それは右手か左手か?

冴木さとし@低浮上

最終話 僕の罪と義兄の罪

 僕は今井直哉いまいなおや。僕はごくごく平均的な家庭に産まれた。


 義兄にいさんは父さんの連れ子だったそうだ。母さんがこっそりおしえてくれたんだけど義兄さんの実のお母さんは義兄さんが物心つく前に亡くなってしまったらしい。


 さびしい幼年期を過ごした義兄さんは父さんと母さんが結婚すると聞いてとても喜んだそうだ。そして僕が産まれた時


「『淳史あつし、あなたの弟よ。仲良くしてあげてね』って言ったらあの子『うん! ぼくはいいおにいちゃんになるんだ!』って元気よく答えてくれたのよ」


 なんて僕に義兄さんの昔話をしてくれて、にこやかに笑っていた。


 僕たちは本当の兄弟のように過ごした。オモチャをとりあって喧嘩けんかもしたし義兄さんの古着は嫌だ。新しいのがほしいと訴えたこともある。


 そんな時、母さんは


「そんなこと言わないの。うちはお父さんが死んじゃってお金がないの。おわかり?」


と悲しそうな顔をしていたのを思い出す。


 僕はその悲しそうな母さんの顔を見ても我慢がまんできずことあるごとに文句を言った。


「なんでお義兄ちゃんばっかり。みんなカッコイイ銀河仮面スクワッターのTシャツ着てるんだよ! 僕だってみんなと一緒の着たいんだ!」


「ごめんね。買ってあげたいんだけどね。ないものはないの」


 今、思い返せば母さんは悲しかったろうなと思う。周りと同じようにしてあげられないことを。僕も我慢したらよかったんだけど母子家庭だったことや家計のことなんて全然分かってなかったんだ。ごめんね、母さん。



 ある日の夜、僕の家に酔っ払った男が突然やってきた。お酒のにおいをぷんぷんさせて


「こっちはお前の母親に用があるんだよ。子供はすっこんでろ」


と僕を手で払いのけて強引に母さんのいる場所にずけずけと入っていった。


一葉かずはさんよぅ。あんたの旦那は相当ひどかったらしいねぇ。金貸しやって取り立て厳しくしててさぁ。あんな取り立ての仕方はさすがにないだろう? お金を返さないからって裁判所に訴えて差し押さえるなんてさ」


男はこれ見よがしに扇子を母さんに突きつける。


「人の風上にもおけないよなぁ。あんたの旦那には人に対するなさけってもんがないのかってんだよなぁ」


 一方的にしゃべり続ける男は父さんの悪口を言いまくる。


「申し訳ございません。ただ夫の仕事内容は私は存じておりませんので、分からないんです」


「奥さんが旦那さんが何してるか全然分からないなんてそれで良い妻といえるのかねぇ。だからあんな無礼なガキ共が産まれるんじゃないの?」


と男は嘲笑あざわらった。


「今、この子たちは関係ないでしょう! 二人とも私の可愛い息子です!」


謝ってばかりだった母さんは初めて声をあらげた。


 父さんのこと、そして僕たちのことを悪し様あしざまに言われてとうとう耐えきれなくなったのだろう。するとそれに腹を立てた男は母さんを突き飛ばした。


「母さんに何をする!」


と僕は男を同じように突き飛ばす。すると酔っていた男は踏ん張ることができず、ふらつきそのまま転び柱に頭をぶつけ倒れ込んだ。


 そこへ義兄さんがやってきた。


「どうしたの? この人倒れてる、血が出てるよ。救急車を!」


と叫び男に近づき調べる。男の胸に耳をあて、そして男の口に手を当て


「この人、息してない!」


 その声を聞いて我に返った母さんは慌てて救急車に連絡をいれた。そして義兄さんは携帯で警察に連絡をいれた。義兄さんは


「僕が男を殺しました。だから僕が犯人です」


と話をした。


 警察官がやってきて義兄さんは連れていかれた。何があったか事情を聞かせてほしいと警察官が質問をしてきた。


 僕は黙っていられなかった。


「僕があの男を殺しました。だから僕が犯人です」


と答えた。


 それぞれが犯人と言いだしたので警察官は「共犯?」と短く聞いた。


「違います。僕が殺しました。義兄さんは殺していません。僕をかばっているんだと思います」


 警察官は神妙な顔をして


「君も署までご同行願えますか?」


と言われ僕はうなずきパトカーで警察署に連行されるのだった。



 警察署に行っても僕は同じ主張を続けた。


「僕が殺しました。義兄さんは殺してません。義兄さんは悪くない。母さんだって悪くない。悪いのはあの男だ! 死んだ父さんや僕たちに難癖なんくせをつけたあげく母さんを突き飛ばしたんだ。だから僕は思わず左手で思いっきり突き飛ばしてしまった」


