第3話 あなたがヒロインなら 後編

森の中に点々と開墾された畑が黄金色の麦の穂を揺らしていた。

その麦秋の季節、黄金色の麦の穂に囲まれた城塞都市にエリーゼは貧民として保護された。

富裕層と教会の慈善事業を頼りにエリーゼは城塞都市での生存方法を模索した。

ギルドが商売を独占していて、そのギルド会員になるには原則男性でなければならず女性であるエリーゼには商売で生きる方法は不可能に近かった。

女性にしかできない仕事もそれなりに多かったが、エリーゼはその女性しかできない仕事を最初から選択肢の中から外していた。

エリーゼが城塞都市でなんとか見つけた仕事は、城塞都市の門の近くにひっそりと営む二階建ての小さな宿屋の下働き。

さらに生活が安定して落ち着くまでにいくばくかの時間が必要だった。

この時、エリーゼは十四歳になっていた。

ガラスが使われていない小さな窓しかない屋根裏という劣悪な居住環境。

不快な生き物と虫が走り回る閉鎖的な細長い中層建築物が密集して立ち並び、

道には窓から投げ捨てられる汚物を食べさせるための豚が至る所を徘徊している不衛生な景観と耐えがたい臭い。

第二次成長に伴う心身の変化。

どれもがエリーゼの心をむしばんでいた。

特に少女から女性に変わる第二次成長の感情の起伏や体調の変化には、知識をいくら知っていてもエリーゼには学ぶことが多い出来事だった。

ある時、宿屋に併設された厩舎をエリーゼが掃除をしていたら、厩舎に寝泊まりしているある旅人の従者が、いきなりエリーゼに抱き着いてきたことがあった。

この時は、他の旅人の従者がいたので事なきを得たが、エリーゼが初めて実感した女性としての危険だった。

それからは、城塞都市に流れ着いた時から着用している白い頭巾をできるだけ深くかぶり、綺麗なトウヘッドの髪の毛を誰にも見られないように気を付け、できるだけ体のラインも分かりにくい服装を選ぶようになった。

この劣悪な生活環境や労働環境でも、エリーゼはできることを探して、自らの生存可能性の向上と理性を保てるようあがいていた。

小さな宿屋の薄暗い屋根裏で、筋力を鍛えるトレーニング。

寂れた漁村の襲撃を目撃した時から考えていた接近戦を避けながら自衛や逃走の時間稼ぎにも使える手段として試行錯誤を始めた投石の訓練。

知識を忘れないよう脳内での予習復習。

錬金術師と名乗っていた老人からもらった霊符の使い方の確認。

そして、宿を利用する人々の会話からの情報での地図つくり。

エリーゼは、何か目的を定めてあがいていないと底なし沼に引きずり込まれるような恐怖に溺れそうになる日々を、神経をすり減らしながら過ごしていた。

まだエリーゼにとって幸運なことは、この小さな宿屋の主人の初老の夫婦が人格者だったことだろう。

小さな宿屋を利用する人々が残した残飯を再加熱して加熱処理したものをまかないとして食べることを認めてくれた事と体をお湯でふくことを認めてくれた事など、エリーゼにとって破格の好待遇に恵まれたことだ。

