第1話 小さな土かぶりお姫さま

 初めて出会ったのは、母とともに友人宅へ遊びに行ったとき。まさか貴族のご令嬢があんなところから出てくるとは、誰も思うまい。


「……きみは、何をしているんだ?」

「ふぇ?」

 驚き眼でみつめてくる小さな女の子は、ふわふわしたドレスを身にまとっていた。愛らしい顔を土埃で汚して。

 それもそのはず。彼女がいたのは、植えこみの低木のあいだ。小さな彼女が持つのにはすこし大きい土いじり用のスコップ片手に、そこだけ大きな花が咲いているように座っていた。汚れてはいたが、まるで絵本に出てくるお姫さまのようにかわいかった。

 

 訪ねる時はいつも勉強を終わらせて待ちかまえているアーロンが、今日はめずらしくまだ終わらせていなかった。なんでも、歴史学の家庭教師の質問に対する答えが気に食わなかったようで。優秀な彼は、調べて考察した結果と教師の模範解答の相違についてせまっているようだ、と彼の従者から教えてもらった。あいつは、いったい何を目指しているんだ? 伯爵家を継がずに歴史学者にでもなるつもりなのか。いずれにせよ、彼が来るまで手持ち無沙汰になってしまった。お茶をいただくにも、きっといつ終わるかもわからない。

 ふと、ひやりとした風が頬をなでた。今日は暑くもないが、風が入ると心地よい気温のために応接室の窓は開け放たれている。そういえば、さっき母とあいさつへ行ったときにそろそろ庭の花も見ごろだとおば様もおっしゃっていたな。母たちは、きっとその庭が見えるあたりでお茶会をしているのだろう。たまには、外の空気を吸いながら待つのも悪くない。

 お茶の準備を始めるところだったメイドに断りをいれ、アーロンが来るまで庭を散策させてもらうことにした。

 

 そして。

 庭に出てすぐのところに現れたのが、土まみれの少女。汚れを慌てて払い落とし、あいさつをしようと出てきたらしい彼女を、本気でお姫さまかと思った。

 一目惚れ、だったと思う。自分でも驚くほど、いつの間にか彼女を見つめていた。コテンと首を傾けこちらを見てくるが、払ったのは服の汚れだけなので顔に土がついていた。そんな顔でも、可愛らしいと思った。

「あの?」

「え? ああ、すまない。私はアーロンの友人なんだ。名はルーカスと言う。君は?」

「まあ! お兄さまのおともだちですの! 妹のエレナともうします。よろしくおねがいしますね」

 微笑んであいさつをしてくれた彼女は、手にスコップを持ったまま。花が咲くように愛らしい彼女に見とれた私は、アーロンが呼びに来るまでそのまま話し込んでいた。


 これが、小さな土かぶりお姫さまとの出会いだった。

 以来、母がおば様を訪ねに行く時やアーロンに用がある時は、必ずエレナに会ってから帰るようになった。

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【不定期更新中】壊れた令嬢の騎士 蕪 リタ @kaburand0

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