第49話 架空の、悲劇のヒロイン、みたいな感じもあって
「それで、ここから先も何の裏づけもない伝説なんだけど」
そう断るのも
「その江戸に送りこんだ子どもっていうのが成人したところで、乱心した殿様の跡継ぎになってた藩主を毒殺した。つまり、ただの病気じゃなくて、この野心家の家老が毒を盛ったんだ、と。ま、たしかにタイミングよすぎるんだよね、その跡継ぎが成人したすぐあとって。ところが、ただ毒殺するだけだったら、その藩主に娘がいたらしくてさ、その娘に一族から婿を取らせて後を継がせるっていうやり方があったんだ。それが実現すると、その家老、自分の息子を藩主にすることができないでしょ。そこで、その娘が藩主を毒殺したことにして、二人とも抹殺しようとしたんだ。でも、その娘のほうが逃げてしまって」
そして、結生子はまた口を結んで笑って見せた。
「それが、
結生子は軽く後ろに首をひねって見せた。
「ほら。さっき
「ああ」
そういういわれがあったのか。
それにしても、男の大人ならともかく、女の子が一人であんな岩のところに隠れていられたのだろうか?
心細いだろうし、それに蚊にも刺されるし……。
「じゃあ、あの神社みたいなのにまつられてるのが、そのお姫様?」
結生子はうなずいた。
「ただ、このお姫様のことは当時の文書にはまったく出てこない。その殺された藩主の娘だっていう話もあれば、その家族を刀で斬り殺してしまった前の藩主の娘で、その事件の生き残りって話もある。それに、そのお姫様がつかまった場所っていう伝承はこの村にしかないんだけどさ、それまでお姫様が潜んでいた場所の伝承っていうのは、ここらへんの海岸だけで九か所から十一か所、あ、つまり現在のどの場所かがはっきり伝わっているところが九か所、どの場所かわからないけどともかく伝承があるのが二か所で合計十一か所」
なんだかやけに細かい。これも結生子らしい。
「あと江戸にいたとか京都にいたとか、果ては長崎だとかオランダだとか、いろんな話がある。そうなるとほとんど可能性はゼロだけど。だから、どっちかっていうと、このへんの、その重い年貢で苦しむことになったこのへんの村の恨みみたいなのが生み出した、架空の、悲劇のヒロイン、みたいな感じもあって」
結生子の言いかたは少しずつけだるげになって行く。
「どっちにしても、このあたりの村のひとや、さっき言った、その家老の政策に反対して山奥に追放された人たちにとっては、実在の人物で、神様なんだよね。それまで機嫌よく話をきかせてくれてた人が、でもそのお姫様の存在には史料に裏づけがありませんって言っただけですごく怒り出して、帰れって追い返されたこともある。でも、その伝説を伝えてるのが、この
いや。そう言われてもわからないのだが……。
「そこから玉藻姫って名まえができて、その伝説ができたんじゃないかって、そういう話も成り立つかなって考えてるんだけどね」
「うん」
うなずいてはみたものの、瑠姫にはやっぱりよくわからない。
それに、どうして結生子はそのお姫様のことにそんなに詳しいのだろう?
それはその
「それで?」
そっけなくきいたのは、そのほうが結生子が自由に話してくれそうだったから。
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