返済
人間の臓器一式が六十億? そんな価値があるわけないでしょ。そこに思い至って少し落ち着けた。
なにより私には心当たりがあった。人間の臓器一式、いえ心臓ひとつに六十億を付けられるクライアントに。その心臓が臓器移植に合致する唯一のものであればその金額をつける富豪はいる!
まあ、あとでわかったんだけど、この考えはとんでもなく的外れだった。
すると部屋のどこかで携帯が鳴りだした。それはスマホの呼び出し音じゃない。私の特別な携帯、いわゆるガラケーだ。黒服たちはすぐに音の元を探し始めるが、見つからないまま二回目の呼び出しが終わる。
そしてピーという発信音。
『美智子! あんたあれだけいつでも出られるようにって言ったでしょ!』
取り損なわないよう最大音量にしてある携帯から、よく通る怒声が響き渡る。
その声が響いた途端、あの黒い優男の目の色が変わり私の荷物をひっかきまわし始めた。
『どこにいるの! 怒らないか……』
ガラケーからの台詞は、ピッ、という短信で途切れてしまった。
すぐさま二回目の着信音。今度は黒い優男が電話に出た。
『このクソビッチが! 電話にはすぐ出ろって言ってんでしょ!』
音圧に耐え切れず携帯を耳から離す優男。同時に反対の手でスマホを操作しているのは、先ほどの相手にかけ直したに違いない。
『あ、まって。クライアントから電話。はーい』
最後の『はーい』は妙に浮かれていたが、別の方向へ向けられたもの。そのあとも『はい』『はい』『いえいえ』とやたらへりくだった声が漏れ聞こえていた。部屋にいた一同は私を除いて神妙に成り行きを待っていた。
電話を終えた優男は予想通り私を開放するよう黒服に指示。黒服から上着を奪い取ったら手術台に座って一息。
その間に騒ぎ出したあのクソ野郎は黒服たちが抑え込んだ。ただ、ずいぶん丁寧に扱っていた。これはもしかすると……
そして部屋の外から憎たらしい笑みを張り付けた白衣の女医が入ってきた。すぐさま睨みつけてやったのに、私には目もくれず優男に媚に行く。当然そんな所業を許すはずはない。
「弘美! これあんたの仕業でしょ」
「そんなはずないでしょ。あ、こちらが今回の執刀医であるデーモンです」
私の怒りを軽くあしらいつつ、優男に私を紹介。
今回私が引き受けていた裏の仕事というのが心臓移植。なんでもどこかのオイルダラーにまみれた大富豪の娘だそうだ。相当難しい術式だけど、私、失敗しないから。
「そのだっさいコードネーム、まだ使ってるの」
「あら、お茶目でいいじゃない。もう世界標準よ」
何が嬉しいのか、笑みを絶やさない白衣の弘美は優男への媚び諂いも欠かさなかった。
「そしてこちらが今回のクライアント」
「この度はよろしくお願いいたします。まさかデーモンと呼ばれるお医者様がこのように美しい女性であるとは思い至らず、誠に失礼をいたしました」
そして奇麗な姿勢で頭を下げる優男。
「仰る通り、今後はビーナスとでもさせていただきます」
そしてポーズをとってはみたが受けは良くなかった。せっかく奪った上着まで肩から足元に落としてみせたのに。
慌てて上着を羽織りなおしたら決着をつけなくては。
「ところで本当に私がドナーなの?」
眉にしわを寄せて弘美へ問いかけた。
「ドナーと執刀医が同一人物って芸当が可能ならそうだけど。でも適合したのは事実」
「ほかのドナーって、もしかしてあれ?」
そう言いつつ縛り上げられているクソ野郎を指さした。
「そうよぉ、あんたもあの男も孤児だったでしょ。それがね、世にも珍しい準一卵性の双子児だったってこと。生まれてすぐに引き離されたらしいわよ」
なるほど。まあ今となってはどうでもいいわ。
そして今度は優男に向かって一言。
「それにしてもこれだけの不始末、さぞご立派な保証していただけるのでしょうね」
「もちろんです。十分なお詫びをさせていただきます」
「では今回の報酬は六十億ってことで。借金回収もあなたたちの仕事でしょ。これでチャラね」
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