第6話「白と黒の襲来」
「はい、みなさんこんにちは! 本日の『自慢したい、地元の企業!』のコーナーです! リポーターは私、
「ど、どうも初めました。ご紹介にあずかります、田江です」
「田江さんは今話題になっている、空の状況で柄が変わるカーテン『SORA-MOYOU』の発案者なんですよね。これ、ものすごいカーテンで、カーテンを開けなくても外の空模様に応じて、カーテンの柄が変わるっていう機能を持ったカーテンなんですよ。田江さん、どうしてこのカーテンを作ろうと思ったんですか?」
「ええと、発案自体は単純だったんです。時間帯で色味が変わるカーテンがあれば、起きた瞬間に寝坊に気がつけるかなって……。それでウチの開発部や制作部と意見交換していくうちに、実際の空模様を反映させられるカーテンが作れるんじゃないかって話になりまして。それが実現できれば、常にカーテンを閉めてなきゃいけない入院されてる方々にも、空模様を楽しんでもらえるんじゃないかと思いまして」
「素晴らしい発案ですよね! 私も小学生の時、虫垂炎で入院したことがあったんですけど、プライバシーのためにカーテン閉じっぱなしにしてたのを思い出しました。このカーテンがあれば、少しずつ変化する外の景色を、カーテンを通して楽しめるんですよね。素敵だなぁ」
「ありがとうございます。このカーテンに興味をもってくれた方が、実際の空模様にもっと興味を持ってもらえたら。私たちはそんな風に思っています」
「初めは病院で人気が出始めたんですけど、今は一般家庭にも普及しはじめてて、入手困難になりつつありますよ! 気になったみなさんはぜひ、チェックしてくださいねー! 東雲製作所の田江さん、本日はありがとうございました!」
「こちらこそ、あ、ありがとうございますた」
◆
自分がテレビの中で喋っている絵を見るのは、何というか不思議な体験だった。しかも受け答えが致命的に酷い。どう贔屓目に見たって噛みまくりだし、声が上擦りすぎだろう。
そんな俺の受け答えを見て、同僚である
就業前、夕方の落ち着いたひととき。俺たちは「業務」と称して、地元のローカル局の情報番組を見ていた。小さな番組の小さなコーナーではあるけれど、自分達の商品がテレビで紹介されたのだ。嬉しい反面、死ぬほど恥ずかしい。もっと受け答えを練習していればよかったと後悔するが、覆水盆に返らずである。
「ぶっ、あはははは! あーもうだめ、収録の時からヤバかったけど、放送されてものぶっちの受け答え、もうおかしすぎて涙出てくるね!」
「いや梨李さん、笑すぎだろ」
「笑わないほうが難しいって! あーもう最高。なんていうか、のぶっちの人柄があらわれてるよね! 商品の人気ももっと出そうだけどさ、のぶっちの人気も出そうなんじゃない? ふふ、ふぇはははは!」
ふはふはと爆笑を続ける梨李さんだったが、不思議と悪気はないのはわかった。きっと、俺たちの商品がテレビで紹介されたことを嬉しく思ってくれているのだろうし、そしてただ単純に俺の酷い受け答えが刺さったのだろう。バカにされているのではないことがわかるのは、たぶん梨李さんの人柄がそうさせているのだと思う。
俺はその恥ずかしさを隠すために、わざとぶっきらぼうに梨李さんに言葉を返した。
「……だから言ったんだよ。梨李さんの方が向いてるってさ。そこまで笑うんなら、これから広報は梨李さんに一任するからな」
「いやいや、バカになんてしてないよ? のぶっちの人柄が充分に出てるし、商品の魅力だってちゃんと伝わってるしそれにさ、『本物の空』にも興味を持って欲しいって言ってくれてるじゃん? 私にはできないよ。やっぱり広報担当はこれからものぶっちだね!」
梨李さんはそういうと、テレビのリモコンを操作しはじめた。少しの間のあと、例のリポーターの黄色い声がまた再生された。いやいや録画流さなくていいから! さっきリアタイで見たばっかだから!
