エピローグ
そしておおよそ半年後、私たちはアメリカにいた。何もない荒野を横切る一本道はどこまでも真っ直ぐで、二人を乗せた車が本当に進んでいるのか疑問がわくほどだった。
――――
あのあと病院で行ったのは単なる適合検査だけ。弘美もそんなの任せておけばいいっていうけど私は自分で手を動かさないと納得できない。
そしてB757級の自家用ジェットで熱波と砂漠の国へ。フレッシュなドナーも同梱されていた。当たり前だけど移植は滞りなく成功し、予後観察のためという名目で半年近く贅沢な暮らしを満喫した。
熱砂の国での暮らしは時間の使い方も贅沢だった。毎晩のように提供される高級なワインは二人の口を軽くしていた。
「そりゃあんたの弟がドナーと聞いて、臓器売買と結びつけたからでしょ」
あのときどうして私が裸に剥かれなければならなかったのか、移植の適合検査のために病院を訪れただけなのに、と弘美にぶつけた返事がこれだ。
「全く、六十億の値がついた魅惑のボディなのに」
すると弘美が盛大に笑いだした。
「六十億って、それが物質的なあなたの値段?」
「そうよ、この心臓にはその価値があったでしょ。同性能の代替品で片付いたから暴落したけど」
「ちがうちがう」
もう涙まで流して笑いコケる弘美。でも私が真剣に怒りだす前に事情を披露してくれた。
負債はドナーとしての私の足跡を消すためだった。過剰な負債をかけることで私が自ら足跡を消してから確保する予定だったらしい。それというのも私の履歴は偽造したもので本当の履歴が突き止めきれなかったから、自分で処理させれば手間が省けるということだ。
ところが今は亡き双子の阿保が先走った結果、私が剥かれることになったらしい。
……
そして私と弘美はアメリカへ渡った。半年の間にアメリカの永住権、つまり表の顔が確保されていて、それは報酬の一部として弘美が手を回してくれていたものだ。
しかしアメリカに降り立って初めて気づかされた。
「美智子、あなた、報酬は全部借金返済に回したじゃない」
そう、私は一文無し。素寒貧だった。
「予後観察とかいろいろ尽くしたのに?」
「六十億よ? 破格よ? 込み込みに決まってるじゃない」
あの時、執刀料って言っとくんだった!
「日本に残したものだって……」
「身元を確認できるものはすべて処分させたわよ」
「させたって、あなた」
スーツケースを手放して弘美に迫った。
「だから、もともとドナーとして葬り去るつもりだったからその手筈は整っていたの。私は今後のお仕事のために女医の美智子を日本から連れ出すよう準備していたから都合が良かったのよ」
「それはそうだけど……」
「まさか逃走資金すら残してないなんて思わないじゃない」
多少納得いかなかったけどそれならもっと早く言ってくれればいいのに。
「じゃあ、あなたはこれからどうするの?」
「もちろん住む場所も仕事も確保してるわよ。まあ、仕事は面接クリアしないといけないけれど」
「お願い、一緒に住まわせて!」
両手を合わせて頭を下げた。形振り構ってなんかいられない!
「いやよ。だいたい私の気持ちを知りながら、私に何をしたか忘れたの?」
「それは…… 十分話し合ったはず……」
「利用するだけ利用して最後は切り捨てたわよね」
「そんなつもりは……」
――――
結局、弘美がハンドルを握って二人で移動している。いろいろと条件を飲まされた結果、当分彼女に囲われることになった。中には屈辱的な内容もあったけど、一緒にいるためには受け入れざるを得なかった。
結婚前に裏の仕事を畳んだ時、もともとは二人で足を洗って悠々自適に暮らす予定だった。弘美に言わせれば私は手術以外では足手まとい、だから必要な後始末もほとんど彼女によるものだった。
その中で私の気が変わった。運命の人に出会ったからだ。だから弘美を説得して、納得してもらったうえで、全ての費用を私が負担することで丸く治めたつもりだった。でも彼女は納得なんてしていなかった。
でも一つだけ、弘美のそばを離れたくない、その気持ちは真実だ。
私の大切な人を奪った、あれは事故じゃない。
それは私が負債を負わされた理由から明らかだ。
誰の意向であるか、それもはっきりしている。
でもそんな回りくどいシナリオを踏むだろうか。
どんな得が生まれるのか、誰が得をするか、シナリオを楽しめるのは誰か。
それは一人しかいない。
私のシナリオはもう始まっている。
<了>
復讐へと至る道 ゴロゴロ卿 @Lord_Purring
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