4-3

「いつまでやってんだよ、オッサン!」

 俺が怒鳴ってようやく、吸血鬼野郎はクリスの体から手を離した。

 実際俺はやつの喉笛に嚙みつきたくて仕方なかった(もちろんやつの目的とは別の意味でだ)。ケツのあたり(尻尾のあるあたり)がうずうずしていたし、もし俺が自由に変身できるならきっとやっていただろう。

 それでも、やつがこっちをふりむいたときにはびっくりした。老けたように見えていた白髪がなくなって、目尻や口元のしわも消えて、痩せた頬にも張りが戻って――おまけにちょっぴり血色も良くなってる!

 やつは泥だらけになったスーツのジャケットを脱いで、ウォームアップでもするみたいに肩を回したり拳を握ったりして、新しい(?)体の感触を試していたが、すぐにあたりを見回して、壁際にあった真鍮製の蠟燭台を手に取った。四フィート三インチ〔1m30cm〕くらいあるやつで、十一ポンド〔5㎏〕はあったはずだ。それを、ブラスバンドのバトンみたいに片手で軽々と持ち上げて振る。

「ふむ、こんなものかな。神父、用意はいいか?」

 信じられないことに、クリスは青ざめた顔でうなずいた。

「クリス、やめとけよ、無茶だよ!」

「ふたりともそこにいなさい、いいね」

 言って、法衣のポケットから小さなビンを取り出して、小声でなにかを唱えながら、扉と俺たち――俺とダニー――のあいだに円を描くように中身を撒いた。かすかな草の匂い――オリーブオイルか。

 ニックがベンチとつっかい棒を外して扉に手をかける。一、二、の三で扉を開けるのと同時に、一番前にいて勢いで倒れかかってきたやつを蹴り飛ばした。

 死体を思い切り蹴ると、あんまり面白い結果にはならない――特にそれが腹だった場合には。

 蹴飛ばされたやつはうしろのやつらを巻き込みながら倒れたが、いわく表現しがたい臭いに襲われて、俺は吐き気をこらえるのに必死になった。

 吸血鬼はそういうのも平気なのか(やつ自身そういうにおいがしてるし)、燭台の台座を槍みたいに突き出して残りのやつらを薙ぎ払った。できたすきまからニックとクリスが外に出て、扉が閉まった。

 俺はさっそくクリスの言いつけを破って小窓に駆け寄った。

 ニックのやつはホント容赦なかった。宣言したとおり、ATMをバールで叩き壊す強盗みたいに、近づいてくるゾンビの膝を片っ端から燭台の柄で叩き折っている。生きている人間だったら悲鳴やら怒号やらの大合唱で阿鼻叫喚の地獄絵図になるところだが、やつらは一言も発しない。まあ、大雨と雷も幸いしているけど。

 膝の皿が砕けたやつらは立っていられなくても這いずって、なおも寄ってこようとしている。それでも、クリスがさっきの小瓶の中身を振り撒いて、なにか――かすかに「テラ・エス、テラム・イビス」と聞こえた――を繰り返し唱えると、それ以上近づいてこようとはしなかった。間に合わなかったやつはニックが襟首をつかんで放り投げる。

 おかげで、ふたりの立っている外階段のまわりは半円形の空間ができていた。

 ああ、それでも――ニックのやつは息ひとつ乱れていないけど(そもそも息してないし)、クリスのほうは肩で息をしている状態だ。

 新手の影がやってくるのが見えて、やっぱり出ていこうと思ったとき、今までで一番でかい稲妻が走った。

 一瞬だったが昼間みたいに明るくなって、そこにいる全員の顔を照らし出した――ぶよぶよに青ざめた、紫色に変色した、眼も鼻も溶け崩れて穴だけになって、かつてはきれいだったんだろう金髪を、ブルネットの巻毛を雨と泥に汚した顔、顔、顔――目を逸らしたくても、『時計じかけのオレンジ』の拷問器具で固定されたみたいに動かない。

 ニックがなにか叫んで――雷の音で聞こえない――燭台を構えなおした、そのとき。

 すべてが止まった。

 フラッシュライトみたいな稲光の中で、なにもしていないのに、ゾンビたちはバタバタと倒れていった。

 と同時に、クリスが膝から崩れ落ちる。

 どこか近所に雷が落ちた。

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