「いやー、でもサイッコーだよね。のぶっちの商品がこうして人気が出て、お客さんに喜んでもらえて、さらにはテレビで紹介されることになるなんてさ。これでもっと商品が売れて、みんながこのカーテンと本物の空に興味を持ってくれたなら。本当に、素晴らしいことだよねぇ」
梨李さんは目を細めて、にこやかな顔つきでテレビを眺めている。流れているのが俺のインタビューでなければ、もっといいのだけど。
「それでさ。私たちの本業の『雲』をみんながそれと知らずにでも見上げてくれたなら。制作部のみんなも嬉しいだろうなぁ」
「そうだな。『雲』を作ってるって知られたらいけないけど、俺たちの会社の『作品』を、ふと眺めてくれると嬉しいよな。ソラモヨウってカーテンが、そのキッカケになってくれたらいいと思うよ」
「うん、そうだよね! さってと、新商品も軌道に乗ったし、こうして新たな認知も得た。いいことづくめじゃない? ね、のぶっち。今日さ、ふたりで飲みにいかない?」
「飲みに? 梨李さんと……ふたりで?」
「うん、ふたりで! 定時退社……いや早上がりキメていこうよ! 最近、ゆっくり話すことも出来てないじゃん? 仕事も今日は残ってないしさ!」
梨李さんは、おそらく自分にしか見えていないであろうグラスをクイクイとあおって言う。そのどことなく可笑しい仕草に、俺の表情は思わず綻んでしまう。
ほんと不思議な子だよな。他人の懐に潜り込むのが上手いというか、そもそも潜り込もうとしてないのに、いつの間にかそこにいるというか。
きっとこの能力は天性のものなのだろう。気がつくと俺は、梨李さんの誘いを迷うことなく受けていた。
「よっし! それじゃあ今から行こう! いつもの居酒屋に!」
本当に早上がりなんかして大丈夫なのかと思いつつ、久しぶりのサシ飲みに俺の心が躍っていたのも確かだった。俺と梨李さんは退社の準備をしようと、開発部の部屋から一旦社のエントランスに出る。
──そこに、見慣れない二人の人間がいた。
「失礼。東雲製作所様に用件があって伺ったのですが、御社の受付はどこでしょうか? 受付担当の方を見つけられないのですが……」
そう言ったのは、喪服のような黒いスーツを着た男だった。もう一人の男はその対極のような、上等そうな白いスーツを着ている。白スーツの男の方はどこかで見たような気がする。ただの気のせいなのかもしれないが。
俺たちが不躾な視線をその二人に注いでいると、続けて黒スーツの男が言った。
「私どもは、本日会談のアポをお願いしている者です。東雲製作所の社長様はご在席でしょうか?」
「社長なら、たぶん部屋に……。ええと失礼ですが、あなた方は?」
首を傾げて問う梨李さんに、黒スーツの男は言葉を返す。
「おっとこれは失礼を。名刺です、どうぞお納めください」
一部の隙もなく名刺を差し出してきたその黒スーツの男。差し出された名刺には「株式会社クラウドワークス 秘書課 佐々江益友」と書いてあった。
「申し遅れました。私はクラウドワークス社の社長秘書を務めております、
「
白スーツの男も同じように、隙なく名刺を差し出して来た。梨李さんは身構え、ゆっくりと発言する。
「クラウドワークスの人が、ウチの社長と何を……?」
「おや、ご存じありませんか。資本提携の話を少々、と思いまして。以前から何度も会談のお願いをしていたのですが、ようやくお会いできると聞きまして、社長と共に馳せ参じた、という次第であります」
ペコォ、と音が聞こえそうなほど腰を丁寧に折る黒スーツの秘書、佐々江。それはにこやかな笑顔だったが、俺には笑った能面を貼り付けているようにしか見えなかった。
明らかに敵意を感じる、そんな攻撃的な笑顔。白スーツの社長、西京も笑ってはいるが、人を見下したような態度を隠しきれていない。少なくともこのクラウドワークスの二人は、友好的な話をしにきた訳ではないだろう。むしろ逆だ。
害意を持って、攻撃しにきた。俺は前職でそういうヤツらをゴマンと見てきたからわかる。コイツらは間違いなく──、敵だ。
「御社の社長様である
「……梨李さん、社長は?」
「たぶん、社にいると思うけど……」
その時だった。恰幅のいい人の良さそうなあの人が、エントランスにやってきたのは。
「これはこれは。遠いところ、ご足労感謝いたします、西京社長。初めましてになりますかね。東雲製作所の社長を務めております、
「お会いしたかったですよ、大黒社長。メールは読んでいただけましたか?」
「もちろんです。資本提携……のお話ですね?」
「あぁ、よかった。これで説明の手間が省けますね」
西京は張り付けたような笑みを浮かべ、脇に侍る佐々江も同じような顔をする。攻撃的な態度を緩めていない。あれは獲物を狩ろうと企む視線だ。
大黒社長はそれを軽くいなし、やや声に張りを出していう。芝居がかったような、そんな口調で。
「いやぁ、参りましたね。天下のクラウドワークスさんからの資本提携のお誘いだなんて。メールを拝見したが、あれはどう考えても資本提携とは呼べないんじゃあないですか。あれは買収でしょう? それもTOB──、敵対的買収の宣戦布告だ」
「大黒社長。例のウワサのカーテンで御社の売上は持ち直しているように見えますが、所詮一発こっきりのその場凌ぎに他ならない。社を畳むのを避けたいなら、クラウドワークスの傘下に入るのをおすすめしますが──、いかがかな?」
「なるほど、こんなエントランスで話す話題じゃあありませんな。クラウドワークスさんに比べれば狭いでしょうが、応接室へご案内致しましょう。田江くん、結城さん、お二人をご案内してください。私も資料を持って、応接室に向かいますので」
ヘビのようにチロリを舌を出し、西京は笑う。それを余裕ある笑みで受ける大黒社長。同業の経営者同士の戦いが、今まさに始まろうとしていた。
【第7話に続く】
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