天使Re王女《エンジェリプリンス》
尾地 雷徒
第0話 天使
生まれた時からずっと横にいた親友の体が冷たくなっていく。なのに少女の体の奥はマグマのように熱くなり全身から汗が噴き出していた。臓腑は酸素を求め、視界は額の出血により赤く染まり涙で滲んでいる。先程まで駆られていた生への渇望は消えてなくなり迫りくる運命に従うように諦め、謎の怪物の口が開かれ自分の命が終わりを告げる時。眼を閉じようとしたその時に見た救世主の姿は、まるで女王のように高貴で、女神のように神聖で、天使のように可愛らしかった。
*****
「りり~!ごめ~ん遅れた~」
新中央大都市高天原区立総合統一学園へ向かう通学路に少女の声が響く。中等部一年の制服に身を包んだ少女が振り向くと呼びかけてきた少女、
「いや~。ごめんごめん。寝坊しちゃって」
「全然平気だよ。まだ遅刻する時間じゃないし。それより昨日の映画見た?」
「あっ、見た見た。というかあの映画の録画を何回も見返してたから遅刻したまであるし」
あめの謝罪を笑いながら流し、楽しい話題へと切り替えた
そんな二人は昨晩テレビでやっていた映画の話に花を咲かせる。
「あそこで主人公が一発食らわせたのが爽快で良かったよね。しかもその後の決め台詞!流石国民的アニメって感じで痺れたわ~」
いつも通りの穏やかな日常、親友と通学路を歩き学校へ行き、授業を受け家に帰り少しすれば両親が帰ってきて温かいご飯を食べ、ふかふかの布団で眠る。そんないつも通りの日常が続くと何の疑いもなく思っていた。しかしそんな日常は突然終わりを迎える。
りりとあめの二人の視界が急激に歪み出し、思わず二人とも地面に膝をつく。
「な、何今の?」
「わ、わかんない。ていうかここどこ?」
「なんか暑いね」
視界の歪みが無くなるとそこは知らない場所だった。りりとあめが座り込んでいたのは道路の真ん中。しかし車は一台も走っていなかった。
道路の脇には摩天楼のように高くそびえ立つガラス張りのビルが隙間がほとんどなくなる様に乱立していた。ビルの窓は中が完全に見えなくなる程に綺麗に磨かれ景色を反射していた。
ふと気が付くとあめの後ろに影が出来ていた。
見上げるとそこには異形の怪物が睥睨していた。
「あ」
りりが声を発する前に怪物があめの首筋を長い舌で舐める。その瞬間あめが膝から崩れ落ちた。
「kyuhiruuuuuuuuuururururururururuurururururururu」
不気味な鳴き声と共にりりを睨みつける怪物。その姿は犬の体にカラスの翼と色、魚の頭を持っていた。
咄嗟に意識の無いあめを抱えりりは走り出す。
燦燦と照りつける太陽が真上に見えるが、聞こえるのは自分の吐く息と十三年の人生で最も働いているであろう自分の心臓の音だけだった。
恐怖と緊張そして全力疾走によって耳元に心臓があるのではないかと錯覚するほどに大きく拍動していた。
ちらりと後ろを見るとゆっくりと怪物がりりの方へ歩いてきていた。
普通の犬であれば可愛がれるが、流石に自分の何倍もある体躯に魚の頭をくっつけていてはただの犬と同じように接することはできない。
不気味なほどに静かな空間で摩天楼のように伸びるビル群は鏡面の様に磨かれたガラスによって、りりの走る大通りに影を作ることなく、灼熱の陽光を地表へとしっかりと伝えアスファルト付近の空間を煉獄へと変えていた。
「はあ、はあ、はあ。うう、暑い」
りりは自分の住んでいる日本の夏は暑い上に湿度が高いため不快感がすごいということをテレビでやっていたのを思い出す。
世界トップレベルで不快感のすごい日本で暮らしてきたりりだったが今この瞬間、この空間はもっと厳しい環境だった。
気温四十度以上、湿度九十パーセントオーバーという異次元の様相をなしていた、
りりの額からあふれ出る汗はそのまま頬を伝い、顎から滴り落ち地面のアスファルトに染みを作る。
汗が蒸発しないから体温は下がらない、にもかかわらず化け物から逃げるためにりりは走っている、りりの体温は上がっていく一方だった。
「はあ、はあ、はあ、あめちゃん?はあ、大丈夫?」
背負っている親友に問いかけるも、返事は無い。
自分の汗で服はびしょびしょになってしまっているため正確にはわからないが、汗をかいている様子も感じられなかった。
自分の首筋を親友の息がくすぐることも、自分の背中を親友の心臓が打つことも感じられない。しかし、りりは現実を見られない。
あめが死んでいることを受け入れる事が出来ていなかった。
森都政策によってビルいっぱいに緑が広がっている普段の街とは違い、緑の全くない場所で自分でも感じたことがないくらいの灼熱の地獄で走り続けたことで意識が朦朧としてくる。
あめを背負って走り続けて、五分。
生命の危機を感じたのか、火事場の馬鹿力と言うやつで体が限界以上に動いている。
(暑い、視界がぼやけてきた)
しかし、自分と同じくらいの体重のあめを背負いながら走るという人生においての偉業を成し遂げていたりりの体にも、当たり前だが限界が近づく。
日光から逃げるように、影を探しビルとビルの間に逃げ込むが、鏡のようなガラスによって反射した陽光は、路地裏であっても影を一切作っていなかった。
さらに、異形が入れないように細い路地に入ったのにもかかわらず、大量の触手がビルを破壊しながらりりを追いかける。
その上何度も大通りとは反対の方向へ曲がった筈なのに、なぜか、異形のいる大通りへと戻ってきてしまう。
(はあ、はあ、でもあの触手が、はあ、路地で絡まってるはず。はあはあ)
ちらりと振り返ると、四つほど後ろの曲がり角の前で止まっている異形を見て、そう考えるりりだったがそんな期待もすぐに砕かれる。
轟音が鳴り響き、大量のガラスが割れる音がりりの耳を鳴らす。
触手によってビルが薙ぎ払われ、崩れ落ちた音だった。
頭上から大量のガラスが落ちてきて、砕け散る音は幻想的だったが、りりにはただただ絶望を与えるだけだった。
落ちてきた拍子に自分の前に転がっていったガラスを靴で踏みつぶすりりに光明が差す。
(あのビル、ドアが開いてる!)
今まで見たビルには全て入り口が存在していなかった。
そんな中、突如出現した入口。
普通であれば、違和感を感じ、避けたであろう。
しかし、今のりりにはそんな余裕はなかった。
おもわず口元が緩み、心に光が差す。
ビルの入り口目掛け、力を振り絞り全力で駆ける。
突然加速したりりに背後の異形が焦ったのか背中からさらに大量の触手を伸ばし、りりの足を取らんと迫る。
(!!??間に合って!)
あまりの触手の多さに驚くりりだが、残る体力を全て出す勢いで足を動かす。そんな必死のりりの行動は報われ、間一髪ビルの中へ入り、加速した触手は止まることなくビルの入口の前を横切っていった。
「はあ!はあ!はあ!はあ!」
臓腑が大量の酸素を求め、体中からは、滝のように汗が流れる。
手足が痙攣し、視界が霞む。
しかし、りりはすぐに立ち上がり、親友のあめを抱えて立ち上がった。
足ががくがくと震え立つのさえ覚束無いが、震えを必死に抑え立ち上がる。
震える手はあめを落としそうになるがそれも堪える。きっと生きているから。助かるから出来るだけ怪我をさせないようにと背中におぶさる。
「はあ!はあ!はあ!はあ!はあ!はあ!はあ!はあ!はあ!はあ!はあ!はあ!はあ!はあ!はあ!」
吐き気を抑え、逃げ道を探すために辺りを見回すと、そこは普通のオフィスビルのような内装だった。
中に異形の存在がいる以外は。
「ひっ」
悲鳴を上げる前に、体は逃げ出していた。どうして襲ってこなかったのか、どうして中にいるのかそんな疑問は全て頭から消え、ただただ全力でビルから脱出する。
ビルを出た瞬間、日光がりりを焼く。
しかし、りりは止まらない。
体中に走る怖気を、自分の直感を信じて、大通りへ出た瞬間横に向けて駆けた。
りりが、ビルの入り口から横に外れた瞬間、大量の触手がビルの入り口を破壊しながら、りりへ向かってくる。
りりは全速力で走った。
しかし、りりの肉体は限界を迎えていた。
それは、走るというにはあまりにも遅い、”歩き”と呼ぶのにも疑問符が浮かぶほどの速度だった。
足に触手が絡みつき、転倒する。
「あう!」
振り返るとそこには魚の頭が迫ってきていた。
光の無い瞳でりりを見つめる。
「やだ・・・やめて・・」
必死に腕で払おうとするも、すぐにそれも触手で絡め捕られてしまう。
触手がぎゅっと体に絡みつくと、ぐしょぐしょになった制服から汗が滴り落ちる。
異形の魚の口から、蛇のように長い舌が出てくる。
先程、あめが舐められ、その瞬間意識を失った舌だ。
「やめて・・・。やめて!」
りりは決死の覚悟で自分に絡みついた触手に嚙みついた。
口いっぱいに苦くて、酸っぱくて、生臭くて、吐き気を催すこの世の終わりのような味が口いっぱいに広がるが触手の拘束が解ける。
すぐにあめを抱えて逃げ出そうとするが、異形の前足で吹き飛ばされる。
空中で一回転してアスファルトへおでこをぶつける。
「うう・・・。痛い。痛いよぉ」
その時、涙と汗と、額から流れる血によって視界はぼやけていたが、りりは確かに見た。
魚の面の口が笑った姿を。
嗤いながら、その異形はりりを嬲っていた。
噛みついたから、離したのではない、
ただただ、嬲るために触手からりりを解放しただけだったのだ。
揺れる視界とぼやける頭、震える手足を全力で動かし、あめを抱え逃げようとする。
こみ上げる吐き気を抑え、立ち上がり一歩踏み出すたびに触手に足を絡め捕られ転倒してしまう。
立ち上がっては、転倒。立ち上がっては転倒。
『kyahhhahhhhhhhhahaaaaaaaaaaaaaaahhahhaaa』
奇怪な不協和音がりりの耳を打つ。
異形の笑い声だ。
異形はりりが立ち上がるのを待ち、立ち上がったら転ばせる。転ぶとあめと離れるので再びあめを抱えるのを待っていた。
完全なる快楽、愉悦。それらを感じるためだけに遊んでいた。
もう、逃げる気力もなくなったりりを見ると、壊れたおもちゃを扱うような雑さで触手で吊り上げられる。
異形の口が開く。無数に並ぶ細かな歯と、喉の奥には無限を思わせる暗闇が広がっていた。
(ああ・・・。や・だ・・。怖い・よ・・・。パパ、ママ。・・・助けて)
りりが、異形の口に飲み込まれる。激臭がりりの鼻を刺激するが、既に血の匂いしかしなかった。
りりの視界が黒に染まり、意識を手放す瞬間、視界に光が戻った。
「遅れてごめんなさい。大丈夫かしら?」
そこには、頭の無くなった異形と、身の丈以上の鎌を持った、純白の羽が生えた少女が立っていた。
「すぐ終わらせるかしら。少しだけ待っているかしら」
りりの入っていた頭が塵となり、異形の頭が再生する。
『kyuraaaaarararaaaaaaaaaaarrrrrrrrrrrraaaaaaaaaaaaaaaaaa』
異形が、羽を使い空へ飛び上がる。
そして、りりを追いかける時よりもさらに多くの触手を出し、少女へ攻撃する。
しかし、それらが少女に届くことはなかった。
「
少女の持つ鎌から、竜巻が現れ異形を粉微塵に切り刻む。
異形は断末魔を上げる間もなく、消え去った。
異形を打ち取ったその少女はまるで王女のように高貴で、天使のように神聖で、女神のように美しかった。
*****
「大丈夫?すぐに治療するかしら。シトー!」
少女がりりへ呼びかけ、どこかへ声をかけると、もう一人、銀髪の美しい少女が現れた。
「シトー、治せるかしら?」
「うん、こっちの意識がある少女は治せるけど、あっちの意識がない少女は厳しいかな。魔獣に食べられたのか、魂が破損してる」
シトーと呼ばれた少女が、りりへ手をかざすと暖かい光に包まれ、痛みが引いていく。
「あ、ありがとう、ございます」
りりの朦朧としていた意識が徐々にはっきりとしていった。
「あなたたちは、あの化け物はなんなんですか?」
体を起こし、りりが問いかける。
「君たちを襲ったものは魔獣と呼ばれるものさ。僕達は天使、人に被害を及ぼす魔獣を退治しているのさ」
シトーが答える。
「て、天使?それって・・・」
そう言いかけた時、りりの視界にあめが目に入る。
「あめちゃん!」
横たわるあめに掛け寄るりり。
しかし、いくら呼び掛けてもあめが目を覚ますことは無い。
「あめちゃん!あめちゃん!どうして、はっ!私を治したみたいにあめちゃんを治すことはできないんですか!?私の出来ることなら何でもします!お礼は、人生をかけて返します・・。なんとかできないんですか?」
眼に涙を浮かべ、頭を垂れ、縋る様に、りりは二人へ問いかけた。
文字通り、親友を助けるためならすべてを差し出す覚悟だった。
「う~ん。残念だけど、厳しいかな。その子の魂はすでに欠けてしまっている。舞はそういった治療は得意じゃないし。僕も欠けてしまった魂をもとには戻せない」
「ごめんなさいかしら。私の魔法も魔獣退治の戦闘用の魔法だから・・・」
「そんな・・・。」
希望が潰え、絶望に支配されるりりだったが、シトーがその絶望を打ち砕いた。
「・・・いや、できるかもしれないな。その子を治す事が出来るかもしれない。その代わり文字通り君には全てを差し出してもらうけど」
「!!大丈夫です!お願いします!」
希望を取り上げられないようにすぐに食いつくりり。
「そうか。じゃあ、君には天使になってもらう」
「て、天使になるですか?」
しかし、提示された内容はりりには理解できない天使になるというものだった。
「天使というのはいわば、人間の進化系のような者なんだ。この隣にいる舞も人間から天使になったのさ。しかし、天使になるには資質がいる。かつ、魔獣を倒すという使命を全うできる者だけがなれる。そして、君には天使になる資質がある」
「私が天使になったら、あめちゃんが助かるんですか?」
りりが天使になる事とあめが助かる事の因果関係が見いだせなかったりりは思わず問いかけた。
「それはわからない。天使はなる際にそのなったものの資質によって願いが叶えられるんだ。だから、そこでそのあめちゃんを治せればオールOK。仮に、魂を修復するほどの願いをかなえられる資質が無くとも、君に発現する魔法が魂の修復が出来る魔法かもしれない。さらにそれもダメだったとしても、魔獣を狩り続けることでなれる天使女王になれば、魔獣の魂を消費して幾らでも願い事が叶えられる。そこであめちゃんを治してしまえばいい。魔獣というのは先程のような奴のことを言うけど天使になればあんな奴すぐに倒せるようになれる、それに今だったらこの隣の舞の教え子が独り立ちした後だからこの子を教師に出来るし何だったら住む所まで「シトー、一気に語りすぎかしら」・・・おっとごめんよ」
