第3話 噂のタネ


 現世のオバケである花子はあまり関係ないが、死後に関わる霊界とつながりの強いオバケも多いらしい。

 ふたりの役目も、霊界の下請けのようなものだと言っていたような……。

 目を丸くしたまま考え込む私に、ようは苦笑して見せ、

「こわいこわいーじゃなくて、そんな植物があったらいいなっていう気持ちが凄く大きく膨らんじゃってたの。全国たくさんの子どもたちの強い意識だからね。本当にそういうものを生んじゃう事があるんだ。人食い竜胆りんどうが生まれたら、僕が食べられる役になれって霊界に命令されちゃってさ」

「えぇっ? さっき、生まれたって……」

「命令された時は怖かったよぉ。丸かじりされるのかと思ってさー」

 呑気に言っているが、私は想像してゾッとした。

「子どもたちの意識を、別の噂話に向けられなくてね。だから、別の噂じゃなくて、生まれてしまった人食い竜胆の噂話を終結させることにしたんだよ」

 と、不戸ふとが言った。

「終結?」

 夭が、得意げに包帯の指を見せる。頷きながら不戸が、

「初めは虫やネズミを食べていたけど、どんどん大きくなって高栄養な人間を食べた人喰い竜胆は、一粒のタネを残して一斉に全てが枯れてしまいましたって言うお終いにした。タネはこれから冬眠して、百年経ってからもっと強力な新種として生まれてくるっていう終結。そんな先まで子どものまま、噂話を信じ続けてくれる子はいないからね」

 と、話した。

「なるほど……あ、タネが冬眠って、夏休みに入る前に子どもたちが話してたかも」

 思い出しながら私が言うと、ふたりは笑顔を合わせている。

「本当? ちゃんと広まったんだね」

「良かったぁ。これで安心だよ」

 私も、包帯を巻かれた夭の左手を撫でてみた。

「本当に指を食べられたんですか」

「ううん、爪だけ。爪に『人』って書いて、人食い竜胆に食べさせたんだよ」

 右手で宙に『人』の文字を書きながら、夭が言う。

「どんな花だったんですか」

「実は竜胆じゃなくて、ホタルブクロっていう花だったんだよ。噂ってそんなもんだからさ」

 笑いながら不戸が言った。

「色は薄紫だったね」

「ホタルブクロなら、この山にも咲いてましたよ。もう枯れちゃいましたけど。竜胆が咲くのは、まだこれからですね」

「へー、そうなんだ。ホタルブクロのタネってどんなの?」

 と、不戸が聞いた。

「知りません。人食い植物のタネはできたんですか」

「うん。僕の爪より大きい、茶色いタネだったよ」

「けっこう大きいタネですね。冬眠するんでしたっけ」

 私が聞くと、ふたりは揃って首を横に振った。

「ううん。それは噂だけ。タネは霊界が引き取ってくれた」

「霊界……」

「なんか、霊界が『噂のタネ』を採取したかったっぽいよね」

「ぽいね」

「……」

 また考え込むような顔になっていた私に、夭は楽しげな笑顔で、

「でも竜胆とかホタルブクロみたいな袋状の花って、中に蜂が入ってることもあるから危ないよね」

 と、言った。不戸も、

「そうそう、ああいう形だから子どもたちも覗いてみたくなったりするし」

 と、言っている。私も、

「私は、本当に蛍がホタルブクロに入って光ってるの、見た事ありますよ。ずいぶん昔ですけど」

 と、話した。

「えー、いいなぁ。僕も、小さくなってお花の中に入ってみたい」

 真面目に夭が言うので、

「そんなに小さくなれるんですか?」

 と、私が聞くと、不戸が笑って手をひらつかせた。

「なれない、なれない」

「なれたら面白いじゃない?」

「そんなに小さくなったら、人食い植物の前にカラスにでも食べられちゃいますよ」

 ちょうどカラスが頭の上を飛んで行ったので、夭はギョッとして空を見上げた。

 小さく咳払いしてから夭は、

「そういう訳で、ふたりで霊界からお休みをもらったから、花子ちゃんの所に遊びに来たんだよ」

 と、言った。

「めちゃくちゃ大変な仕事してたんですね」

「ねー。僕たちオバケなのにね」

「じゃあ、あやとりして遊びましょう」

 真面目な顔で言ってみる。

「指を使わなくてもいい遊びにしようよ」

 苦笑いで不戸が言う。

「じゃあ、お手玉か毬つき」

「花子ちゃんの意地悪ぅ」

 と、夭は口を尖らせて見せる。

「冗談ですよ。その道を下りた所の湧き水はどうですか。裸足で入ると気持ちいいですよ」

「わー、いいね」

 私が立ち上がって草の中へ入ると、夭と不戸もサクサクと後をついて来た。

 日が高くなり、気温も上がっている。木漏れ日すらギラギラして見える。

 夏休みに水辺で遊ぶ子どもも少なくなった。

 オバケでも遠慮なく水をバシャバシャして遊べる。



 『人食い竜胆』という花子の後輩は、生まれてすぐ噂のタネになったらしい。

 トイレの花子さんを知る子どもたちが居なくなれば、私は消える。

 元々そういう存在だ。それは良い。

 目に見えないものを信じなくなっている子どもたちを、私は心配しているのだ。

 先輩たちは大変だったようだが、子どもたちが都市伝説を生み出せてしまえるほどの想像力をもっている事が嬉しかった。

 子どもたちには、いつになっても子どもらしくいてほしい。


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噂のタネ 天西 照実 @amanishi

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