恋愛漫画でモブ役の俺。実はヒロインの美少女と付き合ってます。
午前の緑茶
モブ役の俺
(昔よく通ったなぁ)
教壇の前で委員長として立ち、教室を見回した時、そんなことを思った。
自分の学校とは別な学校ではあるが、教室の光景というのは殆ど変わらない。
緑の黒板。少し濁った窓ガラス。そこから見える校庭。木の机と椅子。高校生というものが終わってそこまで時間は経っていないはずだが、こうしてみると懐かしい。
「では、2ヶ月に一度の席替えくじをしたいと思います」
俺の声が教室に響く。そわそわとどこか落ち着かない空気。「どうするー?」「絶対後ろがいい」など様々な声があちらこちらから聞こえて来る。
席替えでワクワクしていたのも懐かしい。誰と隣になるのか。気になる異性ともしかしたら、とか期待して落ち込んでいたのが、つい昨日のようだ。
本来ならくじは運なので、誰がどこに行くか分からない。だが自分には分かる。ただ、一つだけ分かっている結果がある。
窓側の後ろから二列目。その二つの席は有馬という男子と美人の有栖川の二人が隣同士で並ぶ筈だ。
「じゃあ、廊下側から引いていって下さい」
くじの箱を抱えて声をかけると、ぞろぞろとクラスメイトが並び始める。
一人、また一人と引いていき、喜んだり、笑ったり、あるいは残念そうな表情を浮かべたり。見ていて少し面白い。
「引いていいですか?」
黙々と引いていくのを眺めていたら声をかけられた。
こちらを窺う双眸。宝石のような綺麗な瞳が俺を写す。長いまつ毛に陶磁のような白い肌。艶々と煌めく黒髪。どこか儚い雰囲気まで纏うのは有栖川だ。
「ああ、どうぞ」
促せば、細い腕を穴に入れてガサゴソ漁る。取り出した時には綺麗な指先で一枚の紙を挟んでいた。
目の前で閉じられた紙を開く。
「……13番」
聞こえた番号は俺の予想通りの席だった。当然ではあるのだが。有栖川は一度だけちらっとこっちを見ると、自分の席へと戻っていく。
その後もくじは続き、全員引き終えた。箱に残った最後のくじは自分の分。
「じゃあ、移動して下さい」
ある程度は、場所を把握しているのだろうが、何人かは迷う様子を見せながらみんな席を動かす。机を引きずり奏でる和音。ガタガタと椅子が揺れる音。一気にうるさくなる。
自分の席は丁度有栖川の右斜め後ろだ。一番左、窓側の後ろから二番目の位置には有馬がいてその右隣に有栖川。さらに右斜め後ろが俺。という形になる。
(ああ、やっぱり)
予想通りの結果にそんな感想が頭に浮かんだ。
結果に予想がついていたのは理由がある。それはラブコメ漫画『絶対、好きにならない』と関係する。
恋愛漫画『絶対、好きにならない』は発行部数500万部を超える大人気漫画だ。
チャラい男子の有馬悠一と、男子が苦手なヒロインの有栖川里香。チャラい男子の一途なアプローチに絆され、二人が段々と距離が近づいていく物語である。
この漫画のウリは焦ったい二人の関係性と、圧倒的なヒロインの魅力にある。ツンデレで中々素直になれないながらも段々と近づくところは特に魅力的といっていい。
中々距離が縮まらない二人の関係性はあまりに焦ったくて、読んでいた時はつい応援したくなる、らしい。
さて。『絶対、好きにならない』はそんな大人気な漫画の一つであるわけだが、俺はその漫画のクラス委員長役、いわゆるモブ役である。
時々イベントの度に出てきて、進行を務めるのが役割。それ以外の何者でもない。あくまでこの物語は有馬と有栖川、二人の物語。
この席替えから二人の関係は始まる。徐々に仲良く、告白して付き合うところまで知っている。必ずそうなる。
(相変わらず綺麗だな)
肩肘をついて眺めていた有栖川の後ろ姿にそんな感想が浮かぶ。
有栖川は学校一の美少女で、あらゆる男子を振ってきた難攻不落の高嶺の花という設定だ。実際、その設定が事実だとしても納得できるほど彼女は適役だと思う。
二重のぱっちりとした瞳に綺麗な鼻筋。果実のような瑞々しい唇。見た人を惹き込ませる言いようのない魅力。いろんな人が彼女のことが好きだろう。そして。
ーーーー俺の好きな人でもある。
彼女のことを好きになったきっかけは至極単純。彼女の満面の笑みを見たことだ。たまたまご飯を一緒に食べることがあり、その時見た笑顔で一瞬にして好きになってしまった。
