第62話 いちばん子どもっぽかった幸織が

 「まあ、結生子ゆきこのおじいさんのお父さん、つまり結生子のひいおじいさんって、戦後、わりと早く亡くなってるんだよね。それで、結生子のおじいさんって、帰郷家きごうけのリーダーって立場になったときには、区長にも村長にもなれないっていうさ。しかも、自分が村の発展のためにがんばってる、っていう自覚っていうの? それがあったから」

 それを言うなら「自負」じゃないかと思ったけれど、黙っている。それにべつに「自覚」でもおかしくはない。

 「還郷家かんごうけなんてうるさいだけで自分では何もやらない、って、そんなふうに軽蔑してたみたい。奥さん、って、つまり結生子のおばあさんに当たるひとも、早くに亡くなってて、結生子のお父さんがたった一人の子じゃなかったかな。だから自分ががんばらなきゃ、みたいになっちゃったみたいで。それと、うちのおじいちゃんが生きてたころは、おじいちゃんが止め役だったんだよね。でもわたしが小さいころに亡くなってしまったからね」

 「覚えてるよ、そのときのこと」

 瑠姫るきが言うと、幸織さちお

「ありがとう」

と言って首をすくめた。

 「あのホテルができたあと、うちのおじいちゃんはずっと姫社ひめしゃをどこかに再建するって計画してて、具体的な話もしてたんだよね。姫社はどこかにりっぱに再建するから、って言って、ホテル造るときにおじいちゃんが還郷家を説き伏せたんだから。あの、今日瑠姫が下りてきたあのバス停のあたりでいいんじゃないかって話をして、海の女神さまだからそんな陸に入ったところはだめってことになって、で、だれか引っ越して空き家になった跡地って話もしたけど、そのころはまだ土地が高かったらしくてさ、あきらめて。そんなので、実現しなかったけど、でもわりと一所いっしょ懸命けんめいにずっとやってたから、そのときにうちと還郷家とのあいだでわりと信頼関係が生まれたんだよね。瑠姫がいたころは、わたし、結生子との関係があったからさ、還郷家の子とはつき合わなかったけど、そのおじいちゃんのおかげで、うち全体としては還郷家とはわりと仲がよくて、だから、その還郷家の噂とか入って来たりするんだよ」

 還郷家の噂って、何だったかな? 幸織は続ける。

 「でも、明珠めいしゅじょの大学院生だっていうなら、結生子が村に来てるって理由もわかるよね」

 ああ、そうか。結生子が村にときどき来るというのが、その還郷家で噂になっていたのだ。

 でも、瑠姫にはその理由はわからない。だから、きく。

 「なんで?」

 幸織は答えた。

 「あの博物館が、いまはその明珠女学館じょがっかんの持ちものだからだよ」

 しばらく間を置いてから、

「大学があれ買い取ったって言ったでしょ? それがその明珠女だから」

という。幸織は続ける。

 「わたしたちが生まれたころに、唐子からこの南の無人の浜ですごい遺跡が見つかってさ。あ、昼に行こうって言ってた、その唐子ね」

 その話は結生子にきいた。

 「そこの遺跡の調査をやろうとしてるのがそこの大学で。まあ予算が出ないらしくてずっとやってないけど。そんなので、その大学、このへんの村とはつながり深いんだよね」

 幸織はくすんと笑う。

 「だからさ。そういう話だと、結生子ってじつは自分で思ってる以上に期待されてるんじゃないかな。帰郷家の立場で、だけど、このへんの村で伝わってることを、家できかされて育った人でしょ? それ、その大学のほうでも重宝ちょうほうしてるんじゃない?」

 そして、こんどは、くすん、以上に、きゃははっと声を立てて笑った。

 こういうのは変わっていない。

 いや、中学生のころは、そういう、くすん、だったり、きゃはは、だったり、そういう笑い声を心の赴くままに出していた。

 いまは違うのだろう。そういう自然な反応を、相手とその場の状況に合わせて表に出している。

 それで、その赤羽あかばね赤羽橋あかばねばしを取り違えた部下もうまくなぐさめ、取引先ともうまく話をつけて帰って来たのだろうと思う。

 三人のなかで、いちばん子どもっぽかった幸織が、だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る