噂のタネ

天西 照実

第1話 花子と先輩オバケたち


 夏休みは気が楽だ。学校に、子どもたちが居ない。

 先生は来ているが、2階の職員室と1階の事務室の辺りだけ。

 近所のスポーツクラブが体育館や校庭を使う時も、ここまでは来ない。

 ここは、とある小学校、北校舎4階。一番奥にある女子トイレだ。


 呼ばれる事も少なくなった。

 学校が子どもたちで賑やかな日でも、滅多に呼ばれる事はなくなった。

 それでも子どもたちがいる日に、うっかり昼寝は出来ない。

 突然、うわさが再発する事もあるのだ。呼ばれれば、返事をしてやらねば。

 私の噂は、まだ生きている。だから私はここに居る。


『花子ちゃん、遊びに来たよー』


 ……昼寝日和と思ったが、呑気な少年たちの声が私を呼んだ。

 仕方なく、私は3番目の扉を開けて個室の外へ出た。

 私と同じくらいの少年がふたり、手をつないで並んでいる。

 4階の窓を、すり抜けて侵入したらしい。

「ねえ、先輩たち。私には一応『花子さん、遊びましょ』っていう、お決まりのフレーズがあるんですけど。っていうか、ここ女子トイレ」

「だから今日は、人に見えない姿で来たんだよー」

 軽い笑顔の少年が言う。もうひとりは苦笑いだ。

 この少年たちはよう不戸ふと

 私と同じオバケだが、私が先輩と呼ぶくらい昔から存在している。

 ふたりとも、ラフなTシャツに短パン姿だ。昔は着物だったらしい。

 私は、今も昔も、白ブラウスに赤いスカートの花子スタイルだ。このスタイルだけは、他のオバケに譲るつもりはない。

「裏山にでも行きます?」

「うん」

 ふたりは声を合わせて返事をした。

 トイレの花子さんはトイレから出られない? そんな事はない。

 私はトイレの窓をすり抜けると、ふわふわ浮いて目の前に見える裏山へ向かった。ふたりも後ろをついて来る。

 オバケは移動も便利だ。



 不戸は、子どもの噂話のオバケだ。

 学校の怪談や幽霊の噂だけでなく、クラスメートの家庭の事情や先生同士の仲の良し悪しなど、エゲツナイ噂話も見守っている。

 変な方向に創作されていく噂話を、いつの間にか消してくれるのもこの先輩だ。


 そして夭は、子どものオバケだそうだ。

『花子ちゃんがトイレのオバケで、僕は子どものオバケかなぁ』

 と、首を傾げながら言っていた。説明しにくい存在らしいのだ。


 その夭先輩が、左手の指に包帯を巻いていた。

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