第50話 わからないけど、不自然でしょ?
「まあそのお姫様がいたかどうかは別として、その家老は晴れて自分の息子を藩主にすることに成功した。これがその家老が仕えた藩主の三代め。ところがさ、その新しい若い藩主がさ、着任早々、っていうか、藩主になったのは江戸でで、初めてこの藩に帰って来たんだよね。それでこの村にも視察に来た。視察っていうか、藩主になったあいさつだよね」
何?
江戸時代から着任のあいさつ回りとかあったの?
それも殿様が?
江戸時代の殿様もいまの管理職とたいして変わらないんだな、と思う。
違うのかも知れないけれど。
「ところがさ、その若殿がこの村の視察から帰ろうとして、あの坂を上ったところでさ、いきなり槍が飛んできて胸に刺さって、若殿は死んだ。これはちゃんとした記録があって、ともかくお城までは帰ってそこで亡くなったことになってるんだけど、即死だったって伝説もある」
それで、軽く首を傾げて、
「あの、わたしたちがいちど上がってみようって上がった
「うん」
結生子もあのできごとを覚えている。
あのときには
「あれがその藩主が殺された場所。その若殿、
「じゃあ」
その馬塚とセットになっているのが、その向かい側の幽霊松なのだが。
「幽霊松っていうのも、関係ある?」
「うん。そのあたりから槍が飛んできた。しかも、それはその悲運のお姫様の幽霊のしわざ、っていうことで幽霊松って名まえになったらしいけど」
でも、逃げ出して洞穴にじっと潜んでいたお姫様が、幽霊になったからって槍で若殿を殺すだろうか?
何かギャップがある。
結生子は短く笑った。
「ま、もちろん別に暗殺犯がいたわけだけど。でも、その家老、暗殺犯を取り逃がしてるんだよね。これもちゃんと記録に残ってる。で、わざとその犯人を逃がしたかどうかはわからないけど、不自然でしょ?」
「なんで?」
「だってあの馬塚と幽霊松の距離なんだよ。道を一つ隔てた反対側じゃない? で、その家老にも若殿にもお付きのお侍はいっぱいいたんだから、取り押さえようと思ったらかんたんだったはずなのに、取り逃がしてるんだから。それはわざと逃がしたと思われるよ。それで、その家老は責任を問われて、で、取り調べが進んでる途中に、さっきも言ったように突然切腹しちゃって。だから、この事件って、わからないことだらけで残った」
「あのさ」
ふと思いついたことがあって、瑠姫は口をはさむ。
「それって、何か、推理ドラマっぽく考えたら、だよ」
軽く照れ笑いして、続ける。
「真犯人は別にいて、それがその家老が生きて捜査に協力したりするとまずいことが発覚するから、その家老を殺して、その家老を悪者にしようとしたんじゃないの?」
口封じというやつだ。
「いい質問だねえ!」
結生子はまたテレビの人気解説者みたいに言う。
「でも、その自殺の状況については記録残っててさ、ちょっと他殺はあり得ないんだよね。自分のお
それのことは知ってたけど――。
――それも残酷だな、と瑠姫は思う。
「その介錯がないわけだから、切腹してもすぐに死ななくて、大声上げて苦しんで、そこの家来とかが駆けつけたときには部屋のなかが血だらけでさ、自分でおなかに突き立てた刀の
あんまり想像したい状況ではない。
「でも、どうして? その若殿様、自分の息子なんでしょ? どうしてその家老ってその子を殺した犯人をかばうわけ? 息子のカタキじゃない?」
「まあ息子だって確証はないけどね」
結生子は軽く笑う。
「それでもその家老がバックアップして藩主にしたっていうのは事実だね。で、そのへんの事情が、だから、その家老が自殺しちゃったからわからないんだけど。いざ藩主にしてみると自分の言うことをきかなかったから、っていう説がある。しかもそれはある程度は立証できる」
「立証できる」か。これも結生子らしい言いかただ。
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