第4話「カーテンが映える場所」
【第3話】
https://kakuyomu.jp/works/16817139555333962225/episodes/16817139557359734019
「
謎の機械類が置かれたエリアからではなく、そこに併設された事務所的なところから出てきたその男性は、梨李さんに手渡された俺の企画を聞くと少し表情を曇らせた。この会社の人はすぐに「雲だけに」という冗談を言うのだが、なるほど意外と汎用性が高いようだ。
「時間帯で色味が変わるカーテン? まぁ、作れんことはないと思うけど……
さっそく痛いところを突いてくる。需要があるかどうか、言い換えれば売れる兆しがあるのかどうか。この直津くんはたった一言で、只者ではないオーラを出してきた。マンガ的に言うなら「こいつ、できる……!」という感じだろうか。
「開発部がどんな会議したのか知らないけどさ。ただ色が変わるカーテンが売れるのか? まぁ俺たちは試作品を作るだけだけど、どうせなら売れそうなヤツに力入れたいんだけどな」
「売れるかどうかなんて、売ってみるまでわかんないじゃん。でも商品ってさ、作る側が『絶対に売れる! これはいいものだ!』って信じてないと売れるものも売れないよ」
梨李さんは至極当然のように言った。それを聞いた直津くんは、「まぁ、そうだよな」と相槌を打つ。そして梨李さんは続けた。
「このカーテンのアイディアって、この新入社員ののぶっちが考えてくれたんだよ。すごくない? まだ入社三日目なのに」
「あぁ、あなたがウワサの中途社員さんですか。よろしくお願いします、俺は
「こちらこそよろしくお願いします。開発部に配属された、
ゆっくり差し出された手を握ると、直津くんの手は分厚くてゴツゴツとしていた。見た目は梨李さんと同じくらいに若いのに、その目つきや雰囲気は、若いながらに「職人」の気質さえ感じるほどの凄腕に見える。この直津くんでさえ「下っ端」だとは、東雲製作所の職人集団はとんでもなくレベルが高そうだ。
ゆっくりと手を離した直津くんは、梨李さんに向き直って言う。
「まぁ、さっきも言ったけど多分出来なくはない。
「……そんなにですか?」
さすがに八千円超えは想定外だったので、俺は口を挟む。お金のない若い世代に、色が変わるカーテンにそれだけのコストを払えるとは思えない。驚きの表情を浮かべて言う俺に、直津くんは言った。
「まぁオレは下っ端なんで、最終的な販売価格はあくまで想像です。もっと高くなるかも知れないし、安くなるかも知れない。ただウチはどんな商品であれプライドを持って作ってるから、やっぱり価格はそれなりになる。見た目の変化だけがメインの商品に、金をポンと出せる学生や新社会人はそんなに多くないと思いますけどね」
直津くんの言う通りだった。どんなに商品が魅力的でも、売れない時は本当に売れない。「いい商品は必ず売れる」というのは幻想だ。世の中には、品質は極上だけど売れない商品というのは無数に存在するのだ。
それに新しい商品を作るのにだってコストはかかるし、プラス収益が見込まれない企画は通らない。自分でも企画書を書きながら思ったものだ。学生や新社会人に売れるのかどうかと。
やはりコストを抑える方向でいくか? いやそれだと「色味が変わる」という商品のコンセプトさえ簡素となり、インパクトも霞むかも知れない。どこにでもありそうなやや高めのカーテンなんて誰が買う? 俺なら買わない。絶対に。
うむむ、と思わず唸ってしまう。やはり思いつきで企画立案なんてするもんじゃない。おだてられて木に登っても、まだこの会社での降り方を知らない俺にとっては手詰まりだ。
「参ったなぁ、製作部は曇り空かー。私はいい商品だと思うんだけどなぁ」
「面白い商品ってのは認めるよ。色味が変わるカーテンって温度変化のヤツはあるみたいだけど、紫外線量で変わるのは聞いたことないしな。最近開発した特殊雲に、紫外線量で密度が変化するヤツがある。それを応用すれば、カーテン開けずとも外の天気がわかるのを作れるかもな」
直津くんが何の気なしに言ったその言葉が引っかかる。カーテンを開けずとも外の天気がわかる? それってどう言うことだろう。俺はすぐに直津くんに訊いてみた。直津くんは、晴天と曇天の紫外線量について説明してくれた。
「快晴の紫外線量を100%とすると、薄曇りくらいで80%、完全に曇ると60%、雨が降ると30%、日が沈むとほぼ0%になるらしいんですよ。そのパーセンテージの変化に色の変化を連動すれば、カーテン開けなくても大体の空模様がわかるようになると思いますよ。たとえば快晴は青空一色のカーテン、薄曇りならそこにぷかぷか雲が浮く。この企画書の通り、朝は白、昼間は青、夕方はオレンジでも面白いと思いますけどね」
