第2話

「おい、清貴きよたか。急に呼びつけてなんなんだよ」


 学校帰り――。

 制服姿で俺んちの居間に正座した大樹だいきはきょろきょろとあたりを見回して落ち着かないようすだ。


「そんなにかたくなるなよ。いつもみたいに足を崩して我が物顔でくつろげって」


 そう言っても大樹はいつものように笑いもしないし足を崩そうともしない。こっそりため息をついて大樹の前に湯飲みを置いた。

 大樹につられて彼女も緊張している気配がする。リラックスして練習通りの実力を発揮してもらいたいものだが……。


 三か月はあっという間に過ぎた。

 初めはツンデレの意味すらもわかっていなかった彼女だったが持ち前の勤勉さと怖ろしいまでの集中力で俺が想定した最低三か月でほぼほぼ会得してみせた。これも愛の成せる業。なんて健気。

 そんなわけで――。


「大樹、今日はお前に見てほしいものがあるんだ」


 ついに愛する大樹の前で間違いなくロングヘアで、ミステリアスと言えなくもない彼女が血の滲むような思いで会得したツンデレを披露することになったのだ。

 まぁ、本当に血が滲むことは彼女の場合ないんだけど。


「み、見てほしいものってなんだよ」


「お前んちから預かってた、これ」


 と、言いながら俺はよっこいせとテーブルの上に彼女を置いた。緊張で強張っている背中を押すと彼女は深呼吸を一つ。一歩前に出て大樹を見上げた。


「お前、髪が……」


 いいぞ、大樹。最高の振りだ。ほぼほぼツンデレを会得した彼女がこの好機を逃すはずもない。


「べ、別にあんたのために伸ばしたわけじゃないんだから! 勘違いしないでよね!」


 声の大きさ、言い方のきつさ。頬の赤らめ具合もツンとそっぽを向いたあとでチラ、チラ……と大樹の表情をうかがうところも、毛先をくるくるといじる仕草も完璧だ。

 俺は愛弟子の成長にうんうんとうなずいた。


 そして――。


「髪が伸びる市松人形が、髪が伸びる上にめっちゃしゃべるしめっちゃ動く市松人形になったぁぁぁ!」


 大樹の反応にもうんうんとうなずいた。まぁ、そういう反応になるよな。


「髪の伸びる市松人形を持ってるだろ、しばらく貸してくれ……なんてお前が言い出したときから嫌な予感がしてたんだよ! でも寺の息子だしなんとかしてくれるかもって預けちゃったけれども!」


 彼女を預かったのは寺の息子だからじゃない。大樹のツンデレの師だからだ。


「まさか……この市松人形に取り憑かれてしまうなんて! 魅入られてしまうなんてぇ!」


 夢枕で教えを請われただけだ。取り憑かれたわけでも魅入られたわけでもない。三つ指ついて丁寧に頭を下げられたら無下にもできないだろ。


「元はと言えばうちのじいちゃんが俺を女の子だと勘違いしてこの人形をどこからかもらってきたのが発端!」


 へー、そんな経緯があったのか。


「必ず呪いを解く方法を見つけて助けてやるからな! 待ってろよ! 別にお前を見捨てて逃げるわけじゃないからなぁー!」


 なんて絶叫しながら学校カバンを胸に抱えて走り去っていく大樹の背中を見送ったあと。俺はテーブルの上に残された彼女の小さな小さな背中に目をやった。


「そんな……」


 大樹の怯え切ったようすにか。置き去りにされたことにか。彼女の肩は小刻みに震えていた。

 いや――。


「定型的ツンデレセリフに頼り過ぎました。無口でミステリアスという私の魅力を活かして言葉数は極力少なく、仕草で示す寡黙かもく系ツンデレを選択するべきでした。……失策です」


 ただ猛省していただけのようだ。悔し気に唇を噛む彼女の横顔を見て俺はうんうんと満足げにうなずいた。無口でミステリアスっていうよりは喋らないはずの人形が喋ってめっちゃホラー……なんて野暮なことは言わない。そんなことよりもすぐさま別パターンのツンデレをあげてみせた彼女に感動していた。

 さすがだ、愛弟子よ!


 たゆまぬ努力と探求心こそが道を究めるために何よりも必要なもの。

 でも、まぁ――。


「髪を伸ばしたり俺に弟子入りしたり、好きなやつのために頑張る姿はかわいいって俺は思うぞ。失敗なんてことないさ」


 いつもは厳しい俺だけど今日くらいは愛弟子を手放しでほめてやろう。


 人差し指で黒くつややかな髪をなでると彼女はぽかんと俺を見上げた。

 かと思うと――。


「べ、別にあなたのために髪を伸ばしたわけでもツンデレの勉強を頑張ったわけでもありません! 彼のため……彼のために頑張ったんです! だから、別にあなたにほめられてうれしいなんてことは、す、少しも思ってなんか……!」


 なんて言いながら頬を両手ではさんでくるりと俺に背中を向けた。俺の前でまでそんなにも自然なツンデレを演じてみせるとは――。


「さすがだ、愛弟子よ!」


 髪が伸びる上にめっちゃしゃべるしめっちゃ動くツンデレを会得した市松人形な彼女を眺め、俺は腕組みすると満足してうんうんとうなずいたのだった。

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ツンデレ見習いの彼女が髪を伸ばすわけ。 夕藤さわな @sawana

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