第3話 FUJI HOLDING

1948年、あれは窓側から風が揺らめく季節だった。

 まるで菓子箱に描かれているような、暑い夏と蝉の音でいて。激しく喉を鳴らしながら、渇いた舌を引っ込めていた。

 暫くすれば、右足を不器用に諫めながら、歩く親父が視界に入った。なにやらと、軍崩れの男どもと手で交わしながら。そういった間でいて、俺の手のひらにも、そいつは落ちていった。

 あれは、窓側から焼けた肌を見つめる季節だった。しくっと泣く声に、ザっと降る雨が痛々しい。一瞬で溜まった桶へ、夏の醍醐味は雷に身を委ねていた。

 暫くすれば、男どもの後を引くように、影を踏みつぶして。あれよと、小奇麗な町民会館に着いた。壁からはほろりと落ちた漆喰に、新しいツンとした臭いが鼻を膨らませていく。気が付けば、そこは注射針の波に浸っていた。

 もう、随分と大人になったつもりでいて。

それでも防空壕で嗅いだ、あの嫌な気配が充満する。その、肌を這うようにしていた臭いが、注射針の近くで右往左往していた。

 差し出した腕に、響いた声を覚えている。

雨に引き寄せられながらも、大声で泣く赤ん坊の声が聞こえていた。俺は、運が良かったんだろう。ガキでもいれられなくて、一人前にすら浸れない。そんな折に、挿し込まれた注射針から、ツっーと広がっていく鋭くも涼しい痛みが、二の腕の皮膚の下。そこをぐるぐると巡り、眩暈がしたのを覚えている。脈がばちっと上がって、気分が良くなりながら。いや、喉の辺りと目玉の裏が熱かった。

 熱く、燃え盛る火を見つめるように。

それは雨の日に見られる、雑巾の濁り汁の憂鬱さでもなく。あれは、公共放送が死んだ日と同じだった。雑音と共に、訳も分からない振動が心臓を押していた。

 あの焦りに、俺はそっと飲まれて。


_ 例えば、動脈に注射された液体が語り掛けてきたとしよう。

 唐突に、ある日突然、脳内に入り込みながら薄らと。

  ドクッと波打った脈に、語り掛けられている言葉が告げている。とても偉大な力が漲っているとでも言うように。頭はぶちまけそうなほど痛みながら、脳みその一部が腐りかけて林檎の皮に、そう皮になっていく。

 果てしなく、気付く。そこで、突如として相応ゆえに。

 「っ”_しんどいわぁ、おやじ」

「おい、藤、っだれか、誰かおらんのか‼」

 この日、俺は正しく不死身となった。




 _1948年、戦後の日本では過去に流行ったスペイン風邪のような流行病に対抗するためGHQの指導の元、大規模なワクチン接種が行われた。だが、ワクチン接種時に不純物が入り込んだ同様の事故が全世界各地で発生、約2000名もの接種者達に何らかしらの障害が残る形となった。それが、後に”NH2010"と呼ばれるワクチン被害者たちである。彼らは、障害という名の能力を覚醒させていく。

 この覚醒を境に、人類に進化の予兆が生まれ始めた。

_2010年、現在ではNH2010に付随する”New Human”は、報告数だけでも10万件以上を超える。未確認を踏まえれば、その数は30万人以上が存在しているとされる。

 人類の進化か、異種の誕生か、現在もなおその話題は議論され続けている。

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