 あの時の男の倒れ方を思い出し、僕はなんであんな簡単に転んだんだと死んだ男に怒鳴り散らしたい衝動にかられた。けど、それを抑えて話をした。


「そしたらあの男は頭をぶつけて倒れて息をしてなくて。仕方なかったんです。殺すつもりはなかったんです。でも義兄さんはやってない。僕が殺したんです。僕が犯人なんだ!」


 僕はそう言って泣いていた。僕は人を殺してしまったという事実が怖かったからだ。それでも僕たちは結局、最後まで自分の主張をゆずらなかった。



 そして僕たちは自分が犯人だと主張したまま今回の裁判が始まる。


「僕の名前は今井直哉いまいなおやです」


 そして本籍、住所、職業、年齢を話し人違いではないと証言する。あとは僕は警察署で話した通り再度同じ事実を述べた。そして


「僕があの男を殺しました。だから僕が犯人です」


めくくった。



 そしてすぐ義兄さんが法廷に連れてこられて今度は義兄さんの主張を聞くことになった。ここであの時、僕は義兄さんが警察に何を話していたか初めて聞いた。


 検事が義兄さんに質問をする。


「この事件で犯人だと主張する人物は2人います。義兄あに今井淳史いまいあつしさんと弟の今井直哉いまいなおやさんです。主張は同じで自分こそが男を殺した犯人だと。ですが事件の主張は全く違います。お義兄さん。あなたは殺人があった時どうしていましたか?」


 義兄さんは一度、唇を固くみしめた。そして拳を握りながら話す。


「僕は男と義母ははが言い争っている声を聞き駆けつけました。そして男が母を突き飛ばしているのをみて頭に血がのぼって男を突き飛ばしました。男は頭をぶつけ息をしてなかったので警察に連絡をしました。僕が殺しました。僕が犯人です」


 その話を聞き検事はまた質問をする。


「それではあなたが男を突き飛ばしたのはどちらの手ですか?」


 首をかしげた義兄さんは


「右手です」


「ちなみにあなたの利き腕はどちらです?」


「それも右手です」


 義兄さんは不思議そうな顔をして答えていた。


「ではあなたのお義母かあさんと男がもめていた瞬間、あなたはどこにいましたか?」


「事件のあった部屋の中に」


「もっと正確に、お願いします」


 義兄さんは頭をかしげ答える。


「えぇと部屋の右側あたりにいました」


「殺害現場の位置は真ん中の奥にあなたのお義母かあさん。その正面に争っていた男。さらにその男の左側手前に弟の直哉なおやさん、同じように男の右側手前にお義兄さんであるあなた淳史あつしさんがいた。これで正しいですか?」


「はい。この質問に何の意味があるのかよくわかりませんが」


「では『遺体は部屋の右側にあった。そして右側の柱に後頭部をぶつけそれが致命傷となった』と検察官から報告がきています。で突き飛ばした場合、一連の流れを考えるなら淳史あつしさんに突き飛ばされた男は部屋のに突き飛ばされ後頭部をぶつける可能性が高くなるとは思いませんか?」


「おっしゃっている意味がよくわかりません」


「右手で相手を押したら普通、相手の体は普通左に動きませんか? で力いっぱいから突き飛とばしたのに突き飛ばした自分より突き飛ばされた体は動くんですか? それは明らかに不自然だ!」


と検事は矛盾点を義兄さんに突きつける。


「弟の直哉なおやさんは左利きです。しかも左手で強く突き飛ばしたと証言している。さらに遺体は淳史あつしさんがいた右側にあった。右側に立っていたはずの淳史あつしさんにあったんですよ? そして殺害現場の遺体の位置とも合致する。これに関してはどう思われますか?」


「そんなのは偶然だ! もみあっていたらどっちにいくかなんて誰にも分からないだろう!」


「それではあなたのお義母かあさんと男が言い争っていた内容はなんですか?」


「それは……」


 義兄さんは押し黙おしだまった。沈黙を破ったのは検事だった。


「あなたのお義母かあさんと男は何を言い争っていたんですか? 淳史あつしさん、弟の直哉なおやさんは答えてくれたんですよ、正確に。しかもお義母かあさんとの証言とも一致する。しかし、あなたは答えられなかった……」


 検事は、はっきりと義兄さんに真実を告げる。


「それはあなたがその殺人が起こった時に現場にいなかったからだ! お義母かあさんの悲鳴と男のわめき声、それを聞いたあなたは後から現場に来た! だからお義母かあさんと男が何を言い争っていたかあなたはまったく知らないんだ!」