この城塞都市の中には風呂屋はあったが、その風呂屋の中でおこなわれてる事を確認する前から、防疫を理解しているエリーゼは絶対に近づきもしなかった。

虱まみれの小さな宿屋の掃除や雑用を終わらせた後、鍋一杯分のお湯で体や髪の毛を身ぎれいにする事がエリーゼの生きがいだった。

エリーゼが持つ資産は、替えの服や肌着を含め数着の服や頭巾や靴など。

わずかばかりの古着をほどいて作った投石の訓練の的としても利用する数着分の生地と紐。

投石の訓練に使う数個の小石。

そして、エリーゼが集めた情報から自作した古着をほどいて作った生地に書かれた手作りの地図。

体を身ぎれいにするお湯を張る時に使うたらいが一つ。

錬金術師と自称する老人からもらった霊符の束が一つ。

わずかな小銭も無かった。

屋根裏の鎧戸のわずかな隙間から届く月明かりの中、エリーゼはお湯の張ったたらいの水面に浮かぶ自分の姿を見つめて、その美しさを毎回確認していた。

それぐらいしか、エリーゼの自己肯定感を高める方法がなかった。

体や髪を身ぎれいにして、エリーゼは日課としている投石の訓練と霊符との格闘をしばらく続けてから、飼い葉を拝借して作った寝床にもぐりこんだ。

ただ、生きるための目立つことが無いように続ける日常生活。

過度のストレスの影響か色とりどりな色で発光する小指ほどの透き通る羽が生えた人型の何かが見える頻度が上がっていった。

最初の頃は、エリーゼは目をつむり見ないようにしていたが、そのうちに色とりどりな色で発光する小指ほどの透き通る羽が生えた人型の何かに話しかけるようになっていた。

日常の様々な出来事。

エリーゼが知っている知識。

記憶にある物語や歌の事。

エリーゼには、色とりどりな色で発光する小指ほどの透き通る羽が生えた人型の何かは、エリーゼのぼそぼそと小さく話す声に反応しているように感じていた。

それが嬉しくて、より色とりどりな色で発光する小指ほどの透き通る羽が生えた人型の何かに話しかけるようになっていた。

「私、幻覚とお話しするようになっちゃった……」

小さな宿屋の屋根裏部屋の床に座り込み涙をこぼしながら嗚咽を漏らすエリーゼの姿は憔悴を深めていた。

ある日エリーゼが小さな宿屋の食堂の掃除をしていた時に事件は起きた。

この小さな宿屋に不釣り合いな高そうな服と装飾品を身に着けた大柄の宿泊客の男性が食堂で狼藉を働き出した。

もともと素行が悪く、多くの宿屋を断られてこの小さな宿屋に流れ落ちてきたのである。

小さな宿屋の主人夫婦に悪質な絡みをした後にこう言った。

「ここにはいい女はいないのか?」

小さな宿屋のおかみは、金払いだけは良い素行が悪い宿泊客をなだめていた。

「うちは宿屋なんです。誤解しないでください」

その言葉を聞きながら、素行が悪い宿泊客は食堂を嘗め回すように見渡すと、食堂の掃除をしていたエリーゼに目を留める。

素行が悪い宿泊客は、いやな笑いをすると大きな足音を立てながらエリーゼに近づいた。

エリーゼの前に立ちはだかるようにふんぞり返った素行が悪い宿泊客は、いきなりエリーゼの白い頭巾をはぎ取って口笛を吹いた。

「こいつは上玉じゃないか!」

天使のわっかが光り輝くトウヘッドのロングストレートヘアと透き通るような碧眼に潤いで溢れる新雪のようなきめ細かい肌。

エリーゼは、まさに仙姿玉質を体現していた。

素行が悪い宿泊客は、舌なめずりをしながらエリーゼの右手の手首をつかむと小さな宿屋の初老の主人に下品な声で話し出した。

「これはいくらだ?」

エリーゼは、突然の事に目を見開き素行が悪い宿泊客の言葉を心の中で反芻していた。

「売り物ではございません!」

小さな宿屋の初老の主人は、大きな声で反論したが素行が悪い宿泊客は予想していたのか自らの左手を起用に使って皮でできた巾着らしきものを懐から取り出すと小さな宿屋の初老の主人の足元に投げつけた。