ガンガンと語られ混乱したりりだったが、少しずつ咀嚼して理解しようと努める。
「願い事が叶うんですか?」
「ああ、資質にもよるけどね。顔のニキビを消したいという願い事から億万長者にしてくれという願い事まで叶えられるさ」
「ど、どうして願い事が叶えられるんですか?」
もっともな疑問。
年端のいかない少女であるりりでも、何もせずに何でも願い事が叶うことが無いということはわかっている。
「報酬の前払いだよ。魔獣というのはこの世界にとって病気みたいなものなのさ。だから、退治してくれる人がいる。でも、戦うのは怖いだろう?だから、その人の資質にあった願い事をかなえることで魔獣退治をしてもらおうということなんだ。仮に資質が低くて天使になった時にあまり大きな願い事を叶えられなくても、多くの魔獣を狩ってくれた天使は、天使女王となることで沢山の願い事が叶えられるようになるんだ。人々を、たくさんの生物を守るという善行による世界からのお礼みたいなものさ」
「世界からのお礼・・・」
りりにはすべてを理解することはできなかった。
だが、シトーと呼ばれる少女が嘘を言っているようにも見えなかった。
そして、今自分の胸の中で抱かれている親友を助けたいと思った。
今この瞬間あめを助けられるのはこの人たちしかいないとりりは思う。
故に。
「わかりました。私、天使になります!」
りりは天使になることを了承する。
「わかった!では、君を天使へと進化させる。舞、邪魔が入らないようにしてくれ」
まってましたといわんばかりに準備を始めるシトー。
「ええ、分かったかしら。
舞と呼ばれた少女が何か呟くと辺りが凍り付き、シトーとりりは氷で出来た箱へと閉じ込められた。
シトーが足を鳴らすと床に幾何学的な模様が彫られていく。
「少し寒いかもしれないが我慢してくれ。じゃあ行くよ。覚悟はいいかい?」
「は、はい!よろしくお願いします!」
シトーがりりへ手をかざすと、りりを治したときの様に淡い光に包まれる。
空中に幾何学的な模様、俗にいう魔法陣のようなものが現れ、りりを包み込んでいく。
「りり、桜宮りり。君を人間という存在から更なる高次元存在、天使へと存在昇格を行う。一つ、願い事を言ってくれ」
問いかけられるがそんなものは決まり切っている。
ずっとずっと昔からの、生まれた時からの大親友。
「成姫あめを救ってください!」
「桜宮りり、君の願い事は資質の範囲内だ。その願いは世界によって実行される。・・・存在昇格は完了された」
淡かった光が閃光へと変わり、りりとシトーを囲っていた氷の箱が弾け飛ぶ。
「おめでとう。君は今日から天使となった」
横を見ると、穏やかな顔であめが眠っていた。逃げる時に落としたことでついた傷もなくなり、胸がゆっくりと上下している。
「今日はもう疲れただろうから、明日、学校が終わったら迎えに行くよ。天使についてもっとよく説明しよう」
そう言いシトーが指を鳴らすと、りりはいつの間にか自室へと戻っていた。
あの謎の空間へ飛ばされた時に落とした学生鞄もりりの部屋へ来ていた。
夢かと思う体験だったが、りりの汗と魔獣の涎で濡れた制服が現実だったのだと物語っていた。
ふと、窓の外を見ると夕暮れ時だった
*****
次の日の朝、いつもの待ち合わせ場所へ行くと、いつも通りあめがいた。
「ごめんね〜。昨日は、熱中症で倒れちゃったみたいで、いやあ、まさか六月に熱中症になるとは思わなかったよ」
普段と同じテンションでりりへと話しかけてくる。
(熱中症で倒れたことになってる。これもシトーたち天使の力かな?)
「全然大丈夫だよ。それよりも体は平気なの?」
「ヘーキヘーキ。今チョー元気だからね」
「ならよかった。急に倒れるからびっくりしたんだよ?」
「ごめんごめん。心配かけて。ていうかそれよりさ〜。あたしの部屋にあったぬいぐるみが一個無くなってんの。ほら、りりも知ってるでしょ?あたしのベア子」
あめがぷりぷりと全身で怒りを表現しながら歩く。
「晴子さんが洗濯してくれたんじゃないの?」
「お母さんに聞いたら洗濯なんてしてないっていうの。また、ベットの隙間とかに入り込んでんじゃないかって」
「ふふ、でベットの隙間にあったの?」
「なかった!なかったからお母さんに聞いたのにさあ。りり知らない?」
「もう、わたしが知ってるわけないでしょ。あめちゃんとお泊り会したのだって一週間前だし。無くなったのは昨日からなんでしょ?」
「まあ、確かにそうなんだけどさ。ワンチャンそらが持ってったかな~」
顎に手を当て、自分のお気に入りのぬいぐるみがどこへ行ったか推理するあめ。
「そら君はベア子にあんまり興味なかったんじゃないの?どっちかっていうとネッコを良く持ってくって言ってたじゃん」
それに対して、あめが以前言っていたあめの弟であるそらが気に入っているぬいぐるみを挙げる。
「そうなんだけど、そらはたまに別の持ってくんだよね。この前だってイッヌがないって大騒ぎしてたらそらが部屋から持ってきたんだけど、逆に言えばそらは大騒ぎすればあたしのところに返しに来るんだよねぇ」
「今朝は返しに来なかったの?」
「そう、僕知りませーんみたいな顔して学校行っちゃった。しかもあたしのおかずも勝手に食べていったし。今朝はお腹空いてたからしっかり食べていこうと思ったのにさ!」
一度収まりかけていた怒りが再び再燃したのか言葉に勢いがつく。
「ふふふ、一応私の家でもベア子探しておくね」
「うん!よろしく。はあ、ベア子がいないとなると今夜はよく寝れないかもなあ」
そんな何気ない日常的な会話をしながら二人は学校へ向かった。
*****
放課後、昨日教えられた場所へりりが向かうとそこにはすでにシトーが立っていた。
「やあ」
「お待たせしました」
「いやいや、全然待ってないよ。それじゃあとりあえず、場所変えるよ」
シトーがそう言い、指を鳴らすと、りりの視界が一瞬にして切り替わり、マンションの一室の前へと瞬間移動していた。
「さあ、入って。ここは舞の家なんだ」
りりの手を引っ張り、部屋へと入れる。
りりが部屋に入り、リビングへ通されるとそこには昨日助けてくれた舞と呼ばれる少女が昨日と変わらぬ美しさで座っていた。
唯一変わっているとすれば、羽がないことだ。
銀髪の少女が、くるりと一回転し、りりへと向き直る。
「それじゃあ、改めて紹介するね。僕はシトー。まあ世界と天使の仲介役みたいなものさ。でこっちの子は
強引に入れられ、若干困惑するりりだったがすぐに挨拶を返す。
「は、初めまして!桜宮りりと言います。よ、よろしくお願いします」
「うん、よろしくね!」
「よろしくお願いするかしら。りりさん」
「それじゃあ、りりも気になっているであろう天使について詳細を教えるね。舞が」
シトーは会ってすぐにりりが昨日から疑問に思っていることを解消しようとしてくれる。
「どっちかっていうと天使についてはシトーの方が詳しいかしら。なぜ私に説明させるかしら」
「まあまあ良いじゃないか。舞ももう長いんだし大体わかるだろう?さありりは座って座って」
さあさあとイスに座らされ、舞がりりへと紅茶を出す。
「はあ、まあ仕方ないかしら。あっ、紅茶で大丈夫だったかしら?」
「は、はい。大丈夫です!」
舞はにっこりと微笑み、りりの対面のイスへと座る。
「じゃあ、まずは天使がどんなものかを改めて紹介するかしら。天使というのは町に出没する魔獣を倒すのが使命かしら。この魔獣は、放っておくと昨日のりりさん達みたいに人間を自らが作り出した異空間へと召喚して食料としているかしら。私たちはその人が召喚された魔力の痕跡をたどって、魔獣の異空間へと行き戦うかしら。そしてこの魔獣というのは、人を食べて成長すればするほど使える魔法の数も質も上がっていって手が付けられなくなるかしら。だからそうなる前に私たち天使が退治するというわけかしら。ここまでで何か質問はあるかしら?」
「あ、あの魔法ってどんなものなんですか?」
りりに対する質問にはシトーが答えた。
「魔法については僕が説明しよう。魔法というのは自らの魂で生成される魔力を使用して起こす超常現象さ。昨日の舞がやったみたいに氷の箱を作ったり、君の傷を治したのも、願いを叶えたのも一応魔法の一種だね。ちなみに天使は原則天使化した瞬間に固有魔法が発現するから、魔獣相手に殴る蹴るしか戦う手段がなーいなんてことにもならないよ」
「わ、わたしにも魔法が使えるってことですか?」
少し興奮したように食いつくりり。
「もちろん。固有魔法は僕にもどんなものかはわからないから使い方を教えることはできないけど、汎用魔法は教えられるからあとで早速練習しよう」
「?シトーさんにもわたしの固有魔法っていうのはわからないんですか?」
「シトーでいいよ。そうだね、固有魔法は文字通りその天使固有の魔法だから、どんな魔法でどんな発動条件があるかとかは本人にしかわからないんだ、普通は天使化した時、もしくは今みたいに僕達から魔法について少しでも教えられればすぐに頭に浮かんでくるはずなんだけど、たまに例外があって自分がピンチになった時にやっと使い方が分かるってこともあるんだ」
「失礼するかしら」
舞がりりの手のひらを自分の手のひらで包み込むと、淡く光り出す。
「何か、頭に浮かばないかしら?私の場合は、自分が魔法を使っている姿と、その魔法の発動の仕方、どんな効果があるのかが自然と浮かび上がってきたのだけれど」
温かく全身を包み込まれるような感覚に陥るが、りりの頭には何も浮かばない。
「いえ、何も浮かんできません」
「そうか、じゃあ多分ピンチになったら思い浮かぶと思うよ。今までも何人かいたからね、土壇場で固有魔法を使えるようになった子が」
自分の固有魔法が使えないことの残念感が少しだけあったが、りりは自分に秘められた力があるということに少しだけわくわくしていた。
「あとこれはすごく大事なことで、自分が天使だってことなるべく秘密にしておいてね」
「何でですか?」
「うん、昔に一度天使がみんなを守ってるんだよってことをみんなに知ってほしいっていう天使がいてね。僕も当時はそんなに気にせず”良いと思うよ”って感じで流してたんだけど、一般の人たちに天使の存在を知らせたら天使を捕まえて軍事利用しようとしたり研究しようとしたりで大変なことになってね。だからそれ以来、天使であることは極力隠してもらうようにしたのさ」
「わ、分かりました。誰にも言いません」
「うん。ありがとうね。じゃあほかに質問はあるかい?」
「あの魔獣ってどんなものなんですか?まだ一回しか見たことないので・・・」
「そうだね、じゃあ、魔獣についてもっと詳しく教えておこうか。魔獣は端的に言えば世界にとっての癌なんだ。放っておくと他の生命を全て食い荒らし世界を蝕む物質を生成する。一応魔獣を生み出す存在はいるんだけどまだ君には早いから省略するね。で、魔獣の外見だけは既存の生命をいくつか融合させたようなキメラみたいなのが多い。昨日の魔獣は、まあ鳥と犬と魚ってところかな。で、魔獣は主に魔法とその歪な体を使ってくるんだけど。ちょうどいい、たった今魔獣が他生物を自分の次元へ誘い込んだ。舞の戦いをその目で見てもらおう」
「え?」
りりが何か言う前に景色が一変する。
辺りは緑豊かな山々に囲まれた平原だった。
何が何だかわからないりりが舞へ視線を向けると、昨日と同じように純白の羽が生えている。
「りりさん。自分の背中に意識を集中させて、先ほど私が手を包み込んだ時に感じたようなものが体の奥底に眠っているはずかしら。それを背中に集めるかしら」
舞に声を掛けられたりりはすっと冷静になり言われた通りに、集中すると体の奥底に舞が包み込んでくれた時のような温かさが眠っている。
それを背中へ行くように意識すると、今度はりりからも純白の羽が生えてきた。
「わっ、わ!」
少しバランスを崩し転びそうになるもすぐに立て直す。
「天使の武器は羽から変化させるかしら」
舞が、自分の羽に手を添えると羽が一枚、大きな鎌へと変わる。
「この時変化する武器は自分に一番合ったものになるかしら。そしてこの武器は魔法を使う際の杖の代わりにもなるから、仮に魔獣と戦っているうちに手放してしまったらすぐに新しく羽を武器に変える様に。武器を手に持っていないと魔法が使えないかしら」
そう、教えられているうちに、遠くから奇怪な鳴き声が響いてくる。
「お待たせ、この次元に連れてこられた人は元に戻しておいたよ」
「わっ!いなくなってたのに気づかなかった」
「舞から少しは天使について教わったかい?」
「は、はい」
りりが羽に手を添えると、羽の一部が刀へと変化する。
「わあ、刀か。珍しいね」
「りりさん。今回は見ているだけでいいかしら、シトーのそばを離れないように」
「わ、分かりました」
舞が腰を低くし、臨戦態勢をとると、山の一部が吹き飛んだ。
そこから顔を覗かせたのは、ナマズと蛇と蟻がくっついたような機械と生身がツギハギになっている魔獣だった。
「あんな風に不気味で生理的嫌悪を抱くような歪な体をしているんだ。そして大抵デカいから、その巨体を使ったり、触手を生やして攻撃してくるよ。触手を生やすのが魔獣にとって簡単な魔法だからね」
魔獣がギチギチと不協和音を鳴らしながら動くのを見た瞬間すぐさま舞が仕掛ける。
「
舞の前方から熱風が吹き荒び、魔獣を牽制する。
羽から何本もの鎌を作り出し投擲、風によって加速した鎌は魔獣の体を貫通する。
魔獣が大きな奇声を発しのたうち回るが、四肢を地面に叩きつけると辺りの山々がどろりと溶けて、津波の様に波打ち迫ってくる。
「
迫りくる山の津波を氷漬けにすることで阻止、一気に飛び上がり舞が魔獣へと接近、すぐさま魔獣も対応、背中から無数の機械の管を伸ばし舞へ迫る。
その管を全て切断し、ぐんぐんと近づく舞。
しかし、切断され宙に舞った管がドロリと溶け舞に襲いかかる。さらに、魔獣は波打つ地面を操り、槍の様に隆起させ舞を貫こうとする。
「
しかし、舞の魔法によって鎌の切っ先から巨大な竜巻が現れ、液状になった管も、槍の様に隆起した地面も、果ては魔獣そのものを粉微塵に切り刻み吹き飛ばした。
「す、すごい」
夢中になって戦いを見ていたりりが感嘆の声を上げる。
