第40話 あれは、よかったのだろうか?

 それで、そのあと、もう暗くなりかけた時間に結生子ゆきこが連れて来たくれたのがこの鳥居の手前だった。

 結生子が一人でぜんぶやったのだろう。鳥居の手前の斜面に穴が掘ってあって、そこに半分ほど土をかけた状態で、あの明るい茶色の縞の猫が寝かされていた。その身体のいちばんいたんだ部分にはもう土がかぶせてあって、見えないようにしてあった。たぶん、幸織さちおがその姿を見ないですむようにだろう。

 瑠姫るきと幸織と結生子で、移植いしょくごてというのだろうか、小さいスコップで順番に土をかけた。

 そして結生子がお経を唱えてくれた。十分ぐらいか、もう少し長かったか。結生子にそんな特技があるとは瑠姫はまったく知らなかった。そして、ふだんなら結生子にそんなに待たされれば退屈して何か声を上げる幸織が、ずっとだまって手を合わせて頭を下げていた。

 お経が終わったときにはもうまわりは暗くなっていた。瑠姫が拾った、大きい四角い石を、猫の遺体の眠る場所の上に載せ、墓石にして、家に帰る。

 もう街灯はついていた。家の電灯も灯っていた。冬が近くて窓を開けている家はほとんどなかった。家から漏れてくる夕飯のおかずのにおいや、テレビの音が印象に残った。ふだんは気にならないのに。

 それは、たぶん、三人ともことばを交わさなかったからだろう。

 三人が別れたのは幸織の家の前でだった。

 「今日のこれは、だれにも黙ってること」

 別れ際に結生子が言って、そしてていねいにも塩を包んだ紙包みを渡してくれた。

 「家に入る前に、これ、ちゃんといてね」

 そのころは瑠姫は「清め塩」という習慣は知らなかった。瑠姫がそれと意識をして「清め塩」を使ったのは、人生でたぶんこれが最初だ。

 あれは、よかったのだろうか?

 いまの瑠姫の知っている知識から言えば、よくなかっただろう。土をかぶせたといっても、あの猫の遺骸は地面の下で腐敗し、虫やほかの動物に食われ、雑菌を繁殖させ、少なくともあの倒れていた場所に放置したのと同じことになったはずだ。衛生的には保健所に処理を依頼するのが唯一の正解だった。

 でも、それでは幸織は納得しなかっただろう。

 いや、瑠姫だって、あのころの瑠姫なら、それでは納得しなかっただろう。

 もし幸織がいやがるのにかまわず、結生子が保健所に連絡していたら、それから幸織と結生子はしばらく口もきかない状態になっただろう。そうなると、瑠姫にも修復のしようはなかった。どちらが正しいかわかっていればともかく、それもわからなかったから。

 瑠姫は鳥居へと歩き出す。

 いま、あのお墓の場所はわかるだろうか。

 いや。

 道の曲がるところから鳥居のところまで、十メートルぐらいの距離がある。そのあいだのどこに埋めたのか、もう思い出せない。比較的鳥居に近いほうだったと思うけれども。

 あの墓石のかわりにおいた石を見つけることができれば……。

 でも、いまは真夏だ。そこは一面の背の高い草に覆われていた。

 瑠姫は、猫のお墓を捜すのはあきらめて、その鳥居をくぐった。

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