海
日差す、日が差している、世界は白飛びして瞳は調節し切れずに瞼がひくと歪む、日刺し、すっと差し出されるようではなくて、刺し込まれるようにひかりが肌にとどく。おや、夜だったはずなのにと見渡すと、海辺に出ていた。いつのまにか渡ってしまっていた。海。海は好きだ、足が着かない、遊泳禁止のブイを目指して泳ぎ続けるのが好きだ、何が潜んでいるのか、そんな恐怖があし裏を撫でてゆく、水母が肌を刺すチリリとした痛み、水を蹴って浮び上る、顔だけを海上に出して、耳は海に仕舞っておくのが良い、浜辺の喧騒は遠のいて、心地よい音で満たされるから。二本の足を付け根から交互に動かしてゆっくりと波に抗う。天球いちめんに雲ひとつ見当たらない、彩度の高いみずいろが広がる。
Crazyに暑い夏の日であればあるほど、水の中は静けさを与えてくれる。再び水を蹴って起き上がる、じょぼじょぼと身体に付いていた海水が外れてゆく、溶けていた音が世界に帰ってくる。夏への愛おしさが胸から湧き出した。永遠にそう過ごしていたいような居心地の良さから抜け出して、小屋へ向かう。呼び鈴を鳴らすと女が扉を開けてくれた。
〈海から出てきたの?〉
〈そんなことはないんだけど、海辺だったから泳ぎたくなって〉
〈子ども精神が抜けない人だね、タオル持ってくる〉
そう言って濡れた髪を拭いてくれる。誰かに髪を拭かれるなんてことはあまりに久々で、くすぐったい感覚が耳から心臓まで伝わっていった。
「む?」
「あっ、起きた」
公園に居た。突然の暗さに目が慣れない。
「お前が渡ってるところ初めてみた」
「そりゃ時と場所をわきまえた計画的な渡航を行うからね」
「時も場所もサイアクだろ」
「言葉もないですね」
「なんでいま?」
「まあ、いい歳した大人がお漏らしするようなもん」
「あーね」
「でも実はいけるかな、って時はこっそり。こないだ君の家泊まった時も一瞬」
「まじ?」
じっと話を聞いていたもう一人が、
「め、お前のカメラで撮ってみちゃった」
と言い出す。すぐにめを目に変換できなかった。
ワタリが一族として存在していたのはせいぜい二千年までのことだったらしい。それがまだ一族だった頃は、その色素の抜けた瞳に覆いを被せ合ったという。自分の瞳が薄茶に変わることはすでに知っていた、けれど、たとえその写真がへったな友人に貴重なフィルムの一コマを明け渡したのだとしても、その一枚は、私だけには意味を持つことになるとも知っていた。あすには帰る。
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