「舞は天使の中でもトップクラスの実力の持ち主だからね。魔力の大きさ的に今の魔獣も弱くなかった、舞だからこそあそこまで迅速に倒せたのさ。舞くらい強くなれとは言わないけど、頑張ってね」
「は、はい!頑張ります」
「気負わなくていいかしら。今のところ他の街で天使が不足しているようなこともないから、二人で頑張るかしら」
空から舞が降りてくると、徐々に景色が歪みはじめ、気が付くと、廃ビルの中で立っていた。
「ここがさっきの魔獣が異空間を開いていた場所かしら。あとりりさん、とりあえず羽は仕舞っておくかしら。天使の素質がない人には見えないけどどこで誰が見ているかわからないし万が一ということがあるかしら」
「わ、分かりました」
「それと魔獣を倒すと、この様な飴玉が手に入るかしら。これを沢山食べると、天使としての格が上がって天使女王になる事が出来るかしら」
舞は手の平に載っていた飴玉を食べ、嚙み砕いた。
*****
舞のマンションに帰ってくると、りりの魔法の訓練が始まった。
「いいかしら?今手のひらに流しているのが魔力。これを自分の中で循環させると、自然と使える魔法が頭に浮かんでくるかしら」
リビングで二人向かい合い舞がりりの手を包み込んでいる。
りりの体を淡い光が包み込み、徐々に光に輪郭が現れ始める。
徐々に徐々に幾何学的な模様へと変わっていき、気が付くと、りりの手の平に小さな光の雀がが乗っかっていた。
「わ、かわいい」
「これがりりさんの魔法かしら。シトー。わかるかしら?」
「うん、多分これは
「当たりってどういうことですか?」
「天使は固有魔法以外に汎用魔法っていうのが使えるんだけど、この汎用魔法は一天使につき三つまで使えるんだ。それでその初めて使った魔法を見れば使える魔法が三つともわかるんだ。多分、りりが魔獣を倒してさっきの舞みたいに飴をたくさん食べると、
「魔獣の飴を食べるともっと魔法が使えるようになるんですか?」
「うん、天使としての格が上がるからね。だからどんどん、魔獣を退治していこう」
「はい!頑張ります」
「じゃあ。りりさん。その魔法をもっと上手に扱えるようになりましょう。魔獣相手に座って精神統一してなんてやってたら逆に食べられてしまうかしら」
「はい!」
舞に手を引かれ、立ち上がる。
「じゃあ、シトー。よろしくかしら」
「オッケー」
シトーが指を鳴らすと、何もない上下感覚がおかしくなりそうな程に純白の空間に移動する。
「ここは、シトーが作った異空間かしら。まず、私の魔法を見せるかしら。”
鎌を持った舞が魔法を発動させると、りりの周りを温風が巡りその体を押し上げた。
「わ、わわ!」
「これが私の一つ目の魔法。風を操る魔法かしら。まあ操った風はもれなく温風になってしまうけど、次行くかしら。”
舞の羽から、ウグイスが飛び立ち、音波を発生させる。
「これが二つ目に発現した魔法、ウグイスを生み出して音波を発生させることができるかしら。次行くかしら。”
真っ白い空間に大量の氷が生み出され、幾つもの氷の柱がそびえ立つ。
「
その氷の柱を超音波で破壊すると、破壊された氷が魚へと変わり空を泳ぎ回る。
「これが三つ目の魔法かしら。氷を生成することが出来て、その氷を破壊すると魚となって相手を攻撃できるかしら」
温風で浮いていたりりが地面に降ろされる。
「これが私の汎用魔法かしら。りりさんも刀を出して魔法を発動してみるかしら」
「わ、分かりました!」
羽に手を添え刀を出したりりが集中すると、手の平に魔力が集まり雀の形を形成していく。
「で、出来ました」
「うん、いいかしら。これからもっと早く魔法を使えるようになってもらうかしら。それから、シトー!」
「はいは~い」
舞が呼びかけると空中に穴が開き、その中からシトーが現れる。
「シトー。私はまだりりさんの魔法を使う天使を見たことがないかしら。だからあなたが助言してあげるかしら」
「オッケー」
「じゃあ、りりさん。今から模擬戦をするかしら。りりさんはひたすら私の攻撃を避けて魔法を発動させるかしら」
「えっ、えっ?」
「じゃあ、行くかしら」
りりが戸惑っていると目の前に鎌が迫る。
すると、体が勝手に刀を使い鎌を受け流し距離を取る。
「さあ、魔法を使うかしら。魔獣はりりさんの魔法が出来るまで待ってくれないかしら」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
制止の声を上げるも、無視され、鎌による猛攻が続けられる。
「りりちゃん。君の魔法は羽から出すのが正しい使い方だよ。
そうシトーから助言が飛ぶもりりに反応する余裕はない。
必死に命を刈り取られないように逃げ続けるので精一杯だった。
「そうそう、それから君たち天使は天使になった瞬間に似た性質、つまり同じような武器の天使たちの戦闘経験がインストールされるから、舞ともある程度は戦えるはずだよ」
「さあ、りりさん。魔法を発動させるかしら。瞑想せず、いちいち動きを止めず、流れるように魔法を発動できるようになるかしら」
魔法をすぐに発動できるようになれなければ魔獣と戦えないことはりりも分かっている。
しかし、舞の攻撃は全く緩まずむしろ苛烈さを増していく一方で、戦闘経験をインストールされたとはいえ実戦経験の無いりりに魔法を発動させる余裕は無かった。
(な、なんとか、なんとか魔法を発動させなきゃ)
つい先日まで普通の中学生少女だったとは思えない程に鮮やかに刀を振るう。
舞の攻撃も見えるし、朧気ながらも動きを予測することもできる。
しかし、体に心が、精神が、魂がついて行かない。
必死に、必死に羽に魔力を集めるが、舞の攻撃に意識が向いてしまい魔法を発動させる前に集めた魔力が全身へ散ってしまう。
さっきまでは眼を瞑って視覚の情報を遮断することでやっと手の平に魔力を集めていたのだ。羽は手の平よりも魔力を集めやすい気はするがそれでも魔法の発動が難しい。
体が勝手に動き、舞に反撃をする。しかし、その瞬間舞の攻撃速度が増す。
「りりさん。私も命を取るほどの攻撃はしないかしら。攻撃の受け流しは天使のホウン王に任せて魔法の発動に意識を向けるかしら。最初は体の動きを気にせずに魔法を発動させてみるかしら。それが出来る様になってから体の動きを気にしながら魔法を発動できるようになればいいかしら」
舞はそういうがりりはそうはいかない。なんといっても目の前を鋭い鎌が通り過ぎていくのだ。意識しないほうが無理ってものである。
しかし、徐々にではあるが羽へ魔力が集まるようになるが、ぎりぎり発動まで行けない。
少しでも体を止められれば発動できる気がするが、体を止める暇を舞は与えてくれない。
「りりさん。そんなに羽に魔力を集めようとしなくて大丈夫かしら。もともと天使の羽は魔力の塊。だから、その魔力を使って魔法を発動するよう心掛けるかしら。しっかりと先程の雀が自分の羽から出る事を想像するかしら」
「そうだね、発動に足る魔力は集まっているけど気が散っていて想像が足りていないね。頑張れ~」
攻撃は止まらないが舞とシトーから助言が飛んでくる。
「は、はい」
(そ、想像!?それが出来たら苦労しないよぉ、い、いや、それでもやるんだ!魔力は足りてるか・・・。いやもういっその事・・・)
遂に、舞の鎌がりりの羽を切り裂く。
「っ!」
が、切断するまで行かず、羽の途中で鎌が固定される。
咄嗟にりりを蹴り上げようとするが、それよりも早くりりの羽が発光し、無数の雀となって舞を襲う。
「・・・そう、それでいいかしら。ただ、魔力を使いすぎかしら」
一瞬にして雀を全て切り裂いた舞が膝をついたりりに言う。
「はあ、はあ、すみません」
「いえ、まずは使えた事を喜ぶかしら。後は魔力効率を上げていくだけかしら」
「あっははははははは!舞に羽を形成している魔力で魔法を発動しろって言われたのに、逆に全身の力を抜いて羽だけに魔力を集めるとはね。おもしろいねりりは」
「あはははは」
空中で爆笑するシトーにりりは苦笑を返す事しかできなかった
*****
それからどれくらいたっただろうか。
模擬戦からの魔力回復、模擬戦からの魔力回復を幾度も繰り返した。
「そう、いいかしら。その調子で行くかしら」
「はあ、はあ、はい!」
刀と鎌が討ち合う音が鳴り響き、りりの羽が雀へと変化し舞へ攻撃している。
「
片翼が全て雀へと変化し、舞へ向けて飛翔する。
さらに、片翼を失うことで強制的に体勢を変え、目の前に迫っていた鎌を避ける。
しかし、雀を全て切り裂いた舞の鎌の刃が目の前に迫るがギリギリのところで刀で弾く。
「その技はもっと一匹一匹の魔力量を絞って数を増やすかしら。りりさんの魔法は手数で押した方が強いかしら。さっき編み出したその魔法の応用は蒼の方はもっと魔力を絞っていいかしら。逆に赫の方はもっと魔力をこめていいかしら」
「はい!」
何合か打ちあったところで舞によって両羽を切断され鎌の刃がりりの目の前に迫るがその刃はりりを裂くことはなかった。
「ここまでにするかしら。よく頑張ったかしら」
「はあ、はあ、ありがとうございました・・・」
「いやあ、すごいよりり。幾ら戦闘経験がインストールされているからと言え、あそこまで舞に食らいつく娘はなかなかいないよ」
「いやあ、あははは。なんていうか、蹴られてもあまり痛くなかったですし、舞さんは魔法使わなかったので」
「シトーの助けを得ずに痛みを遮断できるならりりさんは相当な天使の素質を持っているかしら」
「そ、そうなんですか?」
「うん。君ほど天使の素質にあふれた娘はなかなかいないね。いずれ舞以上の天使になれるよ」
「そ、そういわれると、なんだか照れちゃいますね」
和やかに話していると、シトーが急に明後日の方向を向いた。
「りり、実践行ってみようか?」
「え?」
シトーが指を鳴らすと視界が切り替わり、りりの通っている学校の屋上へと転移していた。
(もう夜だったんだ)
時間の感覚が無くなっていたりりは自分が五時間近く舞と戦っていたことに驚く。
「りりさん、今回の魔獣は私が危険と判断するまでは手を出さないかしら。一人で狩ってみるかしら」
「え!一人でですか!?」
「ええ、天使になって次の日に狩るというのも早い気もしますが先程の戦闘でもうりりさんなら一人で狩れる実力があると判断したかしら。それにいざとなったら私も助けるかしら」
「わ、分かりました。頑張ります!」
「期待しているかしら。それに早く飴を沢山食べて、天使としての格を上げてほしいかしら。その分死んでしまう確率が減るのだから」
「よし、じゃあ行くよ」
シトーが指を鳴らすと、地面の無い夜空が広がる上空世界へと転移した。
巨大な満月に、赤く広がる星空、そしてカーテンの様に揺らめく青白いオーロラが広がっていたが、その光景は幻想的というより不気味と感じる様なものだった。
すぐに舞とりりは羽を出し、落下を防ぐ。
辺り一帯視線を遮るものが何もないにもかかわらず魔獣が見えないことに戸惑うりりであったが、ふと夜空を見上げると、巨大な満月に見えた物が眼であることに気づく。
月の眼がギョロリとりりへ視線を合わせると、青白く光り光線がりりへと照射される。
あまりの速さに動けないでいたりりだったが横から飛んできた鎌が弾き返したおかげでその命が散ることはなかった。
「さあ、りりさん。ここからは一人で頑張ってみるかしら」
「はい!」
羽を広げ、月へ向かい飛翔すると月の眼が今度は赤く光る。
すると天に広がる星々を起点に触手が伸びてくる。
その触手を刀ですべて切り裂き、月へ向けてぐんぐん速度を上げて飛翔する。
月の眼が紫色に光ると、触手だけでなく光線もりりへと襲い掛かる。
二度も同じ失敗はしないとばかりに、光線をよけ、触手の数を減らしていく。
りりが、魔法の射程距離に月の眼を捕えた時、そのあまりの巨大さに驚愕する。
しかし、思考が戦闘状態へと切り替わっているため今度は足を止めず、直径がりり百人分はありそうに思える巨大な眼へ向けて魔法を放つ。
「赫・
数百匹の真赫な雀が月の眼へと飛翔するが、光線によって薙ぎ払われ全て爆発し消滅してしまう。
すぐに戦法を切り替え、光線が途切れた隙に刀で斬るがその巨大な眼に対してどこまで有効であるか疑問符が浮かぶ一撃だった。
光り出した眼からすぐに距離を取り、触手と光線を避ける。
(だいたい、五秒間隔で眼が光る。五秒だと赫雀じゃ遅すぎて到達する前に光線に当たって爆発しちゃうし、蒼雀じゃそこまで有効じゃ・・・いや、もっと沢山生み出せば蒼雀でも行けるかも)
過去の天使たちの経験の結晶が、りりへ冷静な思考を強制し体を動かす。
(最大の数で行こう)
光線がが途切れた瞬間、触手を無視して魔法を放つ。
「蒼・
りりを空中へと留めていた羽が全て真蒼な雀へと変わり、眼へと襲い掛かる。
先程の赫い雀よりも遥かに高速で飛行した蒼い雀は眼にぶつかった瞬間増殖する。
ぶつかり砕けた破片が再び蒼い雀へと変化しさらにぶつかる、そうして砕けた破片が再び雀へと変化、これを繰り返し、眼の中へと侵入した雀は月の眼の中で暴れまわる。
失った羽をすぐに再構成したりりが見たのは体内から今までとは比べ物にならないほどに凄まじい光を放つ月の眼だった。
夜空は昼間のような青空へと変わり、空間にひびが入り月の眼は消滅した。
魔獣の消滅と共に異空間も消失し、りりたちは学校の屋上へと立っていた。
「いやあ、すごかったね!はじめての実践とは思えなかったよ!」
「ええ、期待以上だったかしら。よく頑張ったかしら」
「えへへへへ」
照れるりりの手のひらには飴玉が乗っていた。
「それを食べると、天使としての格が上がっていくかしら。はっきり言ってあんまりおいしくないから噛み砕くのを推奨するかしら」
「え、おいしくないんですか?」
「ええ、カレーみたいな味がしておいしくないかしら」
「それって、舞さんがカレー苦手なだけなんじゃ・・・」
「ノーコメントかしら」
りりが恐る恐る飴を口に含み噛み砕いた。
「あ、確かにカレーみたいな味ですね」
*****
飴を食べた後は家族にばれないようにりりは自室まで転送してもらおうとしたところで重大なことに気が付く。
「あっ!学校から直接舞さんの家に行っちゃったからママたち心配してるかも・・・。どうしよう、こんな遅くまで外にいてなんて説明すればいいんだろう」
「ああ、そこは安心して、今回は僕がちょちょっと記憶を書き換えとくから。まあ今度からはりりには夜出てきてもらおうかな。毎回記憶を書き換えるっていうのも大変だし」
