2-4
「さて、どこから話すつもりだったか――そうそう、どうしてここへ来たのかという話だったな」
「その前に、あなたが何者なのかを教えてくれますか。どうしてここを知ったのかも。私に不死者の知り合いはいない」
「だが悪魔のことは知っている、そうだろう?」
ヴァンパイアの瞳が
「――もちろん、神父。あなたにはありのまま話すと決めたんだ」
気をつけろよ、クリス、とディーンが小声でつぶやいた。
「私は呪われた一族の最後の生き残りだ。解読できる最も古い資料によれば、十一世紀ごろ、アイルランド――今は北アイルランドとか呼ばれているあたりだが――で、先祖のひとりが、土地か名誉をめぐる争いに巻き込まれて殺された。殺した相手は力のある呪術師かなにかだったのかもしれないな、殺されたはずの死体がよみがえったところをみると」
「そんな方法で吸血鬼ができるもんなんだな」
ディーンがどこか感心したように言った。
「殺した相手が誰だかわからずじまいでは復讐は果たせず――おそらくとっくの昔に死んでいるだろうからね――以後、ノーラン家の子孫は死後吸血鬼となるよう定められたというわけだ」
「私が
不思議な訛りの理由がわかった。
「なぜアメリカに?」
「無節操だからだよ」旧世界のヴァンパイアはにやりとした。「
「それがどうしてカトリック教会を、それも一神父を訪ねるつもりになったのですか」
ノーラン氏はぐいと身を乗り出した。
「地上における不死――それも不浄の不死なんてものがどれほどむなしいか、想像できるかね、神父? アメリカ人は美容整形や
彼が吸血鬼であることは疑いがなかったが、せいぜい五十代にしかみえない外見とは裏腹に、グレーの瞳の中にはたしかに、うかがい知れないほどの年月が霜のように積もっていた。
「……私は魂を取り戻したいんだ、神父」
いくぶんうなだれて、彼は言った。
「……ノーランさん、ですが、私には――」
「あなたのことはフランチェスキーニ司教から聞いたよ」
古い名前を聞いて驚いた。ヴァンパイアの目が再び輝きを増す。
「まさか新世界で、それもこんなに若い
「あんたに言われたくないね!」ディーンが牙をむきだす。
「ディーン、静かに。――ノーランさん、私は……もう、
久しぶりに他人の口から発せられた単語を自分で口にすることに、胸が締めつけられる。
「吸血鬼をやっつけるなら、心臓に杭を打ち込むか、首を斬ればいいんだよ。後始末が大変そうだけど」
「それでは完全に消滅してしまうだろうが」
ノーラン氏が苛立ったように言った。血色の悪い薄い唇がめくれると、ディーンのものよりは短いが、ふつうの人よりは明らかに長い犬歯がのぞく。
「吸血鬼のくせに魂の救いとか虫のいいこと考えるからだ」
「黙れ。――神父、堕天使でさえいつの日か天界に戻れるのを期待しているというなら、もとは人間だった私にもその
「私には……」
わからない。
それは私のような一介の司祭ではなく、もっと主に近い……あるいは深遠な神学上の真理を理解しているような人物にふさわしい問いだと思った。
「私は罪を悔いている。赦しを求めたいんだ」
「たとえばだけどさ」好奇心が抑えきれないようで、またディーンが口を挟んだ。「ためしに、これまでにどんな悪事をはたらいてきたのか言ってみなよ。場合によっちゃ、神様があんたを地獄に送るより先に、クリスがあんたの胸に杭を打ち込む気になるかもしれないだろ」
吸血鬼は人狼――そのころにはもう完全に人間の姿に戻っていたが――を憎々しげににらみつけたが、私のほうに向きなおった。告解室で待つ人のように、膝の上で両手を組んで、
「神父――私は赦されるだろうか?」
「私にはわかりません。赦しを与えるのは私ではなく主ですから。でもあなたが悔い改めて告白をしたいというなら、私は聞きます」
「逐一告白するとなると、かなり時間がかかるだろうな。なにしろ六百年分だからね。もう何百人の命を奪ったのか覚えていない」
「ワーオ。そりゃ絶対、ロザリオの祈りなんかじゃすみそうにないね。有期刑なら八百年はくらいそうだな。終身刑でもいいけど」
私は十字を切った。
「その人たちのために祈ったことは?」
ノーラン氏は目を丸くした。
「そう言われてみれば、ないな」
……もともとの性格なのか、ヴァンパイア特有の性質なのかはわからないが、彼が人としての魂を取り戻すには、長くかかりそうだ……。
「今すぐに赦されるとは思っていない。協力を求める以上、それなりのお礼はさせてもらう」
「どんな?!」
「ディーン、やめなさい。――ノーランさん、私はあなたを救う方法についてはまったく見当もつきませんし、仮にできたとしても、見返りを求めるつもりはありません。あなたの悪行の中に、犠牲者の財産を奪うというようなことが含まれていたとしたらなおさら」
吸血鬼は面白そうににやりとした。
「私は投資家だと言ったでしょう。複利は人類の最も偉大な発明のひとつだ。――まあ、この点についてはのちほど話し合うことにしてもいい。それまでは、あなたの教会に通う善男善女に、毎週献金皿に百ドル札を入れるようにすることもできるからね」
「あのお金、あんたのだったの?」ディーンが顔をしかめた。「もう使っちゃったよ。今さら、前払いしたからクリスに言うこと聞かせようったってダメだぜ。ドル札に名前なんか書いてなかったんだからな」
「そのとおりだ」声の調子は快活さと少しの嘲りを含んでいた。
「だから、気に病む必要はない、神父。なにか方法はあるのか考えてもらうだけでもいい。そのために罪の赦しを得る必要があるというなら、告解にも通うよ。あなたの意志を無視して押し入ることもできるが、そうはしないと約束する。人にものを頼むのに、礼節は守りたいからね」
話が終わったときにはとっくに陽が落ち、絨毯の染みは取れない濃さになっていた。
「ではまた」
ノーラン氏は立ち上がった。
「さっきあんた、一族の最後の生き残りって言っただろ。あんた以外はどうしたんだ? ヴァンパイア・ハンターにやられたのか?」
玄関前でディーンが聞いた。
吸血鬼はゆっくりとふりかえって目を細めた。
「そいつは小説か映画の見すぎだな。自分が死後吸血鬼になるとわかった先祖たちは、息子に遺言を残した。私が家督を継いだあと最初にしたのは、父親の胸に杭を突き立てることだったよ」
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