第19話 沖のほうで泳ぐってやってみない?

 幸織さちおは、瑠姫るきの知らないあいだに大きな病気でもして、海に入れなくなったのだろうか。

 あの中学生のころには、夏になると学年でいちばん日焼けして、夏の後半には日焼けした皮がむけて痛くて涙目になっていた幸織が、いまこんなに色白なのも、そのせいなのか。

 きくと悪いかな、と思っていると、幸織は軽く肩をそびやかした。

 「でも、瑠姫は、村に来たら海に行くつもりで来たんだよね?」

と言う。声がこれまでと同じに戻っていたのでほっとする。

 「ああ、うん」

 瑠姫はためらったけれど、正直に答えた。

 「じゃ、さ」

 幸織も短くためらってから言う。

 「瑠姫、沖のほうで泳ぐってやってみない?」

 「えっ?」

 「海、行かない」からいきなり正反対の提案に変わったので、驚く。幸織の言うことの振れ幅の大きさはよく知っている瑠姫でも驚くぐらいの正反対さだった。

 幸織はさらに言う。

 「昔、沖のほうで泳ごうとして、中学の生徒はそんなところまで行ってはいけません、って言われて、三人で怒ってたことがあったじゃない?」

 三人で怒っていた、というのは違う。幸織が何度も「なんでーっ!」、「どうしてーっ!」と繰り返し、瑠姫と結生子ゆきこでなぐさめていたのだ。いまとなっては、どうでもいいけど。

 海水浴場には、旗を立てたブイがいくつか浮いていて、中学校の生徒はその旗を結んだ線より向こうには出てはいけません、ということになっていた。その線を越えようとすると、海水浴場の見張り台からメガホンの強圧的な声で

「中学生は遊泳区域の外に出ないでください」

という声が飛び、それでも無視して出ようとすると

「ほら、そこの女の子、そこの一年生女子三人組、戻って来なさい!」

ともっとこわい声で警告される。中学生の女子は、ほかの海水浴客が色とりどりの水着を着ているのに対して、地味な紺色の水着なのでわかってしまうし、さらに、学年ごとに色の違うスイミングキャップをかぶらないといけないことになっていたので、それで学年までわかってしまう。

 その遊泳区域の外の沖には、いかだが三つほど置いてあり、もっと大きな人たちが、そのうえで休んだり、そこから飛び込んだり、その筏のまわりを泳いだり、楽しそうに遊んでいた。いや、ほかのどこかから来た海水浴客の、たぶん小学生ぐらいの子どもがそこの筏に群れて遊んでいたこともあった。それを見て、瑠姫だって、うらやましいと思い、また納得できない思いだった。

 いま、幸織は、上目づかいで瑠姫を見ている。

 瑠姫は、なんだ、幸織だってやっぱり海行きたいんじゃないか、と思った。だから

「あ、それ、いい」

と答える。幸織はほっとしたようだった。

 「じゃ、瑠姫、ここで着替えて。それでいいよね?」

 「うん」

 いまとなっては、村のなかを水着で歩くのは、多少、恥ずかしくはあった。でも、幸織がそう言うということは、みんなそうしているのだろう。

 「気をつけてね」

 幸織が廊下に出て言う。自分の部屋で着替えるのだろう。

 「ここ、見晴らしがいいってことは、向こうからもよく見えるってことだからね」

 そして幸織はくすっと笑った。

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