06
彼女は、暗くて冷たい川に沈んだ。
ミノタウロスなど構っていられるものか。
俺はすぐにネフィリアを助けに向かった。でも、運悪く彼女が沈んだ場所は深かった。痺れの残ったあの体で、こんな暗い川に落ちたら溺れて死んでしまう──
「いやだ」
水。大量の水。車窓に叩きつけるような大雨が、俺達を絶望のどん底に落とし込んでいく。どんどん水が入ってくる車内。凍えるような寒さが、夏のTシャツ姿に痛いほど染みていく。ドアを開けようとする。でも開かない。あぁ、なんで!! なんでドアが開かないんだ!? 俺達はただキャンプに来ただけなのに。どうしよう、水が!! こわい、怖い怖い怖い!!
『大丈夫だよ』
何が大丈夫なものか!! 結婚したばっかりっていうのに!!
こんなところで!!
『大丈夫だよ、あなた』
死んでたまるか、
「ぷふぁあ!! ……はぁ……はぁ!!」
「ネフィリア!!」
なんとか水底からネフィリアを引きずりあげ、川岸まで運んで横たわらせる。
少し水を飲んだようだけど、何とか大丈夫そう。
「……珍しい、顔をするのですね」
「当たり前だろ。俺はもう、二度と好きな人に死なれたくないんだよ」
目を丸くしているネフィリアの肩を軽く叩いて、俺は。
俺は再び、ミノタウロスに向き直った。
腰から剣を抜き去る。
「俺は今度こそ、愛する女を守ってみせる!!
てめぇなんか、牛丼にして食ってやらぁボケが!!」
「ぐぉぉおおおおおおおっ!!」
雄叫びとともに疾走を開始する。
ミノタウロスの右ストレートを躱して、最大火力の大太刀回りを叩き込む。一、二……計八連撃でなしえる奥義が、見事にミノタウロスの腹をかっさばいた。
「おらぁぁあああ!!」
最後の九連撃目が、ミノタウロスの首を真っ二つにする。
倒れていく巨体。
「はぁ……はぁ……」
◇
あのあと、遅れてやってきたペトラディカ教官に心配された。ついでにビンタもされたんだけど。
子ども一人でミノタウロスに立ち向かうバカがどこにいるんですかって。
まぁ、嬉しいよ。心配されたんだからすっごい嬉しい。
でもさぁ、さすがにみんなの前で抱きしめられるのは恥ずかったかな。まぁ、ペトラディカ教官って孫がいるらしいから、おんなじ目で見たんだろうけど。
そういえば、ネフィリアを助け出そうとしたとき、俺はどうやら《
前世の死ぬ際の瞬間と、ネフィリアが溺れそうになっていたその瞬間が重なって起きたようだった。
しかも、ただの経験値の倍加効果ではない。
今回はフルステータスが一気に二倍以上になった。
だから、あんなすっごい動きでミノタウロスに勝てたのだ。
そうそう、忘れそうだったけど、俺のネフィリアに手をかけようとしたガンテ。退学処分になったらしい。
同時に親がやっていた不正とか魔獣売買とかもバレたらしくて、公爵家はてんやわんやしているそう。
ま、俺には関係ないけど。
だって俺には、超絶可愛いネフィリアという女の子が!
「どうしたんですか? にやにやして」
「に、にやにやなんてしてないぞ! こ、これはその、あれだ、頬を鍛える運動だ!」
「オルヴィって、嘘吐くの下手ですよね」
くすくす笑うネフィリア。
くそぅ、やっぱり勝てない。
「あと、あのときの返事ですけど」
「え? あのとき?」
「ほら、好きな人に死なれたくないとか、かっこつけてたじゃないですか」
「あ…………」
そうだった俺、勢い余ってネフィリアに告白してたんだ…………。
忘れてたぁ。
もっと一緒に過ごしてから告白しようと思ってたのに。
「私と、付き合ってくれませんか?」
「そうだよな、さすがにあんな言われ方したら引く…………あんだって?」
「だから、付き合ってください。私と」
まさか。
あのネフィリアが、自分から…………。
「私じゃ不満、ですか?」
「全然全然全然全然!!!」
「良かったです」
あぁ、ダメだ。
やっぱり、泣きそう。
だってこれを言われるために、今まで死ぬ気で頑張ってきたようなものだから。
「でも、皇帝の娘の彼氏は大変ですよ? 学年一位になっても、大変なんですから」
「そ、そうだった。…………でも、頑張る!!」
宣言した俺に、ネフィリアが笑いかける。
明日から頑張ろう、と。
俺は、思った。
俺と一緒に死んだ妻が帝国の姫君になっていたので、うまいことやって愛を叫ぼうと思う 〜奴隷だった俺は今までの記憶を《天賦》に変えて名門学院でトップを目指す〜 北城らんまる @Houzyo_Runmaru
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