文字の海におぼれて消えろ

 

 病院は嫌いだ。鼻を突くような酸っぱい匂いがするし、なんだか居心地が悪い。朝昼晩に出されるご飯もあんまり美味しくはない。加乃が作ってくれた料理の方が一兆倍おいしかった。


「…………はぁ」


 長い間動かしていなかったせいで衰えている腕をなんとか持ち上げながら、ひたすらペンを動かす。

 病的なまでに白いベッドに腰掛けながら、力を振り絞って文字を綴っていく。

 たったそれだけの動作で息が上がってしまうけれど、こんなことで弱音を吐いている暇はない。僕にはやることがあるんだ。


「……神代、凪人より、と」


 そこまで書き終えてふうと息を吐く。改めて文面を眺めてみると、書き出しには僕の弱々しい文字でこう書かれていた。


『僕が死ぬまでにやりたいこと』


 そう、僕はもう後ろを向いて生きるのはやめたんだ。これからはずっと、前を向いて生きていく。

 だって、彼女がそうだったから。死んでもなお馬鹿みたいに前向きでいて、僕に希望をくれた彼女がそうやって『生きていた』から。

 だから、僕はこれからも書き続ける。自分のやりたいことを、恥ずかしげもなく彼女に伝え続ける。

 そしていつか、自分が文字の海におぼれて消えてしまうまで、ずっとずっと、やりたいことを更新し続けるんだ。

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文字の海におぼれて消えろ こんかぜ @konkaze_nov61

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