、悪かったよ。ね、機嫌なおしてイチャイチャしようよ」


「はいダメー、1メートル以内に近づかないでください~~っ」


「じゃあ君が近づけばいいよね、うーん鎖ってこんな時の為にあったんだなぁ」


「卑怯ですよ旦那様!? 力付くだなんて……腕力で劣る私にこんな事をして楽しいのですか!!」


「うん、今すっごく楽しい――はい、僕の腕の中っと、それからソファーに移動して……はい、晩ご飯までゆっくりしようか」


「~~~~っ、ばかっ! ばかばかばかっ、卑怯者!! うぅ~~、もうっ、口をききませんからね!!」


 雷蔵の膝の上でむくれる貴咲は、決して目を合わすまいとソッポを向く。

 そんな抵抗をされると、夫としてはトキメキしか感じない。

 はぁ、と感嘆のため息を一つ、己の顔を彼女の首筋に埋めて。


「く、くすぐったいです旦那様……」


「んー? 喋らないんじゃなかった? 気にしないで僕は君の匂いと体温を堪能するから」


「私が気にするんです!! もうっ、分かりました! 分かりましたから――」


「ま、君がそう言った所で僕がする事は変わらないんだけどね」


「旦那様!! ~~~~っ、はぁ……、もー、まったく……仕方のない人なんだから」


 貴咲は観念した、こうなったら夫にされるがままの方が楽だし、何より嫌ではなかったからだ。

 そう、彼女もまた雷蔵との二人っきりの時間を望んでおり。

 恥ずかしい思いをしたとはいえ、嬉しかったのだ。


「……子供が生まれてもさ、こうして二人っきりの時間が欲しいな」


「少し気が早いわよ旦那様、でもそうね……子育てをどれだけ手伝ってくれたかで決まると思うわ」


「うーん、現実的な答えをありがとう。なら子育ても家事もばっちり分担しないとね。となると……掃除を覚えるかなぁ、今は洗濯だって君任せだし」


「なら、一歩づつ覚えていきましょう。私は貴方の仕事を手伝えないけれど、お弁当を作るぐらいは出来るわ」


「おおー、それは楽しみだよ!! 嬉しいなぁ、僕もとうとうヨシダさんみたいに愛妻弁当デビューかぁ……!!」

 

 しみじみと喜ぶ雷蔵に、貴咲は不思議とキスしたくなって。

 上半身を少し捻って、彼女は夫にキスをした。

 雷蔵は静かに目を伏せて、唇と唇が軽く触れるだけのキス。

 ――それはとても長く、しかし短く感じて。


「…………私達、いい親になれるかしら」


「不安かい? 奇遇だね僕もさ」


「そこは大丈夫って励ます所じゃない?」


 今度は貴咲が雷蔵の胸板に顔を埋めて、夫は妻の腰を柔らかく抱く。

 二人とも、親からの愛を得られずに育った。

 だから、親として正しく在る、その自信がない。


「不安だけどさ、それなら皆に相談しようよ。一緒に考えて、少しづつ親になっていくんだ。――それにさ、僕らなら逆に子供が何が欲しいかって分かると思うんだ」


「ふふっ、そうね。私達が欲しかったものを与えて、皆にも相談して……、一人じゃないし、私達二人だけじゃない、皆がいるものね」


「僕らは夫婦としてもまだまだで、親なんか遠い世界に聞こえるけど。何とかやっていけると思うんだ、貴咲とと一緒なら、僕は、僕らは幸せな家庭を作れるって信じてる」


「私も……ええ、旦那様、今なら心からそうはっきりと言えるわ。私は貴方となら幸せな家庭が、ううん、今も幸せな家庭なの、貴方と私がいて、これからは一人増えるのだもの、もっと、もっと幸せだわ」


 沢山の人間を殺して、道具として扱われ、不幸しかなかった、人としての幸せなんて訪れないと思っていた。

 そう、思っていた、だ。

 今の二人は確かに相思相愛で、愛し合った夫婦で、譲れないこと忘れられないこと、それすら含めてお互いが好きなのだ。


「――――好きだ、愛してるよ貴咲」


「貴方が好きよ雷蔵、愛してる、……ずっと一緒に、私を離さないで独占しつづけていてね、旦那様?」


「勿論、喜んで僕の奥さん!」


「ありがとう、私の、私だけの旦那様――――」


 二人は再びキスをした、何度も何度もキスをして。

 そして、やがて……。

 いつまでもいつまでも、美味しい食事と共にとても幸せに暮らしましたとさ。







 ――殺し屋、鎖に繋いだ嫁の為にメシを作る・完




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