1-5

「ダニーは本当におかしいんだと思う?」

 帰りのバスの中で俺は聞いてみた。

 てっきり「そんなことはないよ」と返ってくると思っていたのに、

「わからない」

 クリスは前を向いたまま答えた。

「じゃあなんでロザリオなんか貸したのさ?」

「言っただろう、気休めだって」

「俺にこれをくれたみたいに?」

 俺はTシャツの中から、ネックレスにしてある小さな木彫りの十字架をひっぱり出した。クリスと一緒に住むことになったときにもらったやつで、クリスの恩人のものだったそうだ。

 狼人間は――あちこちでいろいろ言われてるみたいだが――必ずしも全員が全員十字架が苦手なわけじゃないから、俺が十字架これでヤケドしたりハゲができたりすることはなかった。銀と十トントラックにさえ気をつけていれば、現代社会では狼人間はほとんど無敵だ。反対に、守られてるって気もしないけど。

「それは……」クリスは困ったように頭を搔いた。目をつむって、ため息をひとつつく。

「……逆だね。お前にとっての十字架は単なるお守りで、ミスター・ブラウンにとっては試金石だよ」

試金石タッチストーンって?」

「貴金属をって、それがなにかを判断するための石のことだよ。つまりテストだ。誰もいないのに声が聞こえるとか、知らないあいだに物が動いているなんて話を聞いても、そういう心の病気は存在するし、実際に現場を見たわけじゃないから、お前だって信じないだろう?」

「うん」

 自分が超自然的スーパーナチュラルな存在だからといって、迷信が全部本当なわけじゃない。

「彼がいわゆる……悪魔憑きだとしたら、聖なる物には触れないはずだ」

「でもロザリオには触ってたよね。……あ、けど、教会には入れなかったって言ってたよな。単に慣れてないだけかと思ってたんだけど」

「だから、わからないんだよ」

 とクリスは言って、硬い座席に背中を預けた。

「どっちに転んでも全然嬉しくないね。精神病だったら病院行きだけど……もしほうだったらどうすんの?」

 まさか寝てるんじゃないよな、と思うくらいのがあった。

「……知っている司教に手紙を書いて、祓魔師エクソシストを紹介してもらうよ。……そんなことにならないのを祈るけれど」

 それからバスを降りるまでのあいだ、クリスはずっと目を閉じて黙ったままだった。

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