第12話 それでこんなにすすだらけ

 瑠姫るきがこの村を離れるときには、このホテルはもう廃業していたけれど、まだ建物はきちんとしていた。青く塗った屋根部分もあざやかで、壁も白く、どの部屋もガラス戸がきちんと閉まっていた。どの部屋にもクリーム色のカーテンが引いてあった。そのカーテンの向こうにはまだだれかが泊まっているのではないかとさえ思った。広い駐車場にも夜にはまだ煌々こうこうと照明灯が灯っていた。

 それが、いま見上げると、上のほうの階は窓ガラスがぜんぶなくなって、なかは黒ずんでいるし、下のほうの階もガラスが割れているところがあった。そのガラスから、あのクリーム色のカーテンがはみ出している。

 「ここさ」

 幸織さちおは瑠姫がその変わりようにおどろいているのがわかったようだ。

 「映画のロケで使ったんだ。で、最後はホテルの中で手持ちのミサイル撃ったり機関銃撃ちまくったりっていうすごいことやってね。それでこんなにすすだらけなんだ」

 「ああ、それで」

 言ってから、きいてみる。

 「何の映画?」

 幸織がくくっと肩をそびやかして笑う。

 「『犬無宿いぬむしゅく』っていってね。やくざ映画か、いやスパイものかな? 知ってる?」

 「あ、いいや」

 残念ながら、きいたことすらない。テレビを見ていれば映画のスポット広告ぐらい流れただろうけど、覚えていない。

 幸織はまた肩をひくっと上げて笑った。

 「そうだよね。すごい予算をかけて撮ったらしいけど、大コケって話だし、それに、撮影してる間はめちゃくちゃうるさくて村のひとは迷惑したのに、こっちには招待券さえ配ってくれなかったっていうんで、お母さんとかすごい怒ってた」

 「ふうん……」

 招待券をもらったって、自分の村のホテルが壊されていく話を観に行くだろうか?

 わからない。

 ホテルの下を通り過ぎる。

 少し道を下ったところに洋風の二階建ての家があった。オレンジ色の瓦の屋根で、そこに窓が突き出ている。外には広い木のテラスがあるおしゃれな家だった。髭がもじゃもじゃの男のひとが経営しているペンションだった。家には犬がいた。それも一匹ではなかった。白い大きいのと、クリーム色の小さいのと、もっと色の濃いのと。ほかにもいたかも知れない。どれも毛がもじゃもじゃで、色は違うがその飼い主の男のひとの顔に似ていなくもなかった。夏など、テラスで泊まり客が昼間からパーティーをやっていて、下を通る中学生たちに声をかけてくれたこともある。冬にはそのテラスのまん中にクリスマスツリーが置かれ、さまざまの色の電球が点滅していた。

 いまもその家はある。オレンジ色の瓦の屋根も、そこに突き出た窓もある。黒ずんできたない色になっているけれど、テラスもある。

 しかし、どの窓も、戸口も、分厚いベニヤ板で閉ざされていた。

 人が住んでいるようには見えない。もちろん飼い犬もいないだろう。

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