第41話 ふしぎなほど、何も変わっていなかった

 そんなに大きな森ではないのに、上には何本もの木の枝が覆っている。それぞれに葉が茂っていて、鬱蒼うっそうとして暗い。空気もじめじめとしていた。ふしぎと海のにおいがしない。

 緩い上り坂が続いている。少し行ったところで、左手に大きな岩がむき出しになっていた。岩一つで家一つぶん、いやそれよりも大きい岩だった。

 その岩の向こう側に、また小さい鳥居がある。瑠姫はその鳥居の前まで行ってみた。

 岩に裂け目がある。裂け目なのか、それとも先まで続いて洞穴になっているのかは、暗くてわからない。

 ともかく、その裂け目の前にほこらがあった。ほこらの横には水が溜まって、池のようになっている。水の色は緑色に濁っていたけれど、そこに水たまりか池があるために、このほこらのあたりの光や空気がいっそう清々すがすがしいと感じる。

 ほこらは古びていた。もともと赤い色で塗ってあったのだろうが、いまは色がせている。さっきの鳥居や、いま、そのほこらの前に建っている鳥居と同じようにだ。しかも、この湿った空気のなかでは当然だろうけれど、下のほうは苔に覆われて色が変わっていた。

 それでも、と、思い出す。

 あの「馬塚うまづか」の上のほこらよりはずっとよくおまつりされている。

 ここのほこらの前に立てたさかきは枯れていない。しかも、ほこらの前には何かのお菓子が置いてある。そなえ物らしい。

 何の神様かは知らないが、たぶん、この村を守ってくれた神様なのだろう。

 賽銭さいせん箱もないので、ともかく、手を合わせて頭を下げようとした。その刹那せつな

瑠姫るき!」

 いきなり名を呼ばれて瑠姫は息をのんだ。お祈りする動作を止めて、振り向く。

 抑えた女の声だ。

 だれだろう……?

 幸織さちおの声ではない。それは確かなのだが。

 すぐ近くに女の姿があった。

 黒い、体にぴったりの、手首まである黒いウェアに、足のほうも同じようなぴったりのレギンスを穿いている。靴はスニーカーのようだ。

 がっちりした身体、それに較べて細い首、そしてふんわりと広がった髪。

 暗くてはっきりはわからないが、幸織よりはもちろん、瑠姫よりも色の淡い、明るい色の髪……。

 さっき、十年以上ぶりに会った幸織は、幸織だと見分けられなかった。

 しかし……。

 「ユキちゃん……」

 三善みよし結生子ゆきこは、あのころから、ふしぎなほど、何も変わっていなかった。

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