喫茶店店長 斎藤肇は過去を思い出す
妻は猫の生まれ変わりだ。
妻……美香子と初めて出会った時に、私、猫の生まれ変わりなの、と言われて僕は戸惑った。頭がおかしいんじゃないか?とも思ったけれど、彼女と付き合い始めて、その考えは変わる。美香子は猫と話せたのだ。実家に居た猫……クロとも意思疎通が出来たし、野良猫や他の家の飼い猫とも話せた。実際、クロしか知り得ない情報を口にされた時は、ゾッとしたものだ。
美香子は猫の生まれ変わりだけあって、クールで気分屋、そしてミステリアスな性格だった。僕は圧倒的な猫派だったので、彼女のそんな性格に、メロメロ。付き合って間もなくプロポーズした。結婚して直ぐに子供にも恵まれ、今に至る。
実家の喫茶店を継いだのは、数年前。父親の容体が悪化したのが分かったからだ。母親一人を実家に居させる訳にはいかなくなって、この島に帰ってきた。ここは「あだん島」という有人離島で、気候も穏やかだし、自然も豊か。子供を育てる環境としては抜群だ。僕の家族の事情なのに、文句一つ言わずに付いてきてくれた美香子には、感謝の気持ちでいっぱいである。
そんな愛しい妻、美香子が、僕が店のモーニングの仕込みをしている早朝に、店にやって来た。何か忘れ物でも届けに来てくれたのだろうか?そう思いながら、店のドアを開けて、美香子を招き入れる。すると、美香子は神妙な面持ちで僕に言った。
「
肇、というのは僕の名前で、娘の前では僕の事を「パパ」と呼ぶ美香子が、僕をそう呼ぶのは二人きりの時だけ。
「リゾートホテル……か。う~ん。正直、お客さんが増えるんじゃないか?と思ってるから、僕は賛成かな。あまり他の人には言えないけど」
「そう……」
「何かあったの?」
「はい」
妻は重い口を開き始めた。
最近、娘が飼い始めた猫……キョウジは、なんと人間から生まれ変わったらしい。妻とは逆って事だ。リゾートホテル開発に
「トライア……か」
「肇さん、昔、新聞社に勤めていたから何か情報でもあれば、と思いまして」
「正直、あまり良い噂はなかったよ。あの短期間であれだけの成長をする会社ってのは、やはり何処かでグレーな事をしていることが多いからね」
「どうすればいいと思う?」
「う~ん」
僕は思わず腕組みをして、
「そうだなあ、昔の知り合い、何人かに話を聞いてみるよ」
「ありがとう、肇さん。何か分かったら教えてくれる?」
「うん」
「あの子……美代子がこれから暮らすこの島に、何かあるのは許せないから」
美代子……娘の事を想って言葉を発した美香子の目は据わっていた。
「よお、斎藤!久しぶりだな、どうした?」
「先輩、お久しぶりです」
ランチ営業を終えて、休憩時間になるなり、直ぐに新聞記者時代の先輩に電話を掛けた。事情を話すと、先輩は急に声のトーンを落として話始める。
「社外秘だし、詳しい話は言えないが、トライアは政界とも繋がりを持ち始めてる。あだん島だけじゃなく、他にも何件かのリゾートホテル開発に乗り気だ」
「先輩……なんとかその情報、僕にくれませんか?」
「……お前には世話になったしなあ」
はあ、と大きな溜息が電話越しに聞こえた。
「明日の晩、そっちに行くよ。詳しい話は、その時に」
「ありがとうございます、先輩」
「ああ。じゃあ又、連絡する」
電話が切れて、直ぐに僕はPCを開いた。昔取った杵柄、と言うほどの物ではないが、まだ僕には何個かの情報網が残っている。
何人かの人に当たりを付けて、連絡を取った。どの人も協力的で、一安心する。誰もがトライアに関しては、何かきな臭いものを感じている様だ。
その日は落ち着かずに、17:00の営業を終えるまで、ソワソワした。
次の日、4:30。いつもの様に店に向かう。モーニングの仕込みをする為だ。ここから8:00くらいまでが一番忙しい時間帯である。店に着くなり空調を点けて、TVの電源を入れた。そのまま、キッチンに向かって仕込みを始める。
ふと、TVの方を見ると朝のニュース番組が放送されているところだった。
「都内で○○新聞の記者が撃たれるという事件が起こりました」
そのニュースに僕は凍り付いた。今日、会う筈だった先輩だ。
一体、何が起きているのか。僕はあまりの衝撃に言葉を発する事が出来なかった。
【あだん島の人々】 三角さんかく @misumi_sankaku
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