「シトー、そんなことができるの?よかった。雷が落ちるところだったよ」
「じゃあ今日は解散にするかしら。明日からは家族が寝静まった後に今日りりさんとシトーが待ち合わせた場所に来てほしいかしら」
「分かりました。今日はありがとうございました」
「ふふ、こちらこそかしら。また明日からよろしくかしら」
「じゃあ、また明日!」
舞が笑顔で手を振り、シトーが指を鳴らすとりりの視界が切り替わり自室へと転移したことが分かった。
(あ、バック忘れたと思ったけど送ってくれてる。う~んお風呂どうしようかな、汗かいてる感じはしないけどもう遅いし明日にしようかな)
舞の部屋に置いてきていたバックも一緒に転移していることを確認し、制服からパジャマへと着替えすぐにベットへ入る。
文字通り激動の一日だった。
昨日、魔獣に襲われ次に日にはその魔獣を退治しているのだから、普通の中学生では絶対に体験しないことだろう。
しかし、自分がなんだか特別になれた気がして、今だけは誰かの役に立てている気がして、とてもうれしい。
そんな気持ちを抱いて急激に襲ってきた睡魔に抗うことなくりりは意識を手放した。
*****
「おっはよー!りり!」
「おはよう、あめ」
いつもと同じ場所であめと待ち合わせをして学校へ向かう。
昨日夜遅くまで起きていたにもかかわらず、不思議とりりに眠気は無かった。
「あ、そうだ。あめ昨日言ってたベア子見つかった?」
「あ~。それが全然見つからないの!もうベア子が無いせいで寝不足だよ~」
「あめ、環境が変わるとすぐ眠れなくなっちゃうもんね」
「お母さんも探してくれたんだけど全然見つからなくてさ。間違って捨てちゃったのかと思ったけど、そこまで大きな掃除した覚えもないし、流石に捨てないと思うし。今日の朝もやけにお腹空いたし。最近不幸だわ~」
「寝ぼけてトイレとかに持ってちゃったんじゃないの?」
「・・・ありえる。家に帰ったらトイレも探してみるか。あっ、そうだ。りり今日お弁当?」
「いや、ママもパパも仕事だから今日は購買だよ」
「じゃあ、ちょうどよかった。お母さんが熱中症を助けてくれたお礼にってランチ券持たせてくれたの。今日一緒にどう?」
「わっ!いいの?」
「いいの。いいの。お礼だから。じゃあ、朝食堂に行って注文だけして行っちゃおうか!昼休みは屋上で食べよう!」
「いいね!じゃあ、急がないと!」
他愛もない話をしながら二人は学校へ向けて走っていく。
*****
”ソレ”はまたしても突然訪れる。
学校の屋上でお昼を食べていたあめとりりだったが、二人の視界が突如歪んだ。
「な、なに?今の」
あめから疑問の声が浮かぶ。
視界が揺らぐ中、まず最初に甘い甘い香りが鼻に入り、手足には柔らかな感触を得る。
視界が正常になると二人は気づく、辺り一面お菓子に囲まれた甘い世界にいると。
「な、なにここ。これお菓子?」
あめが足元のスポンジや生クリームを触っている横でりりはすぐに臨戦態勢をとる。
一昨日に一度、昨日二度体験した、魔獣の異空間と同じ感触がしたからだ。
「え、りり、その羽・・・」
あめが全てを言い切る前に、りりが全速力であめを抱え飛び立つ。
すると、地面から大穴が現れ、地面が無くなる。
否、大穴に見えたものは魔獣の口であった。
フウセンウナギのように裂けた口と細長い体をベースにカマキリの鎌とセミの羽をくっつけたような魔獣が現れる。
その口はまるで谷のように深く大きく裂け、体は鯨を何体も並べたように大きく、鎌は触れただけで切れてしまいそうなほどに鋭利だった。
「きゃああ!何あれ何あれ!キモすぎ!ってりりのその羽もなによそれ」
「ご、ごめんねあめちゃん。後でちゃんと説明するから」
「kyurararareruarurajshfiaughnjsfghaipfjshadjhfbvsdiakf」
「うわあ、鳴き声もキモすぎ・・・」
魔獣が羽をはばたかせ襲い掛かってくる。
「
昨日、魔獣のあめを食べたことで開花した魔法を放ち応戦する。
お菓子の地面から桜の木が生え、魔獣に突き刺さるが、すぐさま魔獣は鎌を使いそれを切断する。
その間に、りりはあめを桜の花弁で作られた籠に入れる。
「あめちゃん。ここで少し待ってて。すぐ戻ってくるから」
「え?ちょっと!りりどういうこと!?」
「赫・
魔獣が自らの腕を増やし合計十二本六対の鎌でりりへ攻撃してくる。
それをりりは自らの羽を全て真赫な雀へと変換し応戦、地面から伸びる桜の木の幹を足場に魔獣の攻撃を避ける。
真赫な雀が鎌へ着弾すると爆発し、魔獣を怯ませる。
桜の木の幹を足場にまるで踊る様に魔獣の鎌を避け、爆発の閃光によって舞台の様に戦いが彩られていく。
「桜始開!雀始巣!!」
桜の木の幹がまるで蜘蛛の巣の様に異空間に張り巡らされ魔力消費の少ない無色の雀が魔獣を襲う。
しかし、魔獣もやられてばかりではなくその鋭い鎌で幹を切り裂き、雀を両断する。
(あの鎌が邪魔だな)
刹那の思考。
歴代の天使が積み重ねてきた経験がりりへ冷静な思考を促し、判断を補助する。
羽から何本も刀を生み出し、それを木の幹を使い操り魔獣の鎌を切断する。
「kyuruaijshfbaiouwshjcbeuofikchjndsghuosifkajnjashfiewohfyurghvbgos!!!!!!!」
十二本あったすべての腕がお菓子の地面へ落ち、その重さに耐えきれず沈み飲み込まれていく。
「kyuaigdhjgsaugfhjahgjdsklfiuegbhdjaliofuehjwksoihfwe!!!!!!!!!」
全ての腕を失った魔獣がその体を痙攣させ、咆哮で大気を震わす。
そして、もともとりりの何十倍もあった体がさらに大きくなり、セミのような羽をはばたかせ天に上る。
さらに、フウセンウナギのような口をさらに広げると、まるで夜が落ちてくるかと錯覚するほどの闇が広がる口がりりの頭上へ落ちてくる。
「
メリメリと音が鳴り、地面から巨樹が生み出され、魔獣を貫く。
魔獣を貫いて尚成長を続けた桜の木が花開き、花弁でもって魔獣の肉体を粉微塵に破壊した。
「はあ、はあ、思ったより魔力を使っちゃった。・・・あめちゃん大丈夫?」
魔獣が消えたのを確認し、あめの下へ行く。
「りり~。何今の~。怖かったああああああああ!りりに急に羽生えるし、よくわからない化け物圧倒するしで理解追いつかないし」
「あはははは、ごめんね。後で説明するから」
りりが魔法を解除し、木の籠からあめを開放し地面へ降りる。
ここでりりは異変に気付くべきだった。
しかし、今のりりはあめに見られてしまった言い訳をどうするか、それで頭がいっぱいだった。
故に気付くのに遅れた。
魔獣がいなくなったのにもかかわらず異空間が無くならないという異変に。
「・・・おいしそうな娘がいるね」
天から降ってきた少女への反応が遅れる。
あめを抱えていたりりは刀を抜くこともできなかった。
刀が抜けないということは魔法も使えないということ、咄嗟に羽で防ぐが少女の手から発せられた雷によって羽を貫通し肩まで貫かれる。
「・・・いただきます」
「
少女の手があめへ触れる瞬間、暴風が少女を吹き飛ばす。
「・・・残念。もう少し早く来ればよかったな」
吹き飛ばされるもすぐに体勢を立て直し宙へ浮く謎の少女。
風の来た方向を見ると舞とシトーがいた。
「りりさん、大丈夫かしら?」
「は、はい。舞さんのおかげで」
「そう、良かったかしら。
氷塊が生み出され少女へ襲い掛かる。
「
少女が雷によって氷を砕くが砕かれた氷が魚となって少女へ食らいつく。
が、魚が食らいつくとすぐに血を吹き出し死んでいく。
「・・・今日は引きますか。
全ての魚が死んだあと、地面から桜の巨樹が生え、桜の花弁によって視界が遮られる。
「
舞が花弁を全て散らすと、そこに少女の姿は無くすぐさま異空間が消え、元の世界へ戻っていた。
「逃げられたかしら。りりさん。羽は仕舞っておきましょう」
「は、はい」
学校の屋上へと戻ってきたりりへ舞が羽を仕舞うよう促す。
「あ、あの今のなんですか!りりに何したんですか!?」
あめが、舞とりりの間に割り込み問いかける。
自分の幼馴染が、親友が、何かされたと思ったからだ。
今まであんな怪物と戦うような子ではなかった。
普通の中学生として共に青春を謳歌していた友達が変わってしまったとしたら同じような力を持っていた人たちが原因だと当たりをつけたから、これ以上危険なことへ巻き込んでほしくないと思ったから、自然と体が動きりりを庇うような立ち位置へとあめは動いていた。
「シトー。どうかしら?」
「うん、この子は
「ちょっと!りりに何したか聞いてんですよ!」
自分に理解できない様に話す二人へ語気を強めて再び問いかける。
「ああ、ごめんごめん。りりには天使になってもらったのさ」
「て、天使?」
「シトー、それ言っていいの?」
シトーの返答に戸惑うあめと天使であることを隠した方がいいと言っていたシトーがあめに言ってしまった事に驚くりり。
「ああ、この子は天使になった方がいいからね。まあ、決断はこの子に任せるけど。じゃあ、君にりりがどうして天使になったのか教えてあげよう!」
「え!ちょ、言わなくていいよ!」
シトーがあめの頭に手を乗せる。
そして、それを阻止しようとりりが駆け寄るが時すでに遅し、シトーの手が光り出しあめに記憶が流れ込む。
「え、あ、な、なにこれ。え、え、りり、え」
シトーたちが魔獣からりりとあめを助け、りりがあめの命を助けるために天使になったというシ
トーの記憶があめの頭に入ってくる。
突然の莫大な情報の奔流に戸惑い驚くあめだったが、何より驚いたのがりりが自分のために天使になったということと、天使というものが実在するということ。
シトーが手を離すとあめがへたり込む。
「りり、あたしのために天使になってくれたの?」
涙を浮かべながら、あめがりりに問う。
それに対し、まるで悪戯がばれた子供のような表情でりりが肯定する。
「う、うん。あの時はそれしかわたしは思いつかなかったから」
「もう、なんでりりがそんな表情するのよ、あたしを助けてくれたんでしょ?それよりもあたしはあたしの所為で危険なことさせてるなんて・・・。ごめんね、りり」
「そんな!わたしは平気だよ!わたしは・・・あめちゃんがいなくなっちゃう事の方が辛いもん」
りりを危険な目に合わせているという罪悪感を持つあめだったが、りりがその罪悪感を否定する。
すると、まるで力が抜けたようにあめが倒れる。
「あめちゃん!」
「おっと、一気に記憶を見せすぎたかな?ただの気絶だからしばらくすればすぐ起きるよ」
「とりあえずあめさんは保健室へ連れていくかしら。りりさんはもうすぐ授業が始まるから教室へ行った方がいいかしら」
舞があめを抱き上げ屋上から出ていく。
「じゃありり。今日は夜に出てきてね。りりは天使の素質が高いから僕のサポートが無くても多分眠気を遮断できると思う。まあ来なかったら迎えに行くから、寝てもいいけどね。じゃあ僕は行くね。あんまり学校に部外者がいるのも良くないだろうし」
そう言いシトーが屋上から姿を消す。
屋上にはただただ友達に罪悪感を背負わせてしまったことへの罪悪感を持った少女が一人立ち尽くすだけだった。
*****
「すみません。三年一組の咲風舞です。一年四組の成姫あめさんが倒れてしまったので保健室へ連れてきました」
保健室へ入ると、養護教諭が座っているべきイスに立て札が立ててあった。
『職員室にいます。急用であればベルを鳴らしてください』
「あら、これは好都合かしら。シトー」
辺りに人がいないことを確認すると舞が誰も居ない所へ呼びかける。
「はいはーい。おっと先生いなかったんだ。これは好都合」
すると、シトーが転移してくる。
「じゃあ、私も授業に出てくるかしら」
舞はあめをベットに寝かせると教室へ戻って行く
「オッケー。じゃあ僕もやるべきことをやりますか」
シトーが手をかざす。
「起きた?」
「・・・ここは?」
「保健室のベットさ。舞が君を運んでくれたのさ。で、僕が起こしたってわけ」
「・・・りりはどこですか?」
眠気眼であめが問いかける。
「りりは授業へ行ってるはずだよ。もう授業の時間だからね」
「はっ!授業!というよりもりりに謝らなきゃ!あんな言い方したら絶対良くない」
ベットから飛び出そうとするあめをシトーが抑える。
「おっとっと。待って待って、君には話しておかなきゃいけないことがあるんだ」
「え?あたしにですか?」
「そうそう。君にも天使になってもらいたいと思ってね」
「あたしが天使に?」
突然の提案にベットから降りようとする体制で固まるあめ。
「そう、君は
「それとあたしが天使になる事とどう関係するんですか」
「まあ、早い
「・・・はい。よくお腹がすくようになりました」
「そう、それは生命エネルギーを普通より多く外に出してしまっているんだ。それによって魔獣が誘われる。だから、君が天使になって戦う力を得たほうがいいということさ」
「話は分かりました。じゃあ、貴方が見せた記憶通りなら私も願い事を叶えられるということですね」
「え。ああもちろんだけど・・・」
あめの表情が笑顔に歪み、シトーがたじろいだ。
「じゃあ、あたし天使になります。さあ、あたしの願いを叶えて?」
「い、いやそれは資質次第だからどうかな~。なんて、ははは」
(りりのまえと随分キャラが違うな~ははははは)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
「その願いは資質に見合わないため却下される。別の願いを言え」
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
*****
日が暮れ夜も更けた頃、りりが一人マンションを飛び出す。
待ち合わせ場所へ行くとシトーが立っている。
「お待たせしました!」
「いやいや、全然待ってないよ。じゃあ行こうか」
シトーが指を鳴らし、二人は舞の家へ転移する。
「お邪魔します!」
「いらっしゃいかしら」
「お先~」
「え、えええええええええええええええええ!何であめちゃんがいるの!?」
りりが部屋に入ると、テーブルに座る舞とその前にあめが座っていた。
舞の家にあめがいると考えていなかったりりは大いに驚く。
「いや~。あたしも天使になったんだよね!これからよろしく! りり」
「え、あめちゃんも!?な、なんで!?」
「それについては僕から説明しよう」