「それだけあれば十分だろう?」

素行が悪い宿泊客のいやらしい声と巾着らしきものを拾い中身を確認した小さな宿屋の初老の主人の劇的な態度の変化をエリーゼは見逃さなかった。

エリーゼの知性、理性、本能、知識、経験。

そのすべてが一つの結論を導き出していた。

全身の筋肉が素早く動けるよう無意識に力が入りアドレナリンがエリーゼを守るために全身を駆け巡る。

「こういうのは最初からしっかり躾けないとダメなんだよ」

素行が悪い宿泊客のあまりにもいやらしい表情と下品なしゃべり方に、エリーゼの理性は高らかに自衛のための行動をエリーゼの全身に命じた。

エリーゼは口の中に唾液をためると、いやらしい笑みを浮かべる素行が悪い宿泊客の顔におもいっきり唾液を吹き付けた。

その素行が悪い宿泊客の理解を超えた攻撃で思わずエリーゼを捕まえていた右手を条件反射で放した。

その好機を逃さず、エリーゼは小さな宿屋の主人夫婦など目もくれず小さな宿屋から迷宮のような城塞都市の中に逃げ込んだ。

素行が悪い宿泊客が動揺から精神的に立ち直り手下にエリーゼを捕まえるよう命じたのは、卵がゆで卵に茹で上がる時間もかからなかった。

まだ日は高く、エリーゼの影は長く伸びなかった。

通りは、いくらかの老若男女が歩いていたが、多くはエリーゼを目に留めたとたん立ち止まったり振り返った。

あまりにも天使のわっかが光り輝くトウヘッドのロングストレートヘアが目立っていた。

この時は、エリーゼは自らの美しさのために窮地に陥っていた。

エリーゼよりこの城塞都市に熟知していた素行が悪い宿泊客の手下は、エリーゼの予想を超えて急速に包囲網を狭めていった。

路地裏に追い詰められたとエリーゼが気が付いた時は、路地の入口には数人のガラの悪い男達が獲物をなぶって遊ぶ狩猟者の表情を隠さず浮かべていた。

エリーゼは深呼吸をして、恐怖からくる萎縮に飲み込まれないよう心に活を入れた。

すばやく自分の武器と戦う手段を確認する。

何があっても肌身離さず持ち歩いている錬金術師と名乗っていた老人からもらった霊符。

ポケットに忍ばせている数個の投石用の石。

首からぶら下げている小さな巾着の中にしまってある手作りの地図。

後は、己が肉体と精神が頼りの接近戦。

錬金術師と名乗っていた老人からもらった霊符は、いまだにエリーゼにはただの紙切れと変わらなかった。

接近戦など、格闘技の経験もないエリーゼではとても有効的な手段ではなかった。

エリーゼは一瞬で判断した。

投石によりガラの悪い男達をけん制して、その隙に逃げ出すと。

ガラの悪い男達に石を取り出すところを見られないよう姿勢の角度を調整しながら体を動かして、できるだけ動き少なくポケットに手を入れるとそっと投石用の石を握った。

エリーゼは、もう一度深呼吸して明確に戦う意思を持って投石の石をガラの悪い男達に投げつけた。

投石の効果は大きく、エリーゼがガラの悪い男達の横をすり抜け包囲網を抜け出すことに成功した。

このまま、路地を走り抜けエリーゼは安全なところを探そうとした。

だが、その瞬間エリーゼは後ろから羽交い絞めされた。

慌ててエリーゼが後ろを確認すると、素行が悪い宿泊客が後ろからエリーゼを羽交い絞めしていたのである。

「鬼ごっこは終わりかい?」

下種な笑みを浮かべる素行が悪い宿泊客の顔を見て、エリーゼの血の気が引いた。

エリーゼが慌てて周りを見渡すと、かかわりたくないのかどの建物も鎧戸やドアがしっかりと閉められていた。

体格差があまりにも違い素人がトレーニングした程度のエリーゼの筋力では逃れることができなかった。

恐怖でジワリと目元に涙があふれるエリーゼと違い素行が悪い宿泊客は上機嫌だった。

「たっぷり躾けてやるから楽しみにしてるんだな」

エリーゼは、あまりの理不尽に思考が初めて冷静な心を失い憎悪と殺意を素行が悪い宿泊客に叩きつけていた。

そのことが素行が悪い宿泊客を喜ばせていたのがエリーゼの怒りの感情をさらに増幅させていた。

エリーゼが少しでも助かる可能性がないか必死に周りを見渡し情報を集めていたら、素行が悪い宿泊客の鼻の影が二つできていた。

ひとつの濃い鼻の影と薄い鼻の影。

その薄い鼻の影がかなりの速さで動き薄い影が時間とともに濃くなってきていた。

エリーゼは一瞬で頭が冷え考えた。

電灯もないこの城塞都市で、昼日中に太陽が作る影に負けない光源は何だろうか。

しかも、その光源は明らかに影の動きからして動いていた。

エリーゼはまさかと思い可能性の低さからありえないと思ったが、その可能性は絶対にありえないわけではない事を考えてから、可能性は低いが対処しなければ自らの命にかかわると判断して最後の手段を素行が悪い宿泊客に使用した。

