第16話 知って揺らぐ心

「そうして二人はこの桜の木へと吸い込まれ、今この世界へと生まれ変わった。運命に導かれて。魂がなくなった二人の亡骸は崩れ去っていった。その最後まで二人の手は繋がれ続けていた」

 そう言ってその者は物語を締めくくった。



「どうしてあんたはそんなにも詳しく知っているんだ。まるで見てきたかのように話していたが」

「ずっと見てきたからじゃよ。この目で」

 それはつまり少なくとも数百年は生きていることになる。

「あんたは一体何者なんだ」

「見ての通りの化け狸じゃよ。ちょっと長命なだけの名もない妖怪じゃ」

 そんなちゃちな存在には見えない、がこれ以上そのことを気にしてものらりくらりして教えてはくれないだろうと聞くのをやめた。

 一呼吸置いて、俺は考えを整理し、また話を聞き始めた。

「どうしてあんたは俺に戦争の始まりを話したんだ。それを知ったところで今の俺にはまったく関係のないように感じるんだが」

 それを聞いたその者は

「少年は今妖怪をどのようなものと考えている」

 そう問われ俺は

「人間から幸せを奪い続けている悪者。それこそさっきの話でも戦争を始めたのは妖怪達からじゃないか」

 その答えにその者は満足したような顔をしてうなずいた。

「君からすればそうじゃろうな。いつもの日々が突然なんの理由もなく奪われたのじゃからな」

 その言葉を言い終わり、その者の顔は一気に険しいものになった。

「じゃが、それは人間から見た人間側の勝手な考えなのだよ。人間に等しく、妖怪だからと戦争に関係ないのに奪われた者たちはこの世界に数多くいる」

 俺はそれを聞いて初め言っていることがわからなかった。

 いつだっで奪うのは妖怪で力ない人間は奪われる側だった。

「そんな話、聞いたことがないぞ」

「それも当然だろう。無抵抗な妖怪を殺しても報告には妖怪を討伐したとしか書かれない」

 そこから俺は言葉を失った。

「今少年が生きているこの世界は決して自分が思っている綺麗事だけでできてはいない。少年が自分の復讐心だけを頼りに生きていたらいずれ迷い、戸惑い、描く幸せにたどり着くことはない」

 ここまでのこの者の言葉を聞いて俺の心は拠り所を見失おうとしていた。

 自分の信じてきた人達、心に誓った思い。その全てを否定されたのだから。

 それでも、それでも

「それでも俺は自分の信じた人を信じた道を歩み続ける。たとえその先にあるものが絶望であろうとも」

 俺は真っ直ぐな瞳でその者を強く見つめた。

 「そうか」

 そう一言呟いてその者は空を見上げた。

「少年よ、これだけは肝に銘じておけ。目に見えているものがすべてではないと言うことを。そして否定されても真っ直ぐに突き進める堅い思いを持っておけ。そうでなければお主は数百年続く嵐に飲み込まれてしまうだろう」

そう言い残してその者はどこかへと消えていった。

 一人になった俺はそこで一晩自分を見つめ直すことにした。


 

「それにしてもあの話をするまですっかり力のことを忘れておったわい。鬼の力、龍の力をその身に宿す巫女。そしてこの時代に集まる力を持つ者たち。そして今まで隠れていた鬼の一族たちも動き出しているようだな」

「今この時代でこの嵐が止まなければこれは永遠の嵐となり全てを飲み込むやもしれんな。止まぬ雨はないと言うがそれはこの世界の理とは違うのかもしれんな」

 一人、半月を見上げながら酒を飲んでいた。

 八相の見据える先には光と闇が入り乱れていた。

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