第43話 知っておいてほしいから
「ここには住んでない。お父さんとお母さんは
「
「うん」
うなずく。
「
言ったとたんに、さっき、幸織が、結生子が村にいないことを話したときの、あの硬い声と硬い表情を思い出した。
結生子には言わないほうがいいのだろうか?
でも、いまさら取り消せない。
「幸織が、久しぶりに、って言うか、わたしがここを出てから初めて連絡くれて、遊びに来ないか、って言ってくれたんだ。それで」
「そうか」
結生子はうつむいたまま言う。
「さっき、沖にいた?」
「うん」
あれを見ていたということは、瑠姫が見た黒服の自転車乗りは結生子だったのだ。
瑠姫からはそれが結生子だとはわからなかった。
それは無理もない。顔がわかるような距離ではなかった。
結生子にはわかったのだろうか。
「ボートに乗ってたからさ。それもあんな沖合で。だから、あれ、幸織かな、って思った」
言って、背を丸めたまま、結生子は瑠姫のほうを向く。
なぜ「だから」になるのか、瑠姫にはわからないが、きかないでおく。少なくとも、瑠姫はすぐそばで見ても幸織とはわからなかったのだ。
「瑠姫までいっしょとは思わなかったけどね」
結生子がきいた。
「幸織からきいた? わたしのこと」
「ああ、いや」
またあの幸織の硬い表情と硬い声を思い出す。
「もうユキちゃんが村にいないって、そのことだけ。ユキちゃんも、ご家族も」
少しおいてから、つけ加える。
「それで、ユキちゃんの家の前も通った」
「跡形もなかったでしょ?」
跡形はあった。塀と、もと庭木だったらしい木が残っていた。
でも、ああいうのが、結生子にとっての「跡形もない」なのだろう。
ちょっとためらって見せてから
「うん」
と答える。
結生子は、肩を落として、ふうっ、と大きく息をついた。
「ぜんぶしゃべっとくね」
言って、ちらっと瑠姫の顔を見る。瑠姫は無遠慮にその結生子を見返した。
「たぶん、このあと、瑠姫とも会う機会はなかなかないと思うから」
結生子はまた唇を結んで微笑した。
「長い話になるけど、やっぱり、知っておいてほしいから」
「うん」
「幸織の家に戻る刻限は決まってる?」
正直に答える。
「いや、それが、幸織、いきなり会社に呼び出されてさ、帰るのは遅くなるって言ってた」
それで、つけ加える。
「だから、あそこのお母さんが晩ご飯を用意してくれる時間までに帰ればいい」
結生子は横から瑠姫の顔を見ている。その結生子の顔を見返して、瑠姫は、睫毛が長いな、と思った。
「じゃ、話すね」
結生子は前屈みのまま話し始めた。
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