エリーゼは素行が悪い宿泊客の喉仏を自らの頭を使って冷静沈着に確実に押した。

素行が悪い宿泊客が痛みのあまり手を離すと、エリーゼはこけそうになりながら可能な限り建物から離れたところのくぼみや盾になるものを探した。

くぼみはなかったが井戸があった。

石の組み合わせで作られた大きく頑丈に作られた井戸が。

その井戸にも二つの影が伸びていた。

一つは濃くて動いていない影。

もう一つは濃い影より少し薄い動く影。

エリーゼは、慌てて動く影の方に体を飛び込ませて両耳を手のひらでしっかりと保護して瞼もしっかりと閉じて井戸の方に足を向けて動く影の中で腹ばいになった。

怒りで目を真っ赤に染めた素行が悪い宿泊客がエリーゼを捕まえようと大股で歩き出すと、同時に素行が悪い宿泊客を背にした空が大地が震えるほどの轟音と太陽よりまぶしい輝きで弾けた。

エリーゼは正しく予想して対処した。

隕石落下という稀有な出来事に。

エリーゼが身を寄せていた城塞都市は、歴史の中に消えたのである。


砕石を砕いたような石が至る所に転がる砂漠の中。

まだ早朝という涼しい時間のはずが太陽は熱烈に大地を焦がしていた。

その砂漠の中、全身を白めの生地で何重にも保護した来訪者が砂漠の中のオアシスを訪れた。

オアシスの砂と石で作られた建物の中は涼しかった。

珍しい来客を迎えたオアシスの住人のリーダーは来訪者に尋ねた。

「どうしてここに?」

その来訪者の声は、オアシスのリーダーが聞いた声の中でもとびきり美しかった。

「……蓬莱に行くために道案内をお願いしたい」

「なぜ?」

「……仙人にあって学びたいことがある」

「どうして?」

「……帰りたい」

全身を保護する白めの生地の頭に当たるところを来訪者が脱ぐと、天使のわっかが光り輝くトウヘッドのロングストレートヘアと透き通るような碧眼のとても美しい若い女性が瞳だけギラギラとさせてオアシスのリーダーを見つめていた。

オアシスのリーダーはさらに尋ねた。

「名前を聞いても?」

「……エリーゼ」


そして現代。

欧州の小国の王国の王宮の豪勢な廊下を、一人の栗毛の少年が初等教育の学生が着る特別な制服を着たまま皆から注意されながら走っていた。

「王子様。廊下は走るところではありません!!」

王子様と呼ばれた栗毛の少年は、注意など耳に入っていなかった。

ただ、目指すべき一つの部屋のあるじの事を考えていた。

廊下の突き当りをいくつも曲がり目的の部屋の前に到着すると、その部屋のあるじの意思など考えずに部屋の扉を大きく開けた。

「今日こそ錬金術を教えて、エリーゼ!!」

天然木を素材とした机といすにいくつかの本棚。

壁は淡い色の壁紙に海軍の新兵勧誘と様々な標語のポスター。

床は天然木がそのまま使われて、天井は間接照明の明かりで淡く照らされている。

この部屋のあるじは、突然の来客にあきれた表情を向けた。

部屋のあるじである女性は、天使のわっかが光り輝くトウヘッドのロングストレートヘアと透き通るような碧眼に潤いで溢れる新雪のようなきめ細かい肌を持つ光り輝く美しさで誰もが振り返る淑女として育ったエリーゼだった。

