第7話 もういない

 幸織さちおはしばらく黙ってから言った。

 「で、さ。さっき言った従兄いとこの一家が、いまいないんだ。従兄のお兄ちゃんが会社からリフレッシュ休暇とかもらって、十日ぐらい、台湾遊びに行っちゃって。それで、前からさ、ずっと瑠姫るきをいちどうちに呼びたいと思ってたんだけど、お兄ちゃん、っていうか従兄の一家がいたら、けっこうたいへんだから。小さい子も二人もいるし」

 「ああ……」

 その従兄は幸織とどれぐらい歳が離れているのかわからない。でも、同じ年頃だとしたら、その人にもう子どもというのがいておかしくない時期なんだ。

 それも、二人も。

 瑠姫だって、会社の先輩が結婚した、子どもが生まれたという話はきく。結婚式の二次会に呼ばれたこともある。二次会で酔ってはめをはずして大騒ぎして、花嫁よりずっと目立ってたねと上司からも後輩からも何日もしつこく言われたこともある。

 でも、そこで結婚したのは、自分より会社にずっと長くいた先輩だ。

 友だちの家族で、それがふつうなんだと思うと、どう考えていいかわからなくて、瑠姫はとまどう。

 幸織が言う。

 「それで、瑠姫に来てもらうんだったらいまだな、って思って」

 ちょっと笑って

「お母さんも、お兄ちゃん、あ、従兄のお兄ちゃんね。その一家がいなくなって、なんか忘れものをしたみたいに寂しいって言ってるしね」

と言う。そこで、瑠姫も

「わたしもさ、ちょうどここらへん、予定なかったから。もともとまだ梅雨の予定でいたからさ。晴れちゃってどうしようって思ってたし、それに、うちの部署さ、次、いつ休めるかわからないんだよね」

と返した。

 「社会人」っぽい話してるな、と、自分で思う。

 「でも、そんなに気を使ってくれなくても、どっか泊まるとこ探すのに」

 「泊まるとこなんか、ないよ、このへん」

 幸織は、言って、あの目尻が曲線を描いた目を細める。

 「え? だって……」

 たしかにあの巨大ホテルは瑠姫が中学生だったころに閉鎖された。でも、そのほかに、洋風のペンションもあったし、民宿もあったはずだ。

 クラスで女の子たちのリーダーだった結生子ゆきこという子の家も民宿をやっていた。民宿というより旅館と言ったほうがいいくらいの、本格的なところだった。

 幸織が小さく首を振った。

 「いまじゃ岡平おかだいらでだって泊まれるところほとんどないんじゃないかな。駅前のホテルだって、つぶれてはいないみたいだけど、お客さんが泊まってるところって見たことないから」

 「うん……」

 ちょっと黙ってから、きいてみる。

 「ユキちゃんのところは?」

 ユキちゃんというのはその結生子のことだ。

 「もういない」

 幸織はぽつっと答えた。すぐに続きを言わない。

 少ししてから、瑠姫のほうは見ないで

「結生子だけじゃなくて、あそこの家族みんなね」

と続ける。硬い声だった。

 「……そうなんだ」

 そうは言ってみたけれど、すぐには納得できない。

 何があったのだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る