「なるほど! カーテン開けなくても、外の空をカーテンが反映するってことだね?」
「これなら万年カーテン閉めてそうな結城みたいに、ものぐさなヤツにもぴったりだよな?」
「失礼な! カーテンくらい開けるよ!」
ぷんすかと音を立てそうな勢いで梨李さんは言った。直津くんはケラケラ笑っている。なるほど、二人は歳も近くて仲良さげらしい。
しかし、直津くんのアイディアはかなりいいのではなかろうか。カーテンを閉めたままでも外がわかる仕様。紫外線量の多寡で変動。ものぐさなヤツにもぴったり……。
「のぶっち? どしたの?」
「あ、いや……直津さんのアイディア、いいなーって思って」
「万年カーテン閉めてる人向けってヤツ? そんな人って、カーテンにこだわってるとは思えないけどなぁ」
「いや、どっちかって言うとカーテンをいつも閉めざるを得ない人をターゲットにするんだよ」
「えーと……どゆこと?」
梨李さんは思いっきり首を傾けた。直津くんも頭に「???」が浮かんでいるように見える。カーテンをいつも閉めざるを得ない人に、青空や曇り空、あるいは色の変化を楽しんでもらう。そしてそんな人はきっといる。俺はその考えを、二人に向けて口にした。
「……カーテンをいつも閉めている人って、どんな人だと思う? そしてその人は、本当はカーテンを開けたい。でも開けられない。そんな人がいるのはどこだと思う?」
「クイズ? ようし乗ったぁ!」
「結城、なんでお前そんな元気なんだよ。しかしまぁ田江さん、それ面白い問題ですね。本当はカーテンを開けたい。でも何らかの理由で開けられない人、か」
「ヒントヒント! のぶっち、ヒント!」
「いやクイズってわけじゃないんだけど。そしてこれも思いつきだから、上手くいくかどうかなんてわからないんだけど。ヒントというか、その人たちは本当は外に出たいんじゃないかな。で、カーテンも満足に開けられないんじゃないのかな」
そこまで言った時、直津くんは「あ、わかった」と手を叩いた。「もしかしてそこ、カーテンに囲まれてる場所ですか?」
直津くんは鋭い。ただ技術を至上とする職人ってわけじゃなさそうだ。梨李さんは相変わらず「わかんなーい!」と悔しげな様子。これ以上答えを言わないのも酷なので、俺はその場所を梨李さんに伝えた。
「カーテンに囲まれてて、開けたいけど開けると丸見えになってしまう場所。つまり病院の大部屋だ。あそこって仕切りがカーテンだろ? でも開けるとプライベートもへったくれもない。そのカーテンが、時間帯とか外の天気で色が変わったら。少しは気が紛れるかも知れないと思わないか?」
「あー、なるほど! 確かに! 私、おじいちゃんが入院してた時、病室のカーテンって殺風景だなぁって思ってたんだよ。ずーっとおんなじ色で圧迫感あったし。でもそれが空の模様で、景色も変わるとさ。少しくらいは気が紛れるかもだよね!」
「病院がお客さんとなると、上手く行けば大口契約になりそうですね。それで話題になれば、個人客にも認知してもらえるかもしれない。いい案だと思いますよ、田江さん」
二人とも賛成してくれている。これは我ながら、結構いい案かもしれないと思った。直津くんの言う通り、法人相手は上手く行けば大きな利益が出そうだ。患者の心のケアを大切にしていて、なおかつ財力もある病院ともなれば、前向きに話を聞いてくれるかもしれない。そして病院同士のネットワークで、その商品の良さが口コミで広がれば。もしかしたら。
「直津さん、工場長にご挨拶に伺いたいんですが、ご紹介いただけますか?」
「もちろんです。工場長、こういうの好きなんですよ。それに『本当にこの商品は売れるかも』ってなれば、気合いも入ると思いますよ。現に俺はもう入ってますしね」
「のぶっち! ここが勝負所だね! 開発部も製作部も一丸になって頑張ろう!」
梨李さんは元気いっぱいの笑顔で笑った。直津くんも気合いの漲った顔をしている。俺だって負けてられない。
それにこのカーテンは、誰かの気持ちを幸せにさせることができるかもしれない仕事だ。前職のクソみたいな仕事とは大違い。
でも俺にはここでの経験もノウハウもない。でもみんな初めての時はそうだ。言い訳にはならない。
──よし! 俺は気合いをもう一度入れて、この企画書のリチェックに取り掛かった。
【第5話に続く】
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