再会したセフレと相性はいいが、勇気を持てない

雪月華月

再会したセフレと相性はいいが、勇気が持てない

 その日、友人の日菜子と花火大会に行く予定だった。二人で行くのだと思ったら、なんと彼氏付きだった。

 か、彼氏かぁ……と私は日菜子を見る。日菜子は彼氏のことが心底夢中の様子で、私の様子に気づいてなかった。

 彼氏の名前は直孝と言う……直孝さんと私は呼ぶことにした。その旨を伝えると、直孝さんはくすぐったそうに笑った。


「そんなかしこまった言い方しなくても」


 その笑みに、背筋を指でなぞられたような、ゾクゾク感を覚えて私は視線をそらした。彼と私は、今日初対面ですって顔をしているが、知り合いだ。最近は会うことはなかったが、とても気心のしれた、セフレというやつだ。


……なんで、日菜子の彼氏として、私の前に現れたんだ。



 水をぐいっと飲み干す。ホテルの水は不味いので、氷の入りのカップに入れた、ペットボトルの水だ。


「りっちゃんって面白いよね、うっかりやっちまった・・・って書いてるような顔をしている」


「あんた、真っ当になりたい……とか言ってなかった? なんで私とホテルにいるのよ、その……酔って流された私もあれだけど」


 私はまだ人肌の温もりを感じるシーツにくるまる。

直孝はうーんと困ったように唸った。もぐもぐと、クッキーらしきお菓子をつまんでいる。運動のあとは、カロリーをつかうのでと、よくお菓子をつまむ男だった。


「真っ当になろうと、彼女作ったけど……浮気されちまったらなぁ……」


 ぼやくように呟く直孝。信じがたい話なのだが、三人で花火大会に行こうとしたら、男が近づいてきて日菜子にどなりつけたのだ。


「お前……! 俺だけって言ったのに、彼氏いたんか!!」


 そこからの騒ぎは思い出すのを割愛しよう……結果として、とても私はその場にいられず、離れたのだが、まさか直孝に連絡を貰うと思わなかった。


「なんかさ、日菜子と浮気相手が往来で、修羅場をやってるのを見てたらさ、どうでもよくなったわぁ……日菜子は泣き出すし、泣きてぇのは俺なんだけど」


 口さみしーと直孝は呟く。

感情を露骨に見せない男だったが、口寂しくなることが多かった。感情をうまく散らす方法が見つからないと、なにか口に含みたくなるかもしれない。


「氷でも舐めれば?」


「冷たいじゃん、身体冷える」


 直孝は腕を引っ張った。


「舐めるなら、りっちゃんがいい」


「私飴じゃないのよ、狼男」


 私はグラスの薄くなった氷をかりりと齧った。砕けた氷片が口の中に広がる。舌がぎゅうとっ冷える。

 舌をちらつかせるように、直孝に見せつける。扇状的な行為だと自覚する。直孝はこういうことされるの、大好きなのだ。


 私達はお互いのことをわかりすぎている。

何度もデートをしたし、抱き合いもした。どこが相手が弱いのか、どういうことが、相手の傷なのか……直孝とデートしているところを目撃した知り合いは、付き合っているのかと聞いてきた。私は、それにあいまいに笑った。



 深い口付けに、のしかかってくる直孝の身体。密着する身体と、交わる汗と温もり。


 私達におよそ欠けていたものがあるとすれば


 足を一歩踏み出す勇気だったかもしれない。



「なんだろ、りっちゃんとシテルとき、めっちゃホッとする」


「……日菜子はどうだったのよ」


 最中に、ぼそっと呟いた直孝に、私は低い声で突っ込んだ。友人とついさっきまで付き合っていた男と、ベッドの上で戯れている。そこで漏れた安堵の言葉に、敏感になってしまった。


 直孝はんーと少し考えてこう言った。


「いい感じだったよ、声可愛かったし」


 ただ、少し演技してたと思う。

 直孝は私の首筋に、ちろりと舐める。


「君は感じなかったら、何も反応しないな」


「嘘ついても、いつかバレるでしょ」


「それはたしかにそう」


 でも君は感じると、すっごい反応するから。


「いっぱい頑張りたくなる」


 バカって思う。そんな一生懸命に尽くすように貪らなくていいと思う。そう言われると、吐息のような喘ぎがでそうだ……丹念な奉仕で、身体がビクビクしているというのに。あぁ……私は、直孝に出会ってしまって……幸せだ、でも……勇気が持てない。


 その勇気は、私の今の幸せを破綻させるかもしれないから。好きと言ったら、今度こそ離れないでと吐露してしまったら、この関係が終わるかもしれない。


 くぐもった声のやりとり、吐息の音が耳朶に響く。

 艷やかな声を漏らすのが止められない、もっとと同義のやめてという声が出る。そんな私に直孝は言った。


「付き合っちゃおうか。俺たち」


 心臓が一瞬止まるかと思った。動揺が先走った。

目を見開いて、直孝を見ると、直孝は静かな目でこちらを見ていた。


「ねえ、りっちゃん、付き合おうよ」


「なんで急にそんなこと」


 直孝は逡巡することなく、応えた。私の髪をかきあげて、まっすぐな視線をおくりながら。


「なんか、昔なんとなく話したじゃん……俺たちは相性良すぎるって……そこが逆に怖いって、深入りしたら、どうにもならなくなりそうって」


 私はこくりと頷いた。たしかにそんな会話をした記憶がある。その会話があるから私は、付き合うなんてと思うようになったのだ。


 直孝はにっこりと笑った。


「久しぶりにセックスしたら、分かったわ。無理しなくて良かったんだよ、ただ素直になればよかった……俺、りっちゃんのそばにいたい」


 だめかなと直孝は囁く。

 私は驚いてうまく言葉が出ない。彼の中でなにか、化学反応が起きたかのように、意識が変わったのだ。しかしそれは私にとって嬉しい変化だった。ただ、なんと言えば、私の気持ちをうまく伝わるのか……語彙がうまく見つからない。


 私はぎゅっと直孝を抱き寄せた。

胸に耳を当てさせる。心臓の鼓動はさっきから上がって、私の心をかき乱れていた。私はかすれた声で呟く。


「   」


 その言葉は小さく、直孝にしか聴こえないだろう。

 彼は私を抱きしめ返す。私は深く息をつく。

 嬉しさは私の恋を煽っていき。

 私の心臓の鼓動は、はねあがる。。

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再会したセフレと相性はいいが、勇気を持てない 雪月華月 @hujiiroame

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