単純だと笑うなら笑えばいい。好きになるなんて、大体そんなものだ。
♦︎♦︎♦︎
教室での二人のきっかけとなるシーンが始まる。有馬が自己紹介をしてアプローチをするのだが、すげなく塩対応される展開だ。
「有栖川さん、よろしくねー」
「……よろしくお願いします」
「いやー、本当に可愛いね」
「あまりはなしかけないでもらえますか? 勉強に集中したいので」
「えー、いいじゃん。もっと話そうよー」
聞けば聞くほどに発言が一々軽い。なんというか真剣みが足りない。ザ、チャラい人。のようなキャラが一瞬で伝わってくる。
これは確かに適役だろうが、ここまでとは。実際、女関係が緩いと聞くし、すごい現実味がある。
こういうタイプとこれからやっていくとなると、彼女は中々苦労しそうだ。
♦︎♦︎♦︎
朝の教室のシーン。前日に強引にナンパされていたところを有馬に助けてもらったことで少しだけ絆された有栖川が、有馬に挨拶をするところである。
「あ、里香ちゃん」
「下の名前で呼ばないでください」
「つれないなー。少しくらいいいじゃん」
「必要性を感じません」
「ちえっ、残念。まあ、いいや。おはよ」
「……おはようございます」
「え、なになに。挨拶を返してくれるなんて。もしかして俺に惚れちゃった?」
「そんなわけないでしょう?」
「あ、はい」
顔を顰める有栖川を見て有馬は黙った。
ここからだんだん二人は近づき始める。今回は些細なきっかけだろうが、中々いい始まり方だと思う。
チャラいと評判の彼のことが彼女は苦手だろうが、その辺りは上手くやれているようだ。最後の顔の顰め具合とか特に。迫真すぎる。
♦︎♦︎♦︎
いくつかのシーンが過ぎた。
テスト前で有馬が有栖川きらノートを借りるシーン。
家で飼っているという猫の写真に有栖川が食いつくシーン。
休日、偶発的に有栖川に出会った有馬が荷物持ちを申し出て、一緒に帰るシーン。
時が進むごとに二人の関係は徐々に深まっていく。それはセリフの端々から見てとれる。さらには有栖川の纏う雰囲気も柔らかくなり、暗にそれを見せている。
今は、有馬のことが好きな女子が有栖川を虐め始め、それに気付いた有馬が有栖川を助けるシーン。ここから有栖川が有馬にデレ始める一番の転換期。
教室内でいじめの実行犯の女子相手に、有馬は怒りを声を滲ませて脅す。
「あのさ、里香ちゃんのこと虐める子は許さないからね?」
「な、なによ」
「普通に迷惑だし、自分が好きな子が虐められてムカつかないわけないでしょ?」
一途な思いが確かに伝わる、そんな声。これまで色んな女の子と遊んできた彼が言っても薄っぺらくなりそうなものだが、そこは確かな実感が篭っているように聞こえた。
♦︎♦︎♦︎
ここから有栖川のデレが始まる。
有馬からの緩いデートの誘いに乗ったり、名前で呼ぶことを許したり。あるいは有馬に下の名前で呼んでほしいと頼まれて、一旦は断るも、後日呼んだり。
有栖川の可愛さを魅せるシーンがこれでもかと続く。自然に可愛さというものを出ており、どれも有栖川の魅力が一杯だ。
さらにいくつもシーンを挟んでとうとう告白のシーンが訪れた。
文化祭終わりの後夜祭。その屋上で二人が向かい合い、有馬が有栖川に告げる。
「ずっと言ってきたけど、本当に里香ちゃんのことが好きなんだ。……付き合ってもらえますか?」
「……はい。よろしくお願いします」
空いていた距離が縮み、二人が抱き合う。
こうしてエンディングを迎えた。
♦︎♦︎♦︎
「はい、カット! お疲れ様です!」
掛け声と共に屋上に照明の電気が灯り、一気に明るくなる。暗闇に慣れた目にはかなり眩しい。つい目を細める。
拍手がスタッフから湧いた。自分も合わせて拍手を送る。ようやく映画撮影が終わったのだ。自分の出番が終わった時も解放感はあったが、やはり撮り終わった時の方が大きい。
拍手が止むと、裏方のスタッフがガヤガヤと片付けを始めた。重そうな大きな機材を移動させている。
この後は出演者や監督と打ち上げがあるので、自分も移動しないと。
主役を務めた二人はスタッフから貰ったのであろう花束を抱えて、何やら話している。有栖川役を務めた朱莉は随分困り顔だ。
気になり寄っていくと、なにやら有馬役の荒木さんの声が届く。
「だからさ。遠慮しないで今度飲みに行こうよ。お洒落なバー結構知ってるんだよね」
