一〇二七年、ミネルヴァの告解

史実に基づいた創作です。

むかしむかし。

と言っても、都が平安京であった頃のことです。

新興の藤原氏が力をつけ、伴氏・橘氏といった有力氏族が政界から姿を消す中、それでも臣下の最高位の座を譲らぬ氏族がおりました。

万氏です。

案の定、謀反の罪を着せられ一族もろとも滅ぼされた──かに思われたのですが、生き残りがいました。

藤原氏に嫁いでいた姫です。

案の定、うとまれて暗殺、もとい娘とともに事故死に仕立て上げられた──かに思われたのですが、生き残りがいました。

私・藤原梟子でございます。

父は摂関家が嫡男・藤原道隆、母は万氏が総領姫・万椿子。


母の死をもって、父は側室・高階貴子を正室とし、私の居場所はなくなりました。

その後、私はおじいさまの屋敷に預けられました。

私の、大おじにあたるお方でございます。

おじいさまが天寿を全うされた後は、その子・義孝さまのもとへ。

行成と出会ったのもこの時です。

義孝さまは、息子である行成と同じく、私の面倒もよく見てくださったので、私と行成は実の姉弟のように暮らしました。

義孝さまが天然痘で亡くなるまでは。

私が最終的に身を寄せたのは、おじいさまのいとこ・実資さまの小野宮邸です。

5歳で実資さまの養女となり、女にあるまじき量の教養を仕込まれました。

実資さまは、私には本来存在するはずの親の後ろ立てがないのだと、心を鬼にして私へ講義なさったものです。

小野宮邸を訪ねては姉弟としての交流を続けてくれる行成に、不満を申したことも数知れずございました。


そして、行成もそろそろ元服しようかという折、実資さまは私に告げました。

この国を出るように、と。

いまだ万氏の血筋の命を狙う者がおり、実資さまの手腕をもってしても、これ以上私をその者から隠し通すことはできない、と。手配された船の出航日は、苦しくも行成の元服の儀式日でした。

出航前夜、行成は私を訪ねて小野宮邸にやってきました。

いま思えば、これが今生の別れだったのです。



私は大陸に渡り、シルクロードを通って、ローマへたどりつきました。

幸運にもジェルベール師に弟子入りを許され、行動をともにする中で、とあるフランス王の即位に協力したこともありました。

他にも、ジェルベール師の密命を受けてフランス王太子妃になったり、5年後に離婚したり。


その後、彼は教皇となり、私は枢機卿の肩書きを与えられました。そこからの27年間は多忙の一言でした。

シルウェステル2世となったジェルベール師は、私を右腕として重用してくださり、「カーディナル・ミネルヴァ」という私の異名は、ヨーロッパ中にとどろいています……



……私の罪は、弟の最期を看取らなかったことです。




※1 1027年

正二位按察使権大納言・藤原行成 薨去(史実)

※2 翌1028年

枢機卿・藤原梟子ラベンナ大司教 帰国(という設定)




あとがき

あかと書いて、わにと読みます。こんにちは、赤です。

ひさしぶりに小説を書きました。

今回も、この平安バカは好き勝手書き散らしてます。

どうしても推しの行成を登場させたい赤をお許しください。

またこの小説、梟子と万氏にからむ記述以外は、なんと史実です。

梟子の生まれを970年と設定し、他の登場人物などが矛盾しないよう、赤はがんばりました。

最後に。平安の賢者・藤原実資に敬意を表して。


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