「前にも話しましたが、錬金術を教えません」

ハイブランドのオーダーメイドの服と春物のカーキ色のコートを軽く羽織るエリーゼは、栗毛の少年ににこやかに伝えた。

「ケチ!!」

口をとがらせて抗議する栗毛の少年にエリーゼは優しい視線を向けていた。

「駄目なものは駄目です。それより、今から私は予定があるのですが?」

その言葉を聞いた栗毛の少年は、待ってましたとばかり話し出した。

「天国に行くんでしょう?」

前のめりに聞いてくる栗毛の少年に若干引きながらエリーゼは答えた。

「天国に近いどこかです。私は、天国には行けません」

そのエリーゼの答えに不思議そうな顔をしている栗毛の少年にエリーゼはさらに告げた。

「時間がありませんから、このまま行きますよ。この部屋の扉を閉めてください」

栗毛の少年が慌てて部屋の扉を閉めると、エリーゼはどこからか左手に霊符の束を下から包むように持つと右手の人差し指で軽くそっとなぞった。

霊符を右手で一枚破り取る音が静かに部屋に響くと、エリーゼは優雅に霊符を天井に向けて放り投げた。

放り投げられた霊符は、天井近くで溶けるように静かに消えた。

霊符が溶けるように消えた瞬間、エリーゼと栗毛の少年は一面の草原に居た。

どこまでも透き通る透明感に包まれた雲一つない空。

心地よく柔らかい風。

心穏やかになる香り。

眩しすぎず暗すぎず目に優し明るさ。

草原の草は、とても柔らかく誰かを傷つけるものではなかった。

エリーゼが、この天国に近いどこかで一度だけ出会った天使にもう一度会いたくて、時々訪れているのを栗毛の少年が知ってから同行を強くエリーゼに願った。

それからは、エリーゼは栗毛の少年の同行を時々許していた。

「エリーゼが会いたい天使様には会えそう?」

栗毛の少年の問いかけに、エリーゼは悲しげな表情で話し始めた。

「私が、天使様に一度だけお会いした時は、召喚の実験に付き合ってる時に悪魔に名前や顔を覚えられて……、無我夢中に逃げまくって……、気が付いたらこの天国に近いどこかにたどり着いた時です。その時は、まだ世界が蒸気機関で動き始める前の事でした」

栗毛の少年は、エリーゼに一つの提案をした。

「それなら、ここにお手紙を置いておくとかは駄目なの?」

その栗毛の少年からの提案に、エリーゼは戸惑いを見せた。

「ここに手紙を残してよいものか……」

それから、エリーゼは考え込むために目をつむり意味もなく歩き回り空を見上げていた。

「……そうですね。一度だけ手紙をここに預けてみましょう。次に、ここに訪れた時に手紙が残っていたら私が回収します。それなら、特にここの環境に問題が起きたりはしないでしょう」

エリーゼは、慣れた手つきで左手に霊符の束を下から包むように持つと右手の人差し指でさらさらとなぞった。

霊符の束の一枚目が薄い鋼色の金属の板に変化する。

エリーゼは霊符の束を片付けてから、鋼色の金属の板を左手で下から包むように持つと右手は鋼色の金属の板の上の部分を上から覆うようにそっと包んだ。

それからぶつぶつと何かつぶやくと、すぐに鋼色の金属の板にバナナがおいしくなった時に現れるシュガースポットのような点がいくつも黄金色に光り輝きながら現れて、鋼色の金属の板がすべて黄金色に光り輝く金属の板にまた変化した。

もう一度、エリーゼが同じことを繰り返すと黄金色に光り輝く金属の板は真鍮色の金属の板に変わった。

エリーゼは、その真鍮色の金属の板に右手の指先で慎重に何度もなぞると、真鍮色の金属の板は自ら淡く光り始めた。

その自ら淡く光る真鍮色の金属の板を、エリーゼはそっと自分の胸の高さの空中に置いた。

その自ら淡く光る真鍮色の金属の板は、風にも流されずにゆっくりと時計回りに空中を静かに回り始めた。

「エリーゼ何をしたの?」

栗毛の少年は、目をきらきらさせてエリーゼに早く答えを知りたいと聞いた。

「霊符から鉄、鉄からゴールド、ゴールドからオリハルコンと変成してから、私のお会いしたい気持ちをオリハルコンに残したのです」

それから、エリーゼは栗毛の少年に優しく提案した。

「そろそろ時間です。帰りましょう」

「もうそんな時間?」

栗毛の少年は驚きの声で答えた。

「はい。私も仕事の予定がありますから」

エリーゼの答えに栗毛の少年は会話を続けた。

「今ってどんな仕事してるの?」

「海軍から外務省に出向して外交官のまねごとですよ」

「エリーゼが前から希望してたあれ?」

「そのあれです」

エリーゼは霊符の束を用意すると、この天国に近いどこかに来た時と同じ要領で、エリーゼと栗毛の少年はもとの王宮の部屋に戻った。

空中で淡く光るオリハルコンの板を残して。


天国に近いどこかに託された空中で淡く光るオリハルコンの板を、とても美しい黄金の羽で翼輝く天使がやさしく手にする。


エリーゼの数奇な運命は、まだ始まったばかりだ。

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