と検事は一気にまくしたてた。


 嘘を完全に見破られ全く反論ができなかった義兄さんは、もう反論できないと思ったらしくぽつりぽつりと僕をかばった理由を話してくれた。


義母ははは本当に僕によくしてくれました。弟の直哉なおやにとっては実の母だ。幼いときに死んでしまった僕の母さん。僕が母の愛を知らない時に本当の母のように接してくれた僕の義母かあさん。直哉なおや義母かあさんの本当の息子だ。そして僕の父さんの子であり、僕の弟だ。だから僕が直哉なおやを守らなきゃと思ったんだ!」


 義兄さんはそう叫んでいた。


「以上です」


 そういって検事は義兄さんへの質問を終えた。



 次は母さんの主張だった。母さんは僕たち2人の主張を検事から聞きそのうえで話しだした。


「弟の直哉なおやは私と夫の子です。義兄の淳史あつしは私の子ではありませんがそれでも私が愛した夫の子供であることに変わりはありません。夫は義兄である淳史あつしの将来を心配していました」


 母さんは手を自分で握りしめながら話をしている。


「夫は病に倒れ死ぬ間際、『自分以外に身寄りがない淳史あつしを守ってほしい。一人きりになってしまうから、頼む』と、そう言われました。私は夫がたった一つ残した遺言だと思い私は淳史あつし直哉なおやと同じように守り育てようと心に決めました。だから私は精一杯2人を育てました」


 そう話す母さんの声は震えていた。


「でももとはといえば育てた私の責任です。私が悪いんです。あの子たちは悪くない! 今回のことだって私をかばうためだった! 心の優しい子供たちなんです! だから私を罰してください! 2人を無罪にしてください!」


 そう言って母さんは泣いていた。


 この時、僕は人を殺してしまったことを本当に後悔した。取り返しがつかないことをしてしまったと思えば思うほど涙が止まらなかった。


 今日の裁判はこれで終わった。



 そして判決の日がきた。裁判長は判決と、この事件のこと、そして僕のこれからをこう話した。


「主文、被告人、今井直哉いまいなおや懲役ちょうえき3年の刑に処す。但し5年の執行猶予しっこうゆうよとします」


 ざわつく法廷。静粛せいしゅくにと裁判長が声をあげる。


「自首していること。初犯であること。計画性はなく殺意もなかったこと。相手の男も悪かったこと。情状酌量じょうじょうしゃくりょうの余地はあるでしょう。けれども罪は罪です。罪はつぐなわなくてはならない」


 そして裁判長は義兄さんに顔をむけて話し出す。


「まずはお義兄さんの淳史あつしさん、弟の直哉なおやさんを守りたい気持ちは分かる。だが理由はどうあれ真実をねじまげるのはよくない。偽証罪ぎしょうざいにも問われます。どんな理由があろうとも嘘はダメなんです。真実が見えなくなる」


 裁判長はここで僕に振り返り話し出す。


「そして弟の直哉なおやさん。罪を犯したら償わなければならない。君は若い。君には未来がある」


 そしてゆっくりと噛みしめるように僕の目を見て真剣に話してくれた。


「だからこそ今回の事件が何故起きてしまったのかを考えなさい。どうしたらこの事件が起こらずにすんだか、自分はどうしたらよかったのか? を一生考え続けなさい。それに気づかなければ君はまた犯罪を犯してしまう可能性がある」


 裁判長はそれだけは絶対にしてはいけないと頭を振る。


「それが私から君という個人にお願いする罪のつぐない方だと思ってください。次、犯罪を犯してしまった時、君をかばってくれる人は誰一人としていないのかもしれないのだから……私からは以上です」


と裁判長は言いバンバンと木槌きづちを打ちこの裁判は終わりを告げた。



 僕は執行猶予になった。罪は罪だと言われた。相手の男も悪かった。だからこそ今回は執行猶予がついた。


 けれど僕は人を殺したのだ。誰がどう言いつくろったとしても変えようのない事実だ。だから罪を償わなければならない。


 そして考え続けなければならない。何故この事件が起こってしまったのか、どうしていたらこの事件は起きなくてすんだのか、そして僕はどうしたらよかったのかを。


 一生をかけて。


 他の事件が起きた理由までは僕の頭ではきっと分からない。けれど僕が起こしたこの事件だけは僕が一生死ぬまで考え続ける。


 それが僕が犯してしまったつみに対する贖罪しょくざいだと、そう思うからだ。





参考文献 和田万吉 (2015).『竹取物語・今昔物語・謡曲物語 3作品合本版 Kindle版』.MUK production



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