第6話 残ってる子のほうがずっと少ない

 「幸織さちおはやっぱりここに住んでるんでしょ? ご両親といっしょに」

 「両親に、おばあちゃんに、従兄いとこのお兄ちゃんの家族もいっしょ。弟は会社の寮に入っちゃったけど」

 そういえば幸織には弟がいた。幸織に負けず元気で、ただ、困ったことに歳上の女の子を困らせるのが好きな子だった。

 学校でも、女の子たちだけで遊んでいるところに気づかれないように近づいて来てスカートをめくる。めくったスカートを背中の後ろに洗濯せんたくばさみで手早く止めてしまったこともある。それで女の子があわてて

「あれっ? あれっ?」

となるのを見て笑った。そういうときには、幸織が

「こらあっ! セクハラ男ーっ!」

と言って追いかけ回すのだが、その弟は

「やーい、セクハラ! セクハラ!」

と言って走り回って逃げる。完全に、「セクハラ」ということばの意味を、わかっていない。

 あのまま社会人になったとしたら、かなり危ないと思うのだが、そんなことはない。

 たぶんないと思う。

 ……ないんじゃないかな……?

 でも、いま幸織が言った、従兄のお兄さんという人には会ったことがない。

 「従兄さんって、いたっけ?」

 「叔父さん一家、滑川地なめかわじのほうに住んでたんだよね、あのころは」

 滑川地というのはいま瑠姫るきが乗ってきたバスの終点だ。瑠姫も一度ぐらいしか行ったことがない。あのころでも古びた家が少しバス停のまわりにかたまっていて、その向こうに広い白い砂浜が広がっているだけの土地だった。しかもその砂浜の先の海は海水浴もできないらしい。

 「でもいろいろ不便になったって言って。叔父さんたちは横浜のほう引っ越したんだけど、従兄のお兄ちゃんは勤め先がこっちだからね」

 幸織は淡々と説明する。

 「ふぅん」

 あのころは幸織のことをよく知ってるつもりでいたけれど、いまから見ると知らないことがいっぱいあったのだ。

 黒い乗用車が白い土ぼこりをいっぱいに舞い上げて通り過ぎた。この広い道で、はじめてすれ違った車だ。

 この道は瑠姫がここにいたころにいちどアスファルトを入れ直して新しくした。それが、いまはまたひび割れて傷んで、この土ぼこりが立つ。

 瑠姫は借りた日傘を上げて上を見上げる。

 崖の上の松や、木の種類はわからないけれどもっと葉の大きい木が、ときどき瑠姫と幸織に影をつくってくれる。

 「瑠姫、急にわたしからメールが行って、びっくりした? 迷惑じゃなかった?」

 幸織が顔を上げてきいた。こういう早口に畳みこむような言いかたは、たしかに幸織だ。

 「ああ、いや」

 瑠姫は首を振った。

 「ずっとさ、甲峰こうみね、どうなったかな、って思ってたんだ。だから、まあ、最初はおどろいたけど、懐かしいな、って思った。同窓会でもやるのかな、って、思ったけど」

 「同窓会も、あったら出てみたいけどね」

 幸織は唇を閉じて軽く息を継いだ。

 「いまもうみんなばらばらだから。甲峰に残ってる子のほうがずっと少ない。とくにうちの学年の女子はわたしだけかな。同窓会やるんだったらいまなら東京でだろうね」

 「うん」

 瑠姫は横目で幸織を見る。幸織はうつむき加減に前を見たままだ。

 六人、いたのだ。この甲峰というところだけで、同級生の女の子が。

 残っているのは、幸織だけなのか……。

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