「彼氏がいるから無理ですって」
「それは建前でしょ? 朱莉ちゃんに彼氏いるなんて聞いたことないよ?」
はいはいはい。そういうことですか。ほんと荒木さんは有馬役を務めただけのことはある。随分女遊びが派手との噂は聞いていたが、本当らしい。まさかこんなところでナンパ紛いのことをするとは。
無視できるはずもない。朱莉と荒木さんの間に割り込み、荒木さんに作り笑みを投げかける。
「荒木さん、お疲れ様です。いい演技でしたね。凄い参考になりました。ぜひ演技のコツとかあったら教えてください」
「……確か君は、橘くんだったかな?」
「はい、そうです」
「いいよ。色々教えてあげたいところだけど、実は今、朱莉さんと話してるから後で打ち上げの時にでも話そうよ」
「ありがとうございます。ちなみに朱莉とはどういう話を?」
「あかり? ……なに、朱莉さんの演技とかの話を二人でしたいって誘っていただけさ」
そうなの? と振り返って朱莉に視線で問うと、苦笑いが浮かべる。やはり真面目な系の話ではないようだ。
改めて荒木さんに向かい合う。
「たまたま聞こえちゃったんですけど、さっきそれで断られてませんでした?」
「理由があるならまだしも彼氏がいると言われただけだよ。でも朱莉さんにいるわけがないだろうしね。橘くんも聞いたことないだろ?」
「あ、その彼氏って俺です」
「へ?」
ぽかんと間抜けな顔を見せる荒木さん。せっかくの整った顔が台無しだ。まあ、その驚きようも分からなくはないが。
茜朱莉。今、芸能界を賑わす実力派女優で、テレビや映画に引っ張りだこだ。そんな人に彼氏がいるとなれば噂になるだろうし、こういう仕事をしていればそういった噂は届きやすい。
荒木さんなら人脈も広いだろうし、なおさらだろう。
前々から荒木さんにちょっかいをかけられてて困ってるという話は朱莉から聞いていたので、秘密にしてきたがこの際はっきりと言っておこう。
後ろから朱莉が俺の腕に自身の腕を絡ませてくる。
「ほ、本当に?」
「……見て分かりません?」
「黙っていてごめんなさい。荒木さん。私、蓮くんと付き合っているんです」
朱莉が申し訳なさそうに頭を下げると、「そ、そうか。こっちこそすまなかった」と去っていく。
「……ごめんね、蓮くん。隠してたのに」
「別にいいよ。前から朱莉を困らせてたし、はっきりと見せた方が早いからな」
「ふふ、ありがと」
へにゃりと眉を下げていた朱莉の顔がほわりと緩む。
「どうだった? 私の演技」
「何度見ても凄かったよ。自然というか、違和感がないというか」
「まあね。何回も練習したからね」
「特に最初の方の有馬への軽蔑の視線とか凄かった」
「あれはね。つい素が出ちゃった」
「素?」
「有馬くんが荒木さんとそのまま被って見えちゃって。普段だと気を遣って態度に出せないから、丁度良かった」
「お前な……」
見た目はこんな可愛い系なのに、ほんといい性格をしている。呆れて思わずため息が出た。
随分迫真な演技だとは思ったが、そんなことだったとは。
「でも、お陰でいい感じだったでしょ?」
「まあ」
「やっぱり、私は蓮が1番好き。つくづくそう思ったよ。気付かせてくれた荒木さんには感謝しないとね」
「……そうか」
「あれ? もしかして照れてる?」
「違う。お前の性格の悪さにドン引きしてるんだ」
「もう、そんなこと言ってー。ほんとは照れてるんでしょ? ね? ね?」
つんつんと肩をつついてくるのがやけにうざい。もはや朱莉が有馬のキャラと被って見える。まあ、それでも可愛いのは可愛いのだが。
朱莉が困っているのを助けられたなら、打ち明けた甲斐があった。
ーーーー恋愛漫画でモブ役の俺、実はヒロイン役の美少女と付き合っています。
♦︎♦︎♦︎
読んで下さりありがとうございます。
途中、騙された方、面白かった方は↓↓↓の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けると、より多くの人に読んで貰えるようになるのでよろしくお願いしますm(_ _)m
恋愛漫画でモブ役の俺。実はヒロインの美少女と付き合ってます。 午前の緑茶 @tontontontonton
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