後から入ってきたシトーがりりの背を押し、あめの隣のイスに座らせる。
その後、舞の隣のイスに座ると話し始めた。
「りりは昨日あった白髪の少女を覚えているかい?」
「あの魔獣を倒した後に現れたあの娘?」
「そう、彼女は魔王の一人なのさ」
魔王、その言葉を聞いてもりりはあまりピンと来ていなかった。
魔獣と同じ魔を冠する王であるから、それに連なる存在であるということはすぐに連想されるが、不覚を取り寸前まで詰められたにしても昨日の少女があまり脅威に思えなかったからだ。
「魔王って何でしたっけ?教えてもらいましたっけ?」
「いや、ほんとはもう少し魔獣退治に慣れてから教えようと思ってたんだけどね。そうも言ってられなくなったから」
その後、シトーが話した内容は、魔獣を生み出す天使と対になる存在”魔人”。
しかしその魔人は現在、存在しない。理由は天使に殲滅されてしまったからだ。
しかし、魔人の上位存在である魔王は全て倒し切る事が出来ていない。だから、今もまだ魔獣が存在し、天使が戦わなくてはいけない。
「で、昨日の少女がその魔王の一角ってわけで、その魔王に狙われるようになってしまったあめちゃんが人間のままだとすぐ食べられてしまうんじゃないかと危惧した僕はあめちゃんに天使にならないか提案したわけさ」
「その提案をあたしが受けたってわけ。今日からよろしくねりり!」
「そっか!じゃあ、よろしくね!あめちゃんが一緒に戦ってくれるならわたしも心強いよ!」
「もう、心強いってあたしまだ一度も戦ったことないけど?」
「わたしの精神的にってこと!」
命の恩人とはいえ出会って間もないシトーと舞は、りりにとってまだ気の置けない関係とは言えないものだった。
無論、今後仲良くなっていこうとは思っていたが、そこにあめが来てくれたおかげでりりの精神的な負担はかなり軽減された。
「じゃあ、今日は二人とも私がきっちり鍛えてあげるかしら。シトー、魔獣が現れたら教えてね」
「オッケー。じゃあ僕はここに居るから、行ってらっしゃい。二人とも頑張ってね」
シトーが指を鳴らすと機能と同じように、上下感覚が分からなくなりそうなほどに純白の世界へ移動する。
「わっ、ここは?」
「ここはシトーが作り出してくれた異空間だよ。わたしは昨日もここで舞さんに魔法の使い方とか教わったの」
「じゃあ、まずあめさんは魔力を認知することから始めるかしら。・・・といっても私がやれば十秒もかからず終わるものだけど、りりさんがやってみるかしら」
この他人に魔力を認知させるという行為はかなり難易度が高い行為だ。天使の体は基本的に自分以外の魔力を体内に入れないように無意識下でガードしてしまうからだ。
故にガードされないように魔力を流さなくてはならないのだが、相手の体質に合わせて魔力を変化させることは非常に高度な技術が必要となってくる。
しかし、そんな事を露とも知らないりりは、元気よく返事をする。
「はい!わかりました」
りりがあめの手を取り魔力を流し始める。
「行くよ?あめちゃん」
「うん、よろしくりり」
りりとあめの繋いだ手がどんどん発光していく。しかし、発光していくだけであめにはまったくもって魔力というものは感じられない。
「?りり、もう魔力ってやつ流してるの?何も感じないけど」
「え!嘘、ちょっと待ってね。すぐに感じられるようになるから」
五分が経つ。りりとあめの繋いだ手は眼を開けてられないほどに眩しくなってきている。
「りり?大分眩しいんだけどまだかかる感じ?」
「もうちょっとまって。あとちょっとだと思うから」
「りりさん?魔力を高めるだけでは駄目かしら。あめさんの体に馴染む様に魔力を伝えなければ今みたいに光になって消えていくだけかしら」
どこから出したのか、サングラスをかけた舞がりりにアドバイスをする。
りりはアドバイスを聞いてあめの体に馴染む魔力にしようと四苦八苦するがただただ光が強まるだけだった。
(もうちょっとのはずなんだけど、あめちゃんの体へ魔力を通そうとするときに感じる壁をもう少しで開けられそうなのに!)
(・・・こんなに時間がかかるものだったかしら?難しい技術だけどここまで魔力が発光しているなら力ずくで体の中を通っていきそうなものかしら。というか、りりさんは歴代トップレベルで魔力多いかしら)
(まいさんのサングラスいいなあ。あたしも欲しい。眼が焼けそうだよ)
三人が別々の事を考えていると、空間に穴が開きシトーの声だけが聞こえてくる。
「伝え忘れてたけどあめは願いを叶えずに天使になったから魔法は使えないよ。だから魔力通しは舞がやってあげてね。あめはちゃんとした願いが見つかったら教えてね。本契約をして魔法が使えるようになるから」
空間の暗い穴が消えると舞が声をかける。
「あめさんちょっと手を失礼するかしら」
舞があめの手を取り魔力を流すと、すんなりとあめは魔力を認知する。
「あ、なんか冷たいものが流れてきました」
「それが魔力かしら」
その光景を見たりりはただただ、光量を強くすることしかできなかった。
*****
自分と舞の力量差を見せつけられ若干凹んでいるりり。
「舞さんどうやってやったんですか!?わたしはあんなに時間かけてたのに・・・」
「今回は私のミスかしら。シトーがあめさんにロックを掛けていて私以外の天使が魔力を流しても魔力が通らないようになっていたかしら。実際、あそこまで光輝くほどの魔力を流せば誰でも魔力の認知が出来るかしら。ごめんなさいね」
シトーが魔力を通すのをするのは舞だろうと思い込み、あめに危険が及ばないように漏れ出した生命エネルギーと共に魔力の出入口もロックしていた。だから、普通であれば舞以外に誰も魔力を流せるはずがないのだ。
舞が頭を下げ、謝罪するとりりが慌てる。
「い、いえいえ、そんな頭まで下げなくて大丈夫ですよ。ただ、もう少しであめちゃんに魔力が通りそうだと思ったんですがどうしてもその少しが遠くて・・・」
「今回に関しては本当に仕方ないかしら。むしろもう少しで魔力が通りそうになるということがすごいかしら。誇っていいかしら」
「あ、ありがとうございます」
少し照れながらも褒められ嬉しく思うりり。
成功体験があまり多くなかったりりにとっては褒められるということは精神的にかなり支えられることだった。
「そうだ、私はあめさんが願いを叶えていない事が気になるかしら。どういう事かしら?」
「あ、それはわたしも気になってた。あめちゃん願い事叶えてもらえなかったの?」
「いやあ、それがあたしの願い事はあたしの素質では叶えられないって言われちゃってさ。でも、魔王に狙われてるから天使化しないのも危ないっていうんでシトーが特例で天使にしてくれたんですよ」
「なるほど、それでさっき魔法が使えないって言ってたかしら。まあ、でも魔法が使えなくても戦い方はあるかしら。りりさんもあめさんも武器を使った戦闘の技術を上げていくかしら」
そういい、舞とりりとあめの三人による訓練が始まる。
「あめさんはまず羽を出すかしら。さっき私が手の平から流した感触が体の奥に眠っているかしら。それを背中に来るようにイメージするかしら」
「はい」
あめが眼を瞑り集中する。すると、一分ほどで舞の背中から純白の羽が生えてくる。
「手を添えれば羽が一枚武器に代わるかしら。その武器に代わる感覚を掴めば自分で羽をコントロールできるから覚えておくかしら」
「わかりました」
あめが自分の羽に手を添えると羽が一枚あめの背丈を超えるほどの大剣二本に変化する。
「おっとっと」
思わずよろけるが、地面に刃を突き刺し天使に進化したことで得た膂力によってしっかりと支える。
「わあ、おっきいねえ。しかも二本も出てきたよ」
「双剣、しかも大剣の双剣は見たことないかしら。りりさんの刀も珍しいけれどあめさんは別格ね」
「あめちゃん、それ持てるの?」
「う、う〜ん。どうだろう。自信は無いなあ。だってあたしの二倍くらいない?この剣」
「まあ、持ってみるかしら」
舞に勧められ「よっ!」という声と共にとりあえず一本だけ両手を使って持つ。
すると、案外持てそうだったのか片手に持ち替えもう一本の大剣も地面から引き抜き構える
「案外行けそうですね。よっ!ほっ!」
二本の大剣を軽々と振り回し、剣舞を魅せるかのように華麗に動き回る。
「剣舞を舞えるってことは昔にこの大剣を使えるような天使がいたってことですね。良かったねあめちゃん!」
「うん!一から特訓するってなってたら何年かかったか分かんないよ!」
剣舞を舞いながらも会話ができるほどに余裕のあるあめ。そんな才能あふれる後輩たちの
姿を見て舞は頬が綻ぶ。
しかし、だからといって訓練が易しくなるわけではない。羽を鎌に変化させ、二人に「いくかしら」と一言伝えると超速で襲い掛かる。
突然の攻撃に驚く二人だったが、りりは驚きを天使の技能によって沈静化させ冷静に刀で受け流し、あめは剣舞の流れで鎌を力任せに弾き、二人はバックステップで距離を稼ぐ。
「さあ、どんどん行くかしら。りりさんは魔法も使っていいかしら」
そういわれたりりは昨日のフウセンウナギのような魔獣の飴を食べたことで獲得した魔法を使う。
「
舞に幾つもの落雷が襲い掛かる。しかし舞はその全てを回避した。
かと思いきや雷が直角に軌道を変えて舞を襲う。突然の軌道変更に驚く舞だったがそれを鎌を投擲することで相殺。いっきにりりとあめの二人へ詰め寄る。
(まさか、もう全て魔法を解放しているとは、末恐ろしいほどの才能かしら)
天使が魔法を三つ覚えるために食べるあめの平均的な数は四十七個だ。
もちろん才能に差があるため百個食べても二つしか覚えられない者もいる。故に舞はりりの才能に驚愕し・・・その上で嬉しさも感じた。
魔法が早い段階で覚えられたということは天使の才能が溢れているということ。天使の才能が溢れているということは魔獣相手に死ぬ確率が減るということ。
何人も何十人も、いや何百人も天使を看取ってきた舞からするととてもうれしいことだった。
天使の素質は多少伝播する。もちろん普通であれば微々たるものだが、あめとりりの二人の様にずっと一緒に過ごしてきた場合りりの素質がかなりあめに伝播しているだろう。
だから、天使になって九年、一番の才能を持ったりりとその親友あめに期待する。
(だから、死なせたくないかしら)
「さあ、どんどん行くかしら。二対一なんだから私に勝って見せるかしら」
「「ひいいいぃぃぃぃぃ」」
「舞さん!あたしまだ天使になって初日です!」
「初日でこれなら才能あるかしら。もっと厳しくするかしら!!」
「火油だったね」
「さあ、りりさん距離を取って時間を稼ごうとするんじゃないかしら。これは訓練!!休憩する暇があれば戦って持久力を身に着けるかしら。大丈夫、天使なら人間の体と違って魔力を高めれば回復も速いかしら!」
二人と戦いながらも息一つ切らさない舞。何より恐ろしいのが汎用魔法、固有魔法含めすべての魔法を一切使っていないという事。
「
樹を伸ばし空中に足場を作り、舞に向けて落雷を落とす。その落雷は桜の花弁に火をつけ疑似的な火の魔法を扱う。
そうしてりりは樹を用いた立体移動を駆使し、魔法で攻撃する。
あめは巨大な双大剣を嵐のように振り回し舞に痛恨の一撃を加えようとする。
しかし、りりの疑似的な火の魔法は魔法を用いずに羽を使って風を起こし散らし、桜の樹槍も、操作され追尾してくる雷も鎌で相殺する。
そして、あめの嵐のような乱舞も全て受け流し、通学路を歩くように接近する。
「くっ!舞さんやばすぎ!」
幾らあめが攻撃の速度を上げようと舞は平然と往なし続ける
「あめさん、攻撃が単調かしら。もっと絡め手を使ってもいいかしら」
じりじりと下がっていたあめに一瞬で近づき蹴り飛ばす。
「ぐっ!」
「りりさんは桜の花弁に雷で火をつけるという発想はいいですが生かし切れてないかしら。もっと、花弁も操って火の檻を作るとか、樹木の槍だけじゃなく拘束に使うとかできることはたくさんあるかしら」
あめが吹き飛んだ瞬間、りりの目の前に舞が現れあめと同じ方向へ蹴とばされる。
「今日明日、すぐに私に勝てとは言わないかしら。でもせめて魔法を使わせるくらいはできるようになるかしら」
舞の言葉への返事は言葉ではなく行動で示された。
高速で舞へ向かって伸びる樹の上を走りあめが接近する。大剣を振り下ろし純白の地面が破壊される。
破壊され宙を舞う地面の破片から樹が生え舞へ桜の樹槍が襲い掛かる。それを瓦礫とあめを同時に処理しようとした瞬間雷によって桜の樹槍が発火、舞は距離を取ろうとするが背後から赫い雀が飛来する。
前方からは燃え盛る桜の樹槍と双大剣を振り回すあめ、背後からは着弾地点で爆発する雀。
りりもあめも確信する。一撃を入れられる、もしくは魔法を使わざる負えないだろうと
しかし舞はそれらすべてを切り捨てた。
いつの間に出したのか両手に構えた鎌によって雀は爆発ごと切り裂かれ、桜の樹槍は粉末へと変化し、炎ごと羽から起こされた風で吹き飛ばされる。
唯一あめの双大剣が舞の鎌と剣戟を繰り広げていた。
女子中学生が行うとは思えない程の剣戟が繰り広げられ、舞とあめの鎌と双大剣が打ち合うたびに地面が割れる。
その割れた地面から雷が舞を襲う。
「
その雷を回避するが、それを逃すあめではなく舞の隙へ双大剣が吸い込まれる。
また、背後からもいつの間に回り込んだのかりりの刀が舞へ迫る。
さらに、回避した雷が軌道を変え再び舞へ襲い掛かる。
が、雷は羽で、りりの刀とあめの双大剣は巨大化した鎌で防がれる。
「この武器も私たちの魔力で出来てるかしら。だから、鍛えればサイズも多少は変えられるかしら」
せめぎ合う三人だったが、りりとあめは完全に息が上がってしまっていた。
一方舞は余裕の表情で二人と渡り合う。
「いったん休憩にするかしら」
その一言と共に二人はあしらわれ、掛けていた力は行き場を失い二人して前方へ転がる。
「息が整ってりりさんの魔力が回復するまで待つかしら」
「「あ、ありがとうございます・・・」」
大の字で転がる二人の横に氷のイスを作り出し座る舞。
「座るかしら?」
「ぬ、濡れないんですか?」
りりが真っ当な問いをするが、舞が座っている時点で答えは推して知るべしだろう。
「濡れないかしら。濡らすこともできるけど魔法で創り出した氷だから普通の氷とは違うかしら」
「「す、座ります」」
重なった二人の声が純白の空間に響いた。
*****
「舞さんはシトーにどんな願いを叶えてもらったんですか?」
