第10話 もうすぐだよ

 外からは音楽が響いている。ときどき、どん、どんとビートのきいた曲もあったけど、だいたいは流れるような優雅な曲だった。ヨーロッパのどこかの街で、街角の楽士が手回しオルガンで奏でているような、そんな音楽だった。

 「じゃ、もう消すよ!」

 結生子ゆきこが声をかけたのは、瑠姫るき幸織さちおがそのときやっていたボードゲームに夢中になって、時間になっても電灯を消すのを忘れそうだったからだろう。

 八月、月遅れのお盆の一週間、あのホテルでは花火大会が開かれる。大人たちは、うるさいと迷惑がりながら、また別のときには

「前は八月じゅうずっとやってたけどね、花火大会。あれが終わったら学校が始まるって、寂しい気もちがしたもんさ」

などと懐かしがってもいた。

 瑠姫の家は村のなかでも高いところにあって、あのホテルに近かった。しかも部屋からはその花火が見える。それで、あるとき、幸織と結生子をさそって、花火見物会をすることにした。最初は花火を見るだけの予定だったのだが、幸織が

「どうせならお泊まりしたい、瑠姫ちゃんのうちに!」

と言い出し、三人で瑠姫の家に泊まることになった。そういうのには厳しそうな結生子の家の人も許してくれたらしい。いま思うと、自分の家にほかの子を呼べないので、そのぶん、配慮してくれたのだろう。

 結生子が電灯を消すと、部屋が暗くなったかわりに、窓と床には赤やオレンジのさまざまな色の明かりがいっせいに浮かび上がった。瑠姫と幸織も、その明かりの照らす窓のところに集まってきた。

 瑠姫が勢いよく窓を開ける。窓を開けると、その心地よい音楽はいっそう大きくなった。

 音楽が聞こえてくるのは、その裏山の大きなホテルからだった。窓を開けると、宿泊客らしい人たちのざわめきも聞こえてきた。ときどき歓声や拍手も聞こえてくる。

 音楽が終わる。

 三人の娘たちは、その窓の窓枠のところに集まって待った。

 ホテルそのものは高台の上だし、あいだに林もあるので見えない。でも、ホテルのところから暗い夜空へと色とりどりの明かりが広がっているのはわかった。この窓を照らしているのは、その林の木々のあいだを抜けてきた明かりだ。

 「もうすぐだよ」

 腕時計を見ていた結生子が小さく言う。それに答えるように、ホテルのほうから

「3……2……1……」

と声を合わせてカウントダウンするのがきこえてきた。

 「1」のすぐあとに、ひゅうっ、という音がいくつもして、やがて、色とりどりの光が夜空に開く。それから、一瞬のあいだをおいて、「どん」とか「ぱん」とかいう激しい音が響いた。

 すぐ近くで見る花火は、思わず目をつぶってしまうほどまばゆい。音といっしょに空気の揺れが体に直接に伝わってくる。

 「わあ……」

 花火大会には慣れている三人の娘たちも、花火が起こした空気の振動を体で受け止めて、軽く歓声をもらした。そこにまたまばゆい光が空から降ってくる。

 花火は、最初に大量に打ち上がり、それからしばらくは一度に一つか二つが間隔を置いて打ち上げられる。中休みがあって、その中休みのあとは、また大量の花火が何度もまとめて打ち上げられる。

 このころになると、空の上には花火が残した煙が白い雲のようになって漂うようになる。その雲にまた花火の色とりどりの光が反射してきれいだ。きれいなのだが、見ている瑠姫たちのところまで火薬のにおいも漂ってくる。鼻につんと来る、と思ったあたりで、短い時間にこれまで以上のたくさんの花火が打ち上がり、そして、その花火大会は終わった。

 あたりは急にしずまりかえった。何の音も聞こえない。

 ただ、見上げた高い空に、花火が残した煙の雲がただよい、風に少しずつ流されていた。

 三人の娘たちは顔を見合わせて笑い、窓を閉めた。

 あれは、瑠姫が甲峰こうみねで過ごした最後の夏のことだった。

 そして、あのホテルで開かれた最後の夏の花火大会だった。

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