第8話 あんまりばたばたしないで

 結生子ゆきこは、とにかく「しっかりした子」という印象の子だった。

 瑠姫るき幸織さちおよりも背は高く、肩幅は広くて体つきもがっちりしていた。少し色の淡い、ふんわりした髪の持ち主で、それを肩のところで切りそろえていた。色白で、きめが細かくて、とろんととろけるクリームのような肌の持ち主だった。気も強くて、納得ができないと先生とでも平気で言い争いをする。男の子たちがどんなに悪口を言って泣かせてごまかそうとしても泣かなかった。でも、過ぎたことを根にもつようなこともなかった。そのリーダーシップで別の町や村から来ている子からも頼りにされ、クラスの委員長や生徒会の役職にも何度も推されていた。

 その結生子の家はこの村で昔は「名主」というのを務めてきたそうだ。もう何百年もつづく名家だ。その家も堂々とした大きい家で、「いわし御殿」と言われていた。りっぱな御殿なのになぜ「いわし」なのだろう? 鯛とか鯨とかにすればいいのに、と子どものころには思っていた。瑠姫が歴史の初歩を習ったころに、お父さんやお母さんは、江戸時代にいわしを江戸に売ることで儲けたお金で豊かになった家だから「いわし御殿」なのだと教えてくれた。

 門は飾りのついたいかめしい鉄の門で、いつも閉まっていた。高い塀の上には唐草模様のような鉄の飾りがついていた。むりに乗り越えようとすればその鉄が刺さるという脅しだ。中の「御殿」の二階がその塀と門の外から見えた。大きい透明なガラス窓の部屋が続き、その中は大きい座敷になっているようだった。手前には、二階建てぐらいの、昔ながらの大きい土蔵もあった。

 瑠姫と幸織は小学校のころにこの家に遊びに行った。しかし、中がどうなっていたかというと、庭が広くてどこまでつづいているかわからなかったとか、廊下を曲がって、また曲がって、もう一度曲がってもまだつづいているとか、そういうことしか覚えていない。あと、覚えているのは、あの鉄の門を通って家に入るのだろうと思ったら、その横の小さい戸口を通ったので、鉄の門はいつ開くのだろうと思ったことぐらいだ。それを瑠姫と幸織がきくと、結生子は困って

「開いてるの、見たことあるけど、どんな日だったか覚えてない」

と答えた。瑠姫が

「お正月とか?」

ときくと、結生子は少し考えてから

「そんなんじゃないと思う」

と、あまり確信の持てないような答えかたをした。

 いつもははきはきしている結生子が、だ。

 遊びに行ったのはその一度きりだ。

 その広い家を、瑠姫と幸織は興奮して廊下をどすどすと音を立てて走っていた。結生子は最初は

「あんまりばたばたしないで」

などと迷惑そうにしていたのに、そのうち自分もいっしょに家のなかを探険するのがおもしろくなったらしく、いっしょに走り回っていた。そうこうするうちに、幸織が迷子になって、瑠姫と結生子で探し回ることになった。

 探し回った結果、離れの二階の、そのころの瑠姫でも背をかがめないと頭がつかえるくらいに天井の低い屋根裏部屋で寝ているのがようやく見つかった。その部屋に入る入り口は、狭くて急な階段、というより梯子はしごしかなかった。その梯子を登ってその部屋に入ったものの、下りようとすると落ちそうで怖くて、見つけてもらえるのを待っているうちに眠ってしまったらしい。けっきょく、落ちても下で受け止められるように、先に結生子と瑠姫が下りて、梯子の下で幸織が下りてくるのを待ちかまえた。幸織は、お尻を突き出して、震えながら、一歩ごとに段を踏んで下りてきた。

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