第2話 人食い竜胆
私たち3人は、小学校の見渡せる裏山の高台に飛んで来た。
裏山と言っても、通路も管理された散歩コースになっている。
見晴らしのいい頂上は木陰にベンチも置かれているが、暑い時間帯にわざわざ登ってくる人はいない。
私たちは、小学校の方を向いたベンチに並んで腰かけた。
「その指、どうしたんですか」
包帯の巻かれた
「新しいオバケに食べられちゃったの」
と、呑気に言う。
「えっ?」
驚く私に、
「まだ痛い?」
「ちょっとだけ。気にしなければ平気」
と、夭は笑顔で答えている。
「新しいオバケって何ですか。凶暴なのがいるの?」
「大丈夫。もう居ないよ。不戸が頑張ってくれたから」
「僕が間に合わなかったから、夭が爪を食べられる事になっちゃったんだよ」
「……どういうことですか」
眉を寄せ、私は聞いた。
「花子ちゃん。学校で、人食い
背もたれに寄り掛かりながら、3人の真ん中に座る夭が聞いた。
私も学校のオバケだ。子どもたちに流行の話は耳に入る。
盗み聞きしている訳ではない。私のいるトイレで、子どもたちがおしゃべりするのだ。
「人食い竜胆……普通に現代社会で、人喰い植物が現れるって内容のアニメですよね。普段は竜胆に似た小さい花で、突然大きくなって人を食べたらまた小さく戻るっていう」
「そうそう。さすが学校のオバケだね」
そう言って夭は、左人差し指に包帯を巻かれた手でパチパチ拍手している。
「アニメの話でしょ? その指と関係あるんですか?」
「ちょっと、花子ちゃんの時と似てるんだけどさ」
と、話すのは不戸だ。「アニメでは、その花を見分けられる主人公が花を刈り取っていくっていう話らしいんだけどね。実はアニメじゃなくて実際に、品種改良に失敗した植物が人喰い植物になって繁殖し始めてるっていう噂が、子どもたちの中で流行ってたの」
「新しい都市伝説みたい……人食い植物ってところが子どもらしいけど」
私が言うと、夭と不戸は揃って笑った。
私たちも子どもだが、大人たちよりもずっと長く存在している子どもだ。
「そうそう。トイレの花子さんとか人面犬とかみたいに、人喰い竜胆って噂が定着しちゃってたんだよ」
と、夭が言う。
「私の同類ですか。アニメとかゲームが元になって、新しいのが出て来る事もあるんですね」
足を揺らしながら不戸は困った顔で首を傾げ、
「害がなければいいんだけどさ。噂話ってね、たくさんの人のイメージがつながって、すごく強い力を持つ事があるの。それを放っておくとおかしな事件が起きたり、変な事実が生まれたりして困った事になるからさ」
と、話した。
「へぇ、それは怖いですね」
「だから不戸が、噂をまとめたり付け足したり情報操作をして、あまり害の無い噂話を作り上げてるんだよ」
目をキラキラさせながら、夭は不戸と手をつないで言う。
「そう言えば、噂話のオバケでしたね」
「うん。僕は
そう。何を隠そう、トイレの花子さんの噂はこの先輩が作り上げたのだ。
もう、ずいぶん昔の話だ。
昔の学校は、トイレの鍵が壊れやすかったり、蝶つがいが傷んでドアが開けにくくなっている事も多かった。
今でもそういう場所はあるが、大人たちがいくらでも文句を言える。
昔は大人も子どもも、学校はそういうものだと受け入れきっていたのだ。
そんなトイレに、閉じ込められたらどうしようという恐怖心を、子どもたち誰もがもっていた。
そんな恐怖心から、鍵が動かなくなるのは不成仏霊が道連れにしようとしているとか、死者が生者と入れ替わろうとしてるという噂が立った。
怖い話が流行っていた時代でもあった。
しかし、その噂話が強い力をもち、『誰かをトイレに閉じ込めると幽霊が呼べる』という都市伝説に固まってしまいそうだったのだ。
もちろん、実際に呼べるわけではない。
閉じ込められる一部の子を除いた、子どもたちが楽しむためのいじめ行為に理由をつけただけだ。
そこで私は登場した。
あまり関係が無いように思うかも知れないが、トイレの花子さんという存在を立てて、トイレでオバケを呼び出すという学校の怪談を定着させ、子どもたちの意識を向けさせたのだ。
また、それと同様の力をもった噂話が誕生したらしい。
「人食い竜胆の噂話から、害の少ない噂話を作ったんですか」
聞いてみると、不戸は心配そうな表情で夭の左手を撫でながら、
「間に合わなくてね。人食い竜胆が生まれちゃったんだよ」
と、言った。
「……大きくなって人を食べるっていう?」
「花子ちゃんの時は噂の元が、古いトイレへの恐怖心だったけどね。今度のは凄くリアルなアニメと、子どもたちでも現実的に可能と思える現代科学の進化が元になってるからさ。霊界が、人喰い植物の噂話を見張ってたんだよ」
「霊界っ?」
大きい組織が出てきた。
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