閑話 願う二人

 一人静かな森の中を歩く八相は先程までの後継をまじまじと思い出していた。

 昔、自分が誓った約束が数百年の時を越えて今、果たされようとしていることに少しばかいルンルンと鼻歌交じりに上機嫌だった。

 そうして街に下りて自分の持つ家へと向かっていった。



 八相は妖怪とはいえ化け狸。普通の人を騙して普通の人間として暮らすことくらいは分けないことだ。

 普段、普通の人間と変わらない生活を送る八相にとってそれは結構なストレスであったりした。

 そんな八相の一日の最大の楽しみはお酒だ。

「今日はどれを飲もうかの」

 楽しげに家の蔵に貯蔵している数多くのお酒の中から気分に合わせて飲みたいものを選んでいた。

 その中から選んだお酒とお酒用のお猪口を持って縁側へと向かった。

 八相は持ち前の知識を活かしてこの町では知らぬものはいないほどのお金持ちでその家はこのあたりでは随分な大きさの屋敷だ。

 それこそ庭に家に掛かりそうなほどの樹木があるほどだ。

 その木を眺めながらお酒を飲んで、これからの事を考えるのであった。

「珍しいなお前がその酒を飲むのは」

 屋敷の奥から一人の見た目だけで鬼の妖怪とわかる者が現れた。

「なあに、ただ楽しみができたからその前祝いにでもと飲んでるだけじゃよ」

「お前が前祝いを考えるほどのこととは。まさかとは思うが…」

 その鬼はまさかとまで言いその後を言い出さなかった。

「お前さんの考えている通りのことだ。あの時の次期当主の鬼の力と武器を持つ少年とその婚約者で龍の力をその身に宿して使うことができる少女。そして続々と集まり始めている」

 それを聞いた鬼は

「そうか」

 と、静かに深くうなずいていた。

「ようやく、盤面が完成しようとしているのか」

「だがその盤面が完成したとしてそれはこの戦争が終わることを意味するもではないがな」

 この戦争を始まりから生きているこの二人、最後の二人故に知っている。

 心の難しさを。

 なぜ人間と妖怪が戦争になったのか、なぜこの戦争が数百年と続くことになったのか。

 今までに戦争を本気で終わらせようと動いた人間や妖怪は数多くいた。

 しかしそれでも終わらなかった理由、それは必ず裏切りがあったから。

「今、どこまで調べているんだ」

 八相が聞くと、鬼は少し顔をしかめながら

「鬼の生き残り、俺の持てるもの全てをつぎ込んで調べている。今わかっているのは妖怪側はわからないが人間側にはすでに裏切りを計画している人物がいる可能性が出てきている。これは早いうちに消しておかなければ後々問題になるかもしれない」

 お酒を飲みながら八相は思う。

(感情とは難しいものだな。これだけ長く生きて、研究し続けても未だに感情だけは理論的に証明しきれていない。戦争を終わらせたいと願い、この先のことを考え、自分や家族、仲間の事を思うのならば今すぐにでも互いに休戦協定でも結べばいいのじゃがな…)

「いずれくる終戦に向けて俺は最後の準備をする。お前も今後どうするか考えておいてくれ」

 そういって去ろうとする鬼に八相が

「まだ最前線に行こうとしているのか。とっくの昔に戦えなくなったお前さんが」

「それが俺に残された最後の使命だからだ」

「ならば、今夜は儂の酒盛りに付き合ってくれ。たまには馬鹿騒ぎでもしないと心がはち切れてしまうぞ」

「そうだな。古い、昔を知る最後の二人だ」

 そうして二人で静かにお酒を飲み続けた。

 屋敷の空では一羽の蝶が静かにそよ風を起こしていた。

 いずれ嵐となる始まりの風を。

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