第48話 でも、たしかに変なんだよ

 「もちろん漁村は反対。ところが、この相良さがら易矩やすのりっていう家老は、反対した漁村の住民をぜんぶ追放して、山奥の村に追いやって、そこの開拓か何かにこき使ったんだよ。そして、その村人がいなくなったあとに、相模とか伊豆とか駿河とかっていうから、いまの神奈川県から静岡県の東のほうだよね。あと江戸のまわりの漁村とかかな。そのへんから漁民を連れて来てさ。その村に住ませたわけ。それが帰郷家きごうけ

 結生子ゆきこはちらっと瑠姫るきの顔を見る。

 「瑠姫のところって、親戚が神奈川とか伊豆とかのほうに多かったりしない?」

 「あ、いや……」

 よくわからない。

 だいたい、江戸時代からの親戚なんて、つきあいがあったかな?

 「あ。いや、でも」

 思い出した。

 「うち、お墓が二つあってさ。二年に一回ぐらいだけど、横浜の伊勢佐木いせざきちょうの先のほうまでお参りに行くことあるよ。横浜の駅のところからずっとバスに乗ってさ。ずっとなんでだろうと思ってた」

 「ああ。やっぱり」

 結生子は得意そうに笑う。

 「うちもそう。たぶん幸織さちおのところもだよ」

 「うん」

 結生子は幸織の名まえを抵抗なく口にした。

 ほっとする。

 「それで?」

 「それでさ。そうやって強引な改革っていうのをやって、それで、何を思ったか、その相良易矩って家老、藩主の家を乗っ取ろうとしたらしいんだよね。何考えてたか知らないけどさ」

 「はあ」

 理系だった瑠姫にとって、高校時代の日本史は、楽しい授業ではあったが、内容はよく覚えていないし、知識も系統的ではない。

 でも、いまの話はどこか変だと思った。それでその乏しい知識をかき集めて、きいてみる。

 「でも、江戸時代でしょ? 幕府って、そういうの、許したの? たしか、ちょっとでもまずいところがあったら、幕府って藩そのものを取りつぶししちゃうでしょ?」

 「いい質問だね」

 結生子は生き生きして、笑って肩をすくめて見せた。

 「公式の記録には、この相良易矩って、藩政の取り締まりに落ち度があった、っていうことだけ残ってるんだよね。しかも、正式の判決みたいなのを待たずに勝手に切腹して。だからわからないことがいっぱい残って。でも、たしかに変なんだよ。この相良易矩って家老が仕えた藩主は三代いるんだけど、その一人めは乱心で謹慎。いまでいう家庭内暴力ってやつだけど、当時のことだから刀持ってるわけでしょ? 細かいことは伝わってないけど、刀で家族を斬り殺すとか、そういうのをしたらしいよ」

 「うわっ!」

 家庭内暴力なんて刀がなくても大事件なのに……。

 「で、二人めが江戸から国許くにもとに帰ったとたんに病気に倒れてそのまま亡くなって、で、三人めが暗殺。それだけのことが起こっていながら、この相良易矩ってずっと権力者のまま。これは、いま見ても、何かあったって考えるほうが普通でしょ?」

 「うん」

 たしかにそう思う。

 「ま、伝説としてはさ、最初の殿様の乱心っていうのもこの家老がそそのかした結果だって話がある。それで、その藩主を江戸で謹慎生活をさせて、で、その謹慎してる藩主のところに自分の息子を送りこんで、藩主の息子に仕立てた、と。これはこれで、出来過ぎた話って感じはするけどね」

 「うん」

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