5. 彼からの相談・決別
退社後、優しく聞いてみることにした。
「どうしたんですか?」
「ちょっとな……奢るからあそこのレストランでいいかな?」
憧れの上司は何故か疲れ切った表情をしている。
「はい」
彼がそんな誘いをする事も珍しい
会社ビル内のレストラン。
彼はビールを片手に話しはじめる。
何で別れたのか?
涙ながらに彼は語る。
彼女が俺に尽くし過ぎているのだと。
彼は結婚したら妻には専業主婦になってほしかった。
彼女も専業主婦で子育てに専念したかったそうだ。
専業主婦で温かい家庭を築くのが夢だと。
しかし、彼女が夢を諦めて働くのだと言ったから。
彼は止めたかったけれど、
彼の家は母子家庭で貧しい。
彼が働いて仕送りをして、やっと生計を立ているのだとか。
日々ずたぼろに疲れて帰ってくる彼を放ってはおけないのだろう。
彼女の気持ちがよく分かる。
彼女の元を離れてからの彼はヨレヨレのシャツが多くなった。
「俺はあいつにまで無理させたくなかった」
「お前がそうだったらいいのに」
手を取ってくる憧れだったはずの彼が、
とんでもなく汚らわしい者に思えてならなかった。
手をふり払い、好きだった彼を睨みつけた。
「やめてくださいっ!!!」
彼を怒鳴り付けた。
「彼女はあなたのことを考えたんだと思いますよ」
本当ならば彼を慰めて傍にいて、
彼の弱みに付け込んで彼女を思い出させない位、私を心に刻み込む。
荒んでいる私にはそれが出来た筈だった。
でも不思議と言葉は出てこない。
彼女と仲直りさせる励ましの言葉しか浮かばなかった。
「すみません。私好きな人ができたんです。
だから彼女の気持ちが少しわかるというか」
彼はびっくりしている。
「諦めたんじゃなくて、夢が少し変わったんじゃないですか?
好きな人と一緒にいたいから。支えたいから」
彼は黙って聞いてくれた。
「では、相談はこれまでということでお願いいたしますね」
まだイケメンと噂の大企業勤めの人と一度しか会ってはいない。
「彼女となら乗り越えられると思いますよ。
社内一のカップルなんですから」
出会った人は悪い人ではなさそうだった。
ご両親との話もしてくれて、いい家族のようだった。
このまま価値観が合えばいいと思っている。
「仲に入ることはできない。あのカップルに私は憧れたのだから」
後日、早乙女なつきと憧れだった彼は婚約が決まり、
のちに結婚したという。
そして私も、今月末で寿退社することが決まった。
相手はもちろん大手勤めの彼。
朝峰には美人な子を紹介するつもり。
END
理想的なオフィス・ラブ 完 朝香るか @kouhi-sairin
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