五度目の休憩の時にりりが舞に天使になった際の願いを聞いた。
「あっ!あたしも気になります。まだ願い叶えれてないんで参考までに!」
「ふふ、そんな大した願いじゃないかしら。ただ自分自身のためだけの願いかしら」
イスに座り紅茶を飲みながらほほ笑みりりの質問に答える。
「私はりりさんみたいに他の人のために願う事が出来無かったかしら。まっ!具体的な願いは恥ずかしいから言わないかしら。あめさんの願いは自分自身で見つけるかしら。人間と天使は不可逆。それこそ誰かの願いでもない限り人間には戻れないかしら。参考を聞くのもいいけれど最後の最後は自分自身で決めなければ辛くなった時に誰かの所為にしてしまうかもしれないかしら」
「は~い!じゃあ、舞さんは何年くらい天使やってるんですか?」
優しく諭されたあめは素直に言うことを聞き、別のことを質問した。
「大体九年くらいかしら。確か天使になったのが五歳の誕生日だったから」
その言葉に驚く二人。
「きゅ、九年もやってるんですか!?」
「舞さんまだ十四歳なんですか!?あたし達の一個上・・・」
「ええ、そうかしら。早生まれだからもう中学三年生だけれど。りりさんとあめさんの先輩かしら」
舞の大人な雰囲気にまだ中学生だったことにまず二人は驚いた。
「舞さんまだ中学生だったんですね・・・。わたしもっと大人だと思ってました」
「昨日、学校にいたじゃない。生徒じゃなかったら追い出されてるかしら」
「た、確かに・・・」
「さ、もう十分休憩したかしら。訓練再開するかしら」
「「はい!」」
二人の返事が響いた所でシトーの声が空間に響き渡る。
「お〜い、そろそろ夜明けだよ。学校があるだろうから帰った方がいいんじゃないかい?」
「あら、もうそんな時間かしら。じゃあ、今日はもうおしまいかしら。また明日、いえもう今日かしら。今日の夜もおなじ場所で待ち合わせかしら」
「「わかりました。今日はありがとうございました!」」
二人がお礼を言っているといつの間にか舞の部屋まで戻ってきていた。
「じゃあ、家に送るね」
シトーが指を鳴らすと、りりもあめも自室へ戻る。
時計を見ると朝の四時を示していた。
(う~ん、学校もあるし寝なくていいかな)
制服を洗濯が終わっているものに着替え、今着ている洋服を洗面所に持っていく。
「あら、おはよう、今日は随分早いのね」
洗面所から出るとちょうど寝室から出てきた母親と遭遇する。
「おはようママ。なんか目が覚めちゃって、今寝たら寝坊しちゃいそうだから」
「あらそう、そういえばもう入学してしばらくたったけど学校は楽しい?」
二人はリビングへ行き、ソファに座って雑談を始める。
「うん、楽しいよ!」
「今週は珍しくあめちゃんが家に来なかったけど。仲良くやれてるの?」
「うん。今週は仲良くなった先輩の家で遊んでたの」
「まあ、もうそんな人が出来たのね。その先輩は男の子?」
「もう!女の先輩だよ」
「まあ、どこか遊びに行くとき、遊びに行ったときに人数とか誤魔化さなければりりが誰と遊ぼうとママは口出しする気はないわ。ただトラブルだけは気を付けてね。何かあったらすぐママに言うのよ?」
「うん、分かってるよ」
「よし、じゃあ今日の朝ご飯はちょっとだけ豪華にしようかな。せっかく早起きしたし。ママも今日は遅番だから」
「わあ、じゃあわたしも手伝う」
和やかな朝が流れていく。
*****
朝食を作ると兄と父も起きてくる。
「おはよう、おや今日のごはんはなんだか豪華だね」
「わたしとママが早起きしたから作ったんだよ」
「へえ、んじゃ、いただきまーす」
「お兄ちゃん?先に顔洗ってらっしゃい眼が開いてないわよ」
「ヘーキヘーキ。味はわかるから。くあぁぁ」
あくびをしながら朝食を食べる兄とワイシャツ姿の父がテーブルに着く。
「じゃあ、いただきます。・・・うん!おいしいな。料理に関してはパパは絶望的だからな。りりがそこを継いでなくてよかった」
「パパの料理の味は忘れられないわ。あれをもし完食してたらりりと健介はこの世に生まれてなかったかもね」
「そ、そんなにおいしくないの?」
「おいしくないなんて次元じゃないわ。絶望の具現化よ。二度とこの世に姿を現してはならないわ」
「はっはっは。僕もママの料理を食べて感動したよ。今まで僕の食べていたものは何だったのかってね」
りりと母もテーブルに着き四人でご飯を食べ始める。
談笑しながら朝食を食べ終えたりりは部屋に戻り時間まで本を読んで暇をつぶし、家を出る。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい!気を付けるのよ!」
「行ってらっしゃい。気をつけてな!・・・ほら、健介は行かなくていいのか?」
「やべっ。じゃあ、俺も行ってくる」
父と母、そして兄の声を背にいつものあめとの待ち合わせ場所まで行く。
りりが待ち合わせ場所へ着くとそこにはもうすでにあめがいた。
「おっは~。今日はあたしの方が早かったね」
「おはよう。結局今朝は寝なかったんだけどゆっくりしすぎちゃったかな」
「あたしも今朝は結局寝なかったよ。だから、たまにはりりより早くついておこうって思って早く家出たんだ」
二人とも睡眠をとっていないが、眠気は一切なかった。
りりに至っては二日間で四時間ほどしか寝ていない。毎日八時間以上寝ていた前とは段違いに睡眠時間が少なくなっていた。
「これも天使になったおかげかもね。寝ようと思えば寝れる気がするけど・・・。でもこれで勉強時間増やせるかも!」
「何言ってんのさ、寝なくて済むようになった時間は舞さんと訓練だよ。天使になったからってそんな勉強時間増やしてる暇ないでしょ。それにりりは元からそんなに成績悪くないんだし」
「もう、今悪くないからってこれからも悪くならないとは限らないでしょ」
二人で登校する。ごくごく普通の中学生の日常の時間が流れていく。
そんななか、りりはあめが天使になったと聞かされた時からずっと気になっていたことを聞いた。
「あめちゃんはさ。魔獣と戦う事怖くないの?まだ戦ったことないでしょ?」
「え~それりりが言う?りりこそ怖いんじゃないの。りりは昔っから怖がりだったから」
「そ、そんなことないよ!・・・まあわたしは、シトーに願いを聞いてもらったし、それに舞さんたちがいるからなのか、最初あめちゃんを担いで逃げている時ほどの怖さは感じてないかなあ。もしかしたら天使になって自信が付いたのかも」
「ぷっ、なにそれ。りりに自信が付いたなら、赤飯炊いて、寿司用意して親族どころか知り合い総出でお祝いしなきゃじゃん」
「もう!幾らなんでも言いすぎでしょ!」
「あっはっはっははははは」
顔を赤くして怒るりりにりりから逃げるあめ。
すぐに、怒りが解けたのか、また同じ質問をりりがする。
「それより、あめちゃんは怖くないの?」
その眼差しは、あめを気遣う眼だった。
りりがあめのために天使になったからあめも気を病んで天使になったのではないか。そんな風に考えているのが手に取るようにわかる。
「あたしも怖くないよ。魔獣はまだ一度しか見てないけどあの程度のキモさに比べればあたしはあたしの所為でりりが危険な方へ行く事の方が怖いよ。それにりりには死なれちゃ困るからね。なんてったってりりにはあたしの結婚式でたっくさん奮発してもらわなきゃいけないんだから!あたしがいないとりりすぐ死んじゃいそうなんだもん」
あめがりりの腕に絡みつき、子供の頃の約束を持ち出す。
「もう、その約束は幼稚園の時の話じゃない。それに結婚ていったってまだ年齢的にもできないし、相手もいないし」
「なにいってんのよ!結婚相手なんていずれ見つかるわ。だから、あたしはりりがあたしの秘密基地を壊したときの約束を踏み倒されないように見張ってるのよ。へへ~ん」
あめの心に映るのは遠い昔の情景。森都共存の政策で残されていた森の中で自分が作っていた秘密基地。いずれするであろう結婚のための式場づくりを子供ながらにしていた。それをあめの目の前で秘密基地を支えていたロープに足を引っかけ秘密基地を破壊したのだ。
流石のあめも何か月も掛けて作っていた物を壊され泣きそうになっていたが、べそをかくりりを見て咄嗟に口から出た約束。
『いつか、あたしが結婚するときに、この作っていた式場よりもずっとずっと立派なものをりりが用意してよね!約束だよ!』
『う゛ん゛、ごべん゛ね゛あ゛め゛ぢゃん゛』
その場しのぎの約束。りりに泣き止んでほしくて言った約束。それが今あめの本当の心を隠す物となっていた。
ただ、ただ自分のために命を懸けてほしくなかった。
りりを危険に晒すくらいなら、この可愛い自分の妹のような、姉のような存在を危険にさらすくらいなら自分が死んだほうがましだった。
そう思うあめだが、りりも同じようにあめを思ってくれていると分かっている。
だから、せめてこの血の繋がっていない、魂を分けた双子のような存在を守れる場所に居たい。
ただそれだけがあめが天使になった理由だった。が、あめは失念していた。
「なにより、その約束はもうチャラになったじゃない!」
「あ、あれ、そうだったっけ?」
「そうよ、あめちゃんの家でお泊りした時あめちゃんのおねしょをわたしのおねしょってことにしたじゃない!」
「わー!わー!わー!」
今度はあめが顔を真っ赤にする番であった。
「そ、それは、そう!りりのお兄ちゃんのプラモデルをあたしが壊したことにする件で相殺したのよ!結婚式の件はまだ有効だよ!」
「むっ!そういうんであれば、その件はあめちゃんのママのお化粧を勝手に使ったのはわたしがそそのかしたからってやつでチャラにしたじゃない!」
「いやいやそれなら・・・」「いやいやその件は・・・」「それを言うのであれば・・・」「それなら・・・」「むしろそれは・・・」
二人で貸し借りについて言い合うがあまりにもお互いが知っている秘密が多すぎるため、どれがどの件でチャラになったのかが分からなくなっていた。
「「ぷっ、あはははははははははは」」
その後も数回言い争うも決着はつかず二人の笑い声が通学路に響くばかりだった。
*****
あめが天使の仲間に加わってから四日が経った。
その間一度も魔獣は出ておらず、あめは今だ初戦を経験できずにいた。
その日は学校が終わり、家族と過ごし皆が寝静まった十一時ごろにいつもの待ち合わせ場所であめとりりとシトーは合流し舞の部屋に向かった。
「「お邪魔します」」
「いらっしゃいかしら。今日は良い緑茶があったから、紅茶じゃなくて緑茶でいいかしら?」
「はい。頂きます」
「舞さんが紅茶じゃないなんて珍しいね。あたしも家にあった和菓子を持ってきたんでちょうどよかった」
「おっ、和菓子か、いいねえいいねえ。僕もお菓子は大好きだけど舞は買ってくれないんだよね」
シトーの発言にあめとりりが呆れ顔になりながら、いつもの席に座る。
「シトー・・・。中学生に養われて恥ずかしくないの?」
「ちょっと待ってくれ、僕は養われてなんかいないよ。ただ場所を提供してもらっているだけで、ご飯も水もいらないし、何だったら電気だって洋服だって自分で用意できるんだから。たま~にお菓子とかの娯楽を舞に提供してもらってるだけでね」
シトーの発言に興味を示したのはあめだ。
「へえ、シトーってご飯とかいらないんだ」
「ああ、いらないとも。なんていったって僕は世界の代弁者だからね。世界は天使がいなくなると困る。だから天使と世界の橋渡しである僕に死なれると困る。よって世界からエネルギーが供給されるから僕に水も食料もいらないのさ」
「じゃあ、あたしが持ってきた和菓子もいらないね。舞さーん、シトーいらないっていうからどら焼きと大福が二つずつあるんですけど、どっちも食べていいですよ、あたしはどら焼き、りりは大福って昔っから決まってるんで」
「あら、いいのかしら?ありがたくいただくかしら」
緑茶を入れてキッチンから戻ってきた舞があめに返事する。
しかし、それに待ったをかける者が一人。
「ちょちょちょっとまった!僕は食べる必要は無いと言ったけども、食べる意味がないとは言っていないよ!食べるさ!言っただろう!僕はお菓子が大好きだって!」
「ふふふ、分かってるかしら。あめさん、大福をシトーにあげてあげるかしら」
「はい、シトー。舞さんが優しくて良かったね。で、りりは大福でいいよね」
「うん、ありがとうあめちゃん。あめちゃんのママが買ってくる和菓子って本当においしんだよね」
「へえ、それは楽しみだ。・・・あれ、舞、僕の緑茶は?」
「シトーは水分を取る必要はないらしいかしら」
「必要はなくても意味はあるんだよ!せっかくの和菓子だってのに緑茶がないなんてあんまりじゃないか」
「冗談かしら。はい、これがシトーの分。あとりりさんとあめさんの分かしら。私は緑茶は緑茶アレルギーだから飲めないかしら」
その言葉に全員が唖然とし、全く同じことを考えた。
(((なんで買ったんだろう)))
「毎回毎回紅茶ばかりでは飽きてしまうかしら。たまには別のものをりりさんとあめさんに飲ませてあげようと思っただけかしら。そんなに揃って顔におんなじことを書かなくてもいいかしら」
「「ありがとうございます」」
舞の気遣いに二人はお礼を言うがその後、あめとりりは顔を見合って苦笑し、二人が同じ意見であることを確認すると、
「でも、舞さんが飲めないものを買ってくる必要はないですよ。わたしもあめちゃんも皆でお茶を飲むのが楽しいですから。それに舞さんと一緒に飲んでいれば飽きることなんてないですよ」
「そっ。逆に気使っちゃうからね。せっかくならみんなで一緒のもの飲みましょ。それはそれとしてこの緑茶は頂きますけど」
二人がお茶を飲んでいる姿を見て舞も反省する。
「それもそうかしら。久しぶりに可愛い後輩の面倒を見ることになってちょっと張り切りすぎちゃったかしら」
三十分ほどお茶会が続くと、シトーが急に立ち上がる。
「来たよ。あめ、初陣だ」
魔獣の異空間の反応をシトーが取得した。
「じゃあ、行くよ」
「「はい」」
「ええ」
シトーが指を鳴らすとそこは前後左右上下見渡す限りの蒼が広がる天空だった。
すぐに羽を展開して、体勢を整えると、魔獣が姿を現す。
マネキンのような顔、球状の関節、木で出来たビルのごとき体躯、その姿はまるで超巨大なデッサン人形のようなものだったが、腕は八本四対なのに加え、孔雀のような羽が何層も生えている異形だった。
「うへえ、生理的に無理だわ。あいつ」
「魔獣は皆あんなものかしら」
「じゃあ、行きます!
「
りりが、桜の花弁で瞬時に道を作るとそれを舞が凍らし補強する。
りりもあめも風の魔法を持っていないため飛翔するよりも天使になって強化された肉体性能に任せて走った方が早いのだ。そして、木の枝を伸ばす土台がない空中であるため桜の花弁を伸ばすしかない。
これは、先日の月の眼魔獣の異空間の様に足場のない異空間がある事を知ったりりが舞と訓練し作り出した技だ。
りりだけでも道を作れるが舞による補強があった方が走る際の安定感が段違いだった。
「さあ、あたしの初陣。油断せず、勝つぞ~」
あめが道を疾走し魔獣へ近づく。すると、魔獣の腕が液体の様にうねりながら鎌や、ナイフ、果ては銃のような形に変形していく。
「kahgviouwghjfouyhgejoguhuoieqwphgwiuaejkwhuiojnekasfjjieqwjrgkfasfpoueiwjg」
魔獣は咆哮し、腕を振り回しいつの間にか増え、張り巡らされた桜の道を壊そうとする。
しかし、舞の氷によって補強されたそれは壊された瞬間、獣を食い尽くす魚の使い魔へと変貌する。
「KYURRRRRRRRRuuUUUUUAAAAAaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
絶叫、木であるにもかかわらず、魚に食い破られ痛みを感じるようだ。
すると、痛みから逃げるようにさらに暴れまわる。
振り回される、鎌状の腕を、ナイフ状の腕を、発砲された弾丸を避け、あめが腕を双大剣によって一本切り落とす。
りりも、居合いの構えをしたと思ったら足元で爆発し、超速で足を切り落とす。
さらにりりの斬った足の断面には赫い雀が張り付き爆発する。
「KYURRRRRRRRRuuUUUUUAAAAAaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
再びの絶叫。すると、魔獣が羽を一気に広げた。孔雀のように色鮮やかな羽が何層も何層も展開され、羽に埋め込まれた眼が発光すると、羽から飛び出しアルゴスの眼となってりりたちへ襲い掛かる。
それをあめが双大剣を暴嵐の如く振り回し、切り裂き撃墜する。しかし、切断された眼が雷や氷、火や鉄塊となって辺りへ飛び散る。それだけに留まらず、斬っていない眼も膨張し破裂する。
「
放電された雷をりりが操りあめから魔獣へ矛先を変え、氷や火、鉄塊はあめが切断し、剣圧で散らす。
すると、小さな眼たちでは埒が明かないと考えたのか、全ての眼を一つの眼へと合成され、膨張しながらりりたちへ向かってくる。
「あめちゃん!」
「オッケー!行くよ!」
魔獣本体よりも巨大化した目をあめが双大剣で十字に切り裂く。
(これだけで爆発するはず!)
あめの目論見通り、その巨眼は破裂し辺りに災害かと見紛うほどの氷や炎、雷が降り注ぐ。しかし、それらは蒼い雀によって食い尽くされ、最初、魔獣の足を切断する際に起こった爆発よりもさらに大きな爆発が起き、気が付くと魔獣の胴と頭が
「kyupashjgfaighuiwfhguoiqcpr@weonvbipejmvc@wetnoupwqvwnuwgu`OP: ABP;GWJQ[W@OUIBGPH WJLCQMPOIVTMFGNHU42CEJ3K;LOIBGUHVNP@おRつ49えPんHびJVRKCBGHGJKMSMC;VPねおJHRSBKCKMKF;:げんBGN!!!!!!!!!!」
一際大きな絶叫を残し、魔獣が塵と消え舞とりりとあめの三人は人の気配のない廃ビルに
戻ってきていた。
「やあ、お疲れ。どうだった?」
シトーが出迎え、あめに問いかける。
「うん、まあ平気かな。思ったより大丈夫だったよ」
「そっか、それならよかったよ。りりと舞もお疲れ。じゃあとりあえず舞の部屋に戻ろうか」
シトーが指を鳴らすと、舞の部屋に戻ってくる。
「お疲れ様かしら。最初の道づくりは手伝ったにせよよく二人で頑張ったかしら」
微笑みながら、弟子の成長を噛み締める様に舞から労いの声がかかる。
「結構連携できてた気がしたんですけどどうでしたか?」
「とてもよかったかしら。もう、私がいなくても大丈夫なくらいの天使になったかしら」
「「えっ」」
あまりの突然の発言にりりとあめの二人は呆然とした顔で舞を見つめる。
「ふふ、そんな顔しなくて大丈夫かしら。まだまだ、私は貴方達の面倒を見るつもりかしら。ただのお世辞かしら」
「お、お世辞って・・・」
あめが少しがっくりとする。
「もちろん、二人で中くらいの強さの魔獣には勝てるようになっていると思うかしら。でも、とても強い魔獣にあったことのない二人ではその対処が難しいかしら。だから暫くはここに来てもらうかしら」
その言葉にほっとする二人。顔には喜びが隠しきれないでいた。天使になってからしっかりと導いてくれている舞への信頼の表れだろう。
「まあ、なんにせよ最低でも訓練で私に魔法を使わせるくらいの強さになってもらわないと私の元から出ることは無いかしら」
少し煽るような言い方をすると、りりとあめの二人がやる気を見せる。
「ふふん、そんなのすぐに達成して見せますよ。あたし達のとんでもない成長速度見せつけてやりますよ」
「はい、わたしとあめちゃんの連携でぎゃふんと言わせて見せますよ」
「ふふ、楽しみにしてるかしら。因みに私の元から出て行った最短は三ヶ月かしら」
その言葉に先程の勢いが無くなる二人だった。
*****
特訓を終えて、舞の部屋に戻ってきたりりとあめ。紅茶を楽しんでいると舞から声がかかる。
「二人とも、今日は見回りに行くかしら」
「見回りですか?」
「ええ、いつもシトーが近くにいるとは限らないかしら。だから街に魔獣が現れていないか見回るかしら」
そう、シトーは他の街の天使の様子を見に行ったりもするため常にりりたちの隣にいるわけではない。だが、魔獣はシトーがいないから現れない等ということはしてくれないため舞は今までも定期的に見回りをして、異空間への残滓を見つけては乗り込んで魔中を退治していたのだ。
「分かりました。よろしくお願いします」
「よっし、たまには夜の街を楽しもうかな!」
乗り気な二人を見て少しホッとする舞。舞としては最初の内にしっかりと見回りからの魔獣退治ということを教えておきたかったがシトーがなぜかこの二人を特別扱いして転移ばかりになってた。それによっていざ見回りをするとなった時に反発があるかと心配したが、それは舞の杞憂に終わった。もっとも二人の訓練する際の姿勢を見れば反発する可能性も低いとは思っていたようだが。
「じゃあ、行くかしら。街の中ではできるだけ羽は出さないようにするかしら」
「「はい」」
そうして三人は舞の部屋から出てマンションを背に街へ繰り出した。
「魔獣はよく人気のない所で異空間を展開するかしら。だから極力人気のないところを見回るかしら」
そうして、りり達三人は街外れの廃ビルまで来ていた。
「ここって、あたしの初陣の時のビルですね」
「ええ、そうかしら。一度魔獣が出たところは再び魔獣が出ることが多いからこうして見回るかしら」
次に住宅街のコンビニ、学校の屋上を回る。
「一か月くらいは魔獣が異空間を形成した場所付近を毎日見回ったほうがいいかしら。今日はいなかったけど、一昨日と先週はコンビニと学校の屋上に魔獣がいたかしら」
「え!舞さん一人で見回りしてたんですか?」
「ええ、貴方たちは訓練して疲れてると思ったからとりあえずは一人でやってたかしら。それになぜだか知らないけどシトーは貴方たちを転移で異空間に運びたがったかしら。一応今日は三人で見回りすると言っておいたけどあんまり乗り気じゃなかったかしら」
「なんででしょうね。わたしたち信用されてないのかな?」
「さあ?でもあたしも魔獣が出たらシトーの送ってもらうのが普通だと思ってたし天使を教育する上ではあんまり良くないことなんじゃないかな」
「まあ、その辺は後で私が聞いておくかしら。じゃあ次行くかしら」
そうして街を三時間ほど回っていると、中央公園の真ん中にある噴水のところで視認できるほどの空間の歪みを発見する。
「舞さん・・・あれって」
「ええ、魔獣かしら。多分あの規模なら見えているのは私たちだけかしら」
「じゃあ、被害が出る前に退治したほうがいいね」
りり達が歪みのほうへ近づくとぬるりと滑る様に歪みへと吸い込まれていく。
次にりり達が見た光景は暗い洞窟のような光景だった。
「うへえ、初めて自分から異空間に入ったけど、なんか気色悪い感じだったなあ」
「なんかヌルっとしてたよね。私もあんまり好きな感触じゃないなあ」
「まあ、いずれ慣れるかしら」
そんな言葉を交わしながらもりり達は周囲を警戒し羽を武器に変えすぐさま戦闘に移れる体勢になっていた。
しかし、徳に魔獣が襲ってくる様子は無い。
「先に進んでみるかしら」
「「わかりました」」
舞が先導し、暗い洞窟を進んでいく。ごつごつとした岩肌が露出した壁には蔦がびっしりと絡まっているのに対して、地面はてかてかと光り、沢山の凹凸のある岩肌に苔と水が溜まっていた。
「滑りますね」
「それに関しては気を付けてとしか言いようがないかしら。私の場合は少しだけ浮くことで滑る事は無いけど、りりさんたちは風魔法を持っていないから厳しいかしら。何か自分の魔法で滑らなくする案があればやってみてもいいかしら」
「分かりました」
「あたしは魔法自体まだ使えないからなあ。羽で飛ぼうにもこの洞窟飛ぶには狭すぎるし・・・」
暫く洞窟を進んでいると、視界が開ける。そこにあったのは劇場のような舞台と、一面に広がる花畑だった。しかし、日光はさしてなく天井には劇場の舞台から続く鉄骨やカーテンなどがあり薄暗いため不気味な花畑となっていた。
「!りりさんあめさん!今すぐ飛ぶかしら!!!」
舞が警告し、りり達もそれに反応してすぐに飛ぶが遅かった。一拍遅れたりりとあめは花畑から伸びる蔓に足が絡まる。すぐに舞が鎌で切断を試みようとするが上空から光線が降り注ぎ妨害する。
舞が劇場の方へ目線を向けるとそこには巨大な騎士のような魔獣がいた。全身を覆う巨大な甲冑と左手には十メートルを優に超えるであろう盾を持つが、その盾が小さく見えるほどの巨体と右手には手首から先が剣となっていた。甲冑の兜の隙間からぬるりとタコのような触手が漏れ出ると、舞に向かって伸びてくる。
地面から伸びる蔓と触手を切断した所で再び上空から光線が降り注ぐ。
舞が視線を天井へ向けると、スポットライトがぐりぐりと動き、舞に標準を定め光線を放ってくる。
「
舞が魔法を唱え氷塊を生成。光線を魔獣の方へ屈折させるも盾で防がれる。
「りりさん、あめさん。自分で抜けられるかしら?」
「はい!もうすぐ抜けます!あめちゃん、ちょっと痺れるよ」
「いいよ。来て」
「
りりを中心に雷鳴と共に黄色い閃光がうねりながら辺りを駆け巡る。雷に触れた蔓は焼け焦げ、煙と異臭と共にりりとあめは脱出に成功する。
煙が晴れりりたちの視界が晴れると、舞と魔獣が剣戟をを繰り広げていた。魔獣の動きはゆったりとしたものだが、その巨体に近づくと一挙手一投足が凄まじい速さで繰り出される事が分かる。
「HYURURURURURURURURURURURYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
笛のような甲高い鳴き声と共に劇場から小型の魔獣がぞろぞろと花畑を埋め尽くすように現れる。
「うげ、何あの量!まるでアイドルのライブ会場じゃん」
あまりの数の多さに思わず声を上げたあめ。
確かにその数は超大手のアイドルのライブ会場に来るファンの数を優に超えるほどの魔獣が蠢いていたが、その姿はアイドルのライブ会場に来るファンとはかけ離れたドレスのような物を着た者、甲冑のような物を着た者、マントを羽織っている者、ローブにとんがり帽子を被った者など様々だった。
「りりさん、あめさん小型の魔獣は任せるかしら・・・。いえ、ちょうどいい機会かしら。二人はあの大きい魔獣を倒すかしら。小型はこっちで殲滅するかしら」
「わ、分かりました」
「まっかせて下さい」
舞が花畑に降りると、地面から木が生え巨大な魔獣へ向かって道が作られる。りりが魔法を使ったのだろう。
小型魔獣を見据える舞だがちらりと巨大な魔獣の方を見るとりりが巨大な手剣を躱し、受け流し、弾き返している。その横であめが甲冑に向かって巨双剣を振り回し叩きつけている場面が眼に入る。
「あの二人なら多分大丈夫かしら」
舞自身に言い聞かせるようにも聞こえる独り言をつぶやくと、羽から鎌をもう一本取り出し二刀流になる。
ふらりと前に倒れ込む様に上半身が傾くと、舞が消え小型魔獣の首が三十個ほど飛ぶ。
「こんな劇はさっさと終わらせるかしら」
意思の無い魔獣が主である巨大な魔獣の指示に従い舞へ向かってひたすらに剣を振り下ろすが舞に当たることは無い。
劇場から飛び降りる魔獣によって花は散り、行進によって踏みつぶされる。上空から照射されるスポットライトによって燃やされ、辺りに黒煙と真っ赤な炎が立ち込め地獄絵図と化すが舞のすることは変わらなかった。ただただひたすらに魔獣を蹂躙する。ふわりと魔獣の着たドレスの裾が揺れればその魔獣の首は飛び、甲冑を着た魔獣が剣を振り下ろそうとすれば首が飛び、マントを羽織った魔獣のマントが靡けば首が飛び、とんがり帽をかぶった魔獣が杖を構えれば首が飛んだ。
辺りを熱風が包み込み、魔獣が逃げようとすればその魔獣の首が飛ぶ。
際限なく、終わり無く、永遠に、無限に劇場から溢れる魔獣だがその数だけ首が辺りに転がる。
舞の
舞と魔法の親和性と圧倒的な錬度によって成される御業だった。
そんな舞の姿を遠目に見ながら巨大な魔獣の相手をするりりとあめ。
「赫・
りりの羽から生み出された真っ赤な雀が甲冑の兜の隙間から入り込み魔獣の体内で爆発する。
「KYURURURUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
絶叫が響き渡るが、体勢が崩れることもなく巨大な盾と手剣を振り回す。
「せやあああああああああああ!!」
絶叫する魔獣に対しあめが双大剣を叩き付ける。甲冑が凹み、魔獣はすぐに盾を振り回しあめを引き離す。
その間もりりは魔法を発動し続けていた。
あめが動きやすいように桜の木で道を作り、雀を魔獣の体内へ送り込み、雷で触手や蔓を焼いていた。
魔獣もただ、やられているだけでなくビルのように大きい手剣をりりへ向かって振り下ろし、盾であめの攻撃を防いでいた。二人が今まで戦った動物的な戦闘ではなく、人間的な戦闘をする魔獣だった。
数合りりが手剣を刀で受け流すと不意に魔獣が体勢を変える
「あめちゃん!」
りりの声で今度は自分が手剣の標的になったと分かったあめが右からまるで台風のような風切り音と共に迫る刃を巨双剣で迎え撃つ。
剣と剣がぶつかり合った瞬間、辺りを轟音が包み込んだ。咄嗟にりりがあめの足場になっている木を補強するが衝撃波と共に木は砕け散りあめは魔獣の手剣と共に地面に叩きつけられる。
しかし、魔獣は手剣の力を緩めるどころかむしろ強めていく。理由はただ一つあめが潰れていないからだ。
地面が凹み、辺りに散らばる魔獣の死骸を吹き飛ばしながらもあめは耐え、押し返そうとしていた。
「りり!!木よろしく!!!」
「
あめの足元から再び木が生え、あめも天使の羽を羽ばたかせる。徐々に魔獣の手剣を押し返し、さらにその傍らであめを援護しながらもりりは魔獣へ攻撃を加える。
りりの武器は刀であるがゆえに今回の魔獣の様に全身を鎧のようなもので身を守っている魔獣に対して効果は薄い。しかし、何百匹と送り込んでいた雀がここで生きる。
「赫蒼融合・
体内で魔獣の魔力を喰らい潜んでいた雀が猛スピードで増殖、圧倒的な衝撃波を伴い魔獣の内から目が焼けるように眩い閃光と肌が焼けるほどの熱線、十メートルを優に超える盾が遥か遠方に吹き飛ぶほどの爆風が辺りを覆う。あめは双大剣に、りりは木で穴を作り隠れるが二人とも吹き飛ばされる。
思わず目を閉じ、どこかに激突する衝撃に備えようと二人が力むとふわりと舞に抱きかかえられていた。
「りりさん。少しやりすぎかしら」
りりがちらりと巨大な魔獣がいたところに目をやるとそこには深さビル数十回はありそうなほどに大きなクレータが広がっていた。
花畑は完全に吹き飛び、劇場は影も形もない。舞の葬った魔獣の死骸も綺麗さっぱりなくなっていた。
少しすると空間が歪み始め、気が付くとそこは中央公園の噴水前だった。
「もう!り~り~、あたし死ぬかと思ったんですけど!!!!」
「ご、ごめ~ん!」
至近距離であの爆発を体験したあめが全身で怒りを表現してりりを追いかける。
その体は元気そうな声とは裏腹に真っ黒になっていた。
「あめさん傷は大丈夫かしら?」
「あっ、大丈夫です。見た目ほど重症じゃないんで。全然痛みもないし、ふらつくとか気分が悪いとかもないですね。・・・だからといってりり今日みたいなことは二度としないでよね」
「わ、わかってるよ」
「そう、良かったかしら。それにあめさんもシトーの力を借りずに痛覚遮断が出来るなんて優秀かしら」
「あっ、それまえも言ってましたけどどういう事なんですか?痛覚がどうのこうのって・・・」
「そういえばまだ話していなかったかしら。天使って言うのは人間と違ってとてつもなく頑丈かしら。理由は天使は魔獣等と戦う存在だから。それでシトー曰く戦闘に支障をきたすような感覚は自分の意思で遮断できるようになっているかしら。例えば痛覚、強烈な痛みで気を失ったりのた打ち回って戦闘継続が不可能にならないように。例えば嗅覚、強烈な臭いを放つ魔獣が現れた際に対抗できるように、例えば睡眠、疲れすぎて戦闘中に眠気と戦わずに済む様に。この他にもいろいろと出来ることはあるらしいかしら。でも、基本的に天使になりたての頃は自分でこの感覚の制御ができないからシトーに補助してもらって感覚の制御を学んでいくものかしら。でも二人は無意識に自分の力だけで感覚の制御が出来てすごいって話かしら」
「へえ〜。あれ?でもなんで最初の訓練の時にその感覚遮断について教えてくれなかったんですか?もしかしてあたし達が訓練の時痛みを我慢してると思ってました?」
舞の話を聞いて思わず感心していた二人だが、あめが少し不思議に思ったことを言う。
あめとしてはそんな重要なことであれば最初の訓練の時に教えてほしかったというのが本音だ。
「・・・そもそも、一番最初の訓練の時にりりさんが自分で感覚遮断が出来ることが分かったかしら。決して忘れていたとかではないかしら。あめさんは自分で感覚の制御ができない可能性があることは頭に入っていたかしら。決して忘れていたわけではないかしら。感覚遮断も万能ではないかしら。遮断を貫通して痛みとかを与えてくる魔獣もいるかしら。だから訓練のうちに少しでも痛みに慣れさせておこうと思っただけかしら。絶対に頭から説明をすることが抜け落ちていたとかではないかしら」
「舞さんって結構抜けてますね」
「ぬ!?抜けてなんていないかしら!」
「まあ、でも舞さんが説明を忘れてたせいでもしかしたらあたしは訓練の時に痛みで心が折れてたかもしれないってわけか~」
「そ、そんなことは無いかしら・・・。それに痛がっているあめさんを見たらきっと思い出していたかしら」
「忘れてたんじゃないですか」
「はっ!!」
思わずといった様子で口を塞ぐ舞。そのしぐさを見てりりとあめの二人は笑みが零れ、満天の星空が見守る公園に笑い声が響いた。
*****
りりたちが天使になってから二か月が経過した。
天使になってから毎夜三人でシトーの作り出した異空間で訓練し、時には魔獣を退治してきた。
その日はいつもと変わらないそんな金曜日。訓練を終え、四人でお茶会をしている時だった。
「そういえば、週末は月曜日が祝日の三連休かしら。だから明日はお昼から一緒に買い物でも行かないかしら?」
舞から遊びの提案がなされる。今までの天使になってからの土曜日は毎回午前中から訓練、夕方ごろに帰って夜もまた訓練もしくは、魔獣が現れれば魔獣退治という予定だった。
りりとあめは天使になってからそんなに疲れが残ったりしないので全然良かったのだが、舞が少し根を詰めすぎかと気を利かせたのだ。
「いいですよ。ママにはいつもあめちゃんと先輩と遊んでるって言ってますし問題ないですよ」
「あたしも、問題ないよ。訓練も楽しいですけどそうやって舞さんと距離をどんどん縮められるのも大歓迎だしね」
「良かったかしら。じゃあ明日の九時にいつもの場所で待ち合わせして、隣町のショッピングモールまで行きましょうか」
「わかりました」
「いや~。買い物なんて久しぶりだね。シトーも来んの?」
帰り支度をしながらあめがシトーに問いかける。
「いや、僕は予定があるから行けないね。君たち三人で楽しんできて」
「あら、そう。じゃあなんかお土産買ってきてあげるよ」
「おっ、それは楽しみだね」
そして、シトーが指を鳴らし二人は自宅へと戻っていった。
*****
りりとあめがいなくなりシトーと舞だけとなった一室。
「シトー。りりさんとあめさんに随分目をかけるかしら。前も言ったけれどそんなに転移を使って大丈夫なのかしら?あんまり甘やかしすぎると彼女たちのためにならないかしら」
「まあ、このくらいの労力なら彼女たちの才覚による僕への恩恵に比べれば微々たるものさ。それに僕は結構君にも目をかけていたけどね。それよりも舞は天使女王にならないかい?」
本を読みながら舞の問いかけに答えるシトー。
その姿を見てため息をつく舞。
「何度も言ってるかしら。私は天使女王にはならないかしら。願いを叶えたい子は他にたくさんいるかしら」
今度はシトーがため息をついた。本を閉じ、舞の眼をしっかりと見て言う。
「何度も言うけど天使女王になるだけで魔法の効果が格段に上昇する上に身体能力も強化される。もちろん今の舞も強いけどそんな舞がもっと強くなれるんだ。天使女王になるだけで死ぬ確率が減る上に守れなかったものが守れるようになるかもしれない。舞、天使女王になってくれないかい?」
「だからならないって言ってるかしら。それに今は真波さんが天使女王の席についていて埋まってるはずかしら」
「真波はこの間死んだよ。今はつゆが就いてるよ」
「・・・そう、いつの間に」
「言ったさ。半年くらい前に何度も君を天使女王に勧誘したじゃないか」
「いつもの勧誘だと思って聞き流してたかしら。まあ、結局つゆさんがついているなら私はなれないかしら」
「そこはどうにでもするさ。頑張れば二席くらい開けられるよ。君がいるだけで魔獣被害がかなり減るんだ。だから長生きして貰う為にも天使女王になってほしいのさ」
「それならりりさんたちが天使女王になるかもしれないからその席はそれまで取っておくかしら。魔王への抑止力にならざる負えない以上、私は何と言われようとも天使女王になる気はないかしら。そもそもりりさんとあめさんも私は天使にしたくなかったかしら。でも天使にしてしまった以上全力でサポートしなくてはいけないかしら。天使女王になっている暇なんてないかしら」
「しょうがないじゃないか。りりの素質は君も見ただろう?欠けた魂を復元できるほどの素質だ。はっきり言って君よりも素質は上だ。固有魔法はいまだ出ていないけれど発現したら君の”
「別に天使にしたことについて否定はしてないかしら。ただ、天使にしてしまったからにはこちらにも責任があると言っているかしら。それに若い芽を摘ませないために持って天使女王になったら気軽に動けなくなるんだから今の方がよっぽどりりさんたちをサポートするのに良い環境かしら。もうこの話は終わりにするかしら。私は見回りに行ってくるかしら」
「はあ、しょうがないな。君の意思は固すぎるよ。見回りよろしく頼んだよ。とくにあの魔王”エマ・エミフーラン”には気を付けるんだよ。彼女は正体不明すぎる」
「分かってるかしら。それも含めて見回りに行くつもりかしら。あの魔王は現れ方もよくわからなかったかしら。天使女王の席が埋まっている今動いてくる魔王なんて不気味でしょうがないかしら。シトーはあの魔王について何か知っているかしら?」
「今魔王の座は六つ中五つ埋まってる。そして僕は今まで残りの一つである
「そう、司っているものが分かっただけまだマシかしら。じゃあ、行ってくるかしら。それとつゆさんによろしく伝えておくかしら」
「いってらっしゃい。しっかり伝えておくよ彼女も君の弟子の一人だからね」
「そうそう、貴方がりりさんとあめさんに肩入れする分にはいくらでも肩入れしてもいいかしら。ただ、それでのちのち彼女たちに苦労を掛けることは無いようにするかしら」
「そうだね。まあ平気さ。転移だってまだ数十回だからねあの子たちが成熟したら見回りにしてもらうよ。あと半年くらいはこのペースでも大丈夫だからね。徐々に見回りの数も増やしてもらおうと思っているさ」
「そう、それならいいかしら」
そういうと舞が部屋から出てマンションの廊下へ出る。
マンションