4-2
「血が必要だ」
マクファーソン神父が凍りつき、人狼の小僧がうなり声をあげた。
「見たところ、墓地の三分の一が地上に這い出ている。物理的に動きを止めるなら膝の皿を砕けばいいが、数が多いので、私ひとりでやるには力が足りない」
事実だった。
地獄の力で無理やりたたき起こされた死人に組みつかれ、体のあちこちに裂傷や挫創ができているのに修復が追いついていない――やれやれ、この体はひとつしかないというのに。
「じょ……冗談じゃねえ、誰がそんなこと! クリス、やっぱりこいつ悪魔だよ! それ以上近づいたら――」
「黙れ小僧! お前は論外だが、そこの悪魔憑きの子供から奪って地獄と関わり合いになるのもごめんだ!」
小僧はびくっとして口をつぐんだ。当の本人はなにを言われたのか全く理解していない顔つきだったが、マクファーソン神父が口をひらいた。
「……気づいていたんですか」
神父の言葉にうなずく。吸血鬼が悪魔より神に近いと考える輩はいないだろう。
「あなたの――力があれば、少なくとも、この子たちを守るか、あるいは逃がすだけのことはできるのですか?」
「数は多いが動きはのろいから、
袖口にべっとりついた汚らしいものを振って払う。
「それで、どうする?」
この場合の選択肢は神父ひとりしかいなかったことになるが、彼に約束していたので、その意向を無視して無理強いするわけにはいかなかった。いささか気が引ける、というやつか。
「私も外に出ます。だから、貧血で立てなくなるほど取られるのは困る」
今でさえ血の気が失せているというのに、この奇特な聖職者は微笑んだ。
人狼の仔がまたわめいたが、神父は取り合わなかった。
私はくるぶしまで覆う長い
「こう言ってはなんだが、あなたはあまり、他人の
「それはありませんが、べつの方法でなら、力になれるかもしれません――主がまだ私たちをお見捨てになられないのなら」
「
吸血愛好者からいただくときはリストカットの要領で摂取しているからだ。が、神父は首を振った。
死人連中がその腐った爪でがりがりと木の扉をひっかいている音がする。
「ではこの際だから、原始的なやりかたでやらせてもらう」
一応断っておいてから、マクファーソン神父の右肩を掴む。彼は魅惑されてはいないから――たとえされていたとしてもだが――痛みで腰砕けになると面倒だからだ。
「――クリス!」
まるで泣いているような悲鳴をあげたやつを、神父は片手で制した。
黒い法衣の
左
すぐに温かな血が滲み出る。それが舌に触れた瞬間、これまでに感じたことのない感覚が全身に満ちた。
喉が焼かれるような――といっても苦痛にではなく、火酒に似た甘美さを伴いながら、生命の
それは歓喜といってもよかった。とっくの昔に鼓動するのを止めた心臓でさえ震えたかと思うような。聖人なら法悦とでも表現しただろうが、あいにくこちらはすべての細胞が地獄の
いっそこのまま……。
思わず両手と牙に力が入る。彼の体が大きく震えた。
「――っ、は……」
マクファーソン神父の喉から、詰めていた息が漏れる。その喘ぎは官能的にすら聞こえた。
「――いつまでやってんだよ、オッサン!」
唸りを含んだ怒声で我に返った。
人狼の仔は今すぐにも飛びかかりそうな目つきでこちらをにらみつけていた。
ゆっくりと神父の体を解放したとき、口許から
拭ってみると、真紅の中になにかが散っていた。
(これはまるで――……)
「……ノーランさん、あなた……」
マクファーソン神父が信じられないものでも見たように目を丸くしている。
「……?」
指まで舐めたのがお気に召さなかったのかと思ったが、あらためて自分の手を見てみて理解した。
長の年月の間に刻まれたこまかな皺が消え、乱れて額に落ちかかった髪は色を取り戻し――そして、それはほかの部分でも同じだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます