第2話 ひさしぶりっ!

 一分も外の空気に触れていないのに、もう首筋の下や肩の後ろに汗が流れていくのがわかる。この待合所にエアコンなんかなさそうだから、なかは熱い空気で蒸れかえっているだろう。でも外で太陽を浴びているよりはましだ。

 息をついて、バスの待合所の入り口の踏み台に足をのせたところに

「お疲れ」

 ふいに斜め後ろから声をかけられた。

 若い女の声だ。

 「うん?」

 振り向く。

 女が立っていた。

 さっきバスのなかから見かけた、白い日傘をさした女だ。バスに乗らなかったのだろうか。

 その女は、瑠姫るきと同じくらいの年ごろで、まっ白の半袖のシャツを着て、腕にも日よけを巻いている。

 白い肌は、道からの照り返しを反射して艶々つやつやしている。すなおな髪はふわっと後ろに回して垂らしている。

 唇はいたずらに笑っているように結んで、瑠姫を見上げている。

 セールス?

 日焼け止めか何かの?

 目は黒い。その目尻が両目ともなだらかな曲線を描いて下がっている。

 その目尻が、かすかに記憶と重なった。

 「えっ?」

 瑠姫は声をあげた。

 「幸織さちおっ?」

 女はその目を細め、じれたような声で言った。

 「そうだよぉ……!」

 「えっ?」

 二度めの「えっ?」はないだろう。ないだろうと思うけれど、そんな声を立てなければいけないぐらい、幸織は変わっていた。

 「ひっ……久しぶりっ!」

 だから、その声は、引きつっていたかも知れない。

 「うん。ひさしぶりっ!」

 そう言って、日傘を左手で持ち直して右手で瑠姫の右手を握ってくれる。

 手は冷たくて、昔いっしょに海岸で食べたアイスクリームのようにしっとりしていた。

 バス待合所のコンクリートの段から足を下ろして、その幸織の右手を自分の両手でぱんっと握る。

 幸織と向かい合って、瑠姫も笑って見せた。

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