第21話 あれじゃバリアフリーいらないよね

 瑠姫るきの中学生のころ、浜には家族連れやら大人のグループやら若い人たちのグループやら、たくさんの人たちが来ていた。お父さんやお母さんはそれでも来る人が減って寂しくなったとは言っていたが、泳ぎに行った中学生にとっては混雑しすぎだった。幸織さちおが、梅雨の寒い日でなければホテルのお客さんが押し寄せるから海を独り占めできないと言っていたのも、たしかに事実だったのだ。浜辺にも夏の盛りには「海の家」が四軒ほどできていて、焼きとうもろこしの香ばしいにおいが漂い、かき氷を作るしゃかしゃかという音がしょっちゅう聞こえていた。海水浴場の監視台も四つぐらいあったと思う。

 それが、いまは「海の家」らしい仮設の建物が一つと、監視台が一つあるきりだ。泳いでいる人も少ない。いや、少なくもないのだが、その大半がスイミングキャップをかぶった地元の中学生や小学生だ。つまり瑠姫や幸織の後輩たちだ。ほかの海水浴客との勢力が逆転した。後輩たちには泳ぎやすい環境が実現したと、ポジティブにとっておこう。

 ほかに、泳ぐのとは関係のなさそうな大人の人たちが、浜のあちこちを行ったり来たりしている。その一人に幸織は

「おばあちゃん!」

と声をかけた。

 声をかけられた人に見覚えがあった。幸織のお母さんほどに印象が変わっていない。海岸のごみ拾いボランティアに来ているとさっき幸織が言っていた、幸織のおばあさんだ。

 幸織のおばあさんは

「おお」

と声をかけてこちらへ歩いてきた。背は前屈みで、足もとが危なっかしいようにも思えるが、意外と早足だ。

 でも瑠姫はわからないらしい。幸織が

「あ、今朝言ってた瑠姫ちゃんだよ。滝頭たきがしらさんのところの」

と紹介すると、おばあさんは

「あっ! まあまあまあ、まあまあまあ!」

と繰り返した。歯が抜けたのか、ことばは少しこもった感じだったが、しっかりしている。

 「元気だったかい?」

 「はい」

 「お父さんやお母さんは? ずいぶん会ってないけど」

 「はいおかげ様で」

 このあいさつをするたび、なんで元気なのがそれまで接点のなかった人のお蔭なのだろうと思うのだが、このおばあさんになら、すなおにそう言っていいと感じた。

 「おばあちゃんもお元気で」

 「なあに」

 幸織のおばあさんは人なつこく笑う。

 「このところ、見てのとおり、ここもいよいよさびれてしまってな」

 それを言われると、答えに困ってしまう。そんなことないですよ、と言ったらかえってそらぞらしい。

 「おばあちゃんさあ」

 幸織が割って入ってくれてほっとする。

 「漁協さんのボートって使えない? っていうか使えるよね?」

 強引だ。

 「ああ、もう何時間でも使いな」

 おばあさんはうなずいた。

 「ちゃんと確かめて、水漏りしないのを選びなさいよ」

 怖いことを言う。

 「はぁい」

 幸織が元気に答えると、おばあさんは

「まあまあ。短い時間かも知れぬが、どうか楽しんで行ってくださいよ」

と瑠姫に言い、後ろを向いてまたすたすたと行ってしまった。

 「あれじゃバリアフリーいらないよね」

 幸織が肩をすくめて、瑠姫も考えていて言わなかったことを言う。

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