トレンド入り

 空港に近いまちで、折れたシャーペンの芯みたいな鉛が空を飛んでいく、というよりは通過していく。曇り空の上、青空の上、雨の中。ほとんど止まって見える、離陸中のその飛行機の中では、シートベルトの着用を命じられたウン百人が座席に敷き詰められていて、この国を見渡しながら目的地へ運ばれてゆく。地上には轟音を残して。


 #ワタリ がトレンド入りしたのはその頃だった、ランダムな文字列の、アイコンが未設定な捨て垢で世界に放流された137字の文章、


“ワタリって、精神疾患とかじゃないの? 目が透けるのも込みで。あなたたちがほんとーに違う世界に渡っているということはどうやって証明されるわけ? ちょっと想像力豊か(笑)なだけなんじゃないの そもそも身体がコッチに残るなら向こうでの肉体どこから生まれてくるん? 特別扱いされてんのうざい”


 トゲをふくんだ言葉は、その矛先がこちらに向いていなくても、例えば料理中に包丁を持って振り向いた母親、みたいに少しぎょっとするところがある。いわんや自らに向いたものをや。

 そのツイートは、ひとたび有名なアカウントにリツイートされるやいなや、急速な勢いで網の目が張り巡らされていって、論議を巻き起こした。そもそもワタリの存在自体一部の界隈でしか知られていなかった、早速【知られざる種族・ワタリって何者かまとめてみた】といったまとめが作られ、ワタリの写真集がヤフオクで高値を打ち出し、似非ワタリがネット上を跋扈してはその矛盾を見抜かれして消え、カラーコンタクトを入れた目がワタリの瞳としてインスタで大量のいいね!を獲得しては通報され、その騒ぎを聞きつけたテレビが二番煎じの情報をフリップにまとめて紹介し、ワタリの研究をしているとかいう人類学者が引っ張りだされた。度の高そうな銀縁のメガネをかけ、額の真ん中で黒髪を左右に分けているその女性は、

「確かに我々にはワタリの渡った先の世界を直接には知りえないですが、確実に言えることは、彼らはそれぞれにどの言語とも類似性を見せない言葉を話し、宗教や風俗、あるいは姿かたちまで、ひとりひとりが異なる経験をしたと話します。これはひとりの人間が単なる空想で思いつくには多すぎる情報量だと考えています。また瞳の変化する仕組みですが、これに関しては何も判明しておりません」

 と英語を翻訳したような喋り方で意味があるようでないようなことをコメントした。自室のベッドでそうした情報の氾濫を眺めているうちに、

 ニュース見てる?

 と先日タクシーを相乗りした女の子から連絡がくる。ちょこちょこ旅行中も連絡を取っていた。そして寡黙そうに見えてラインの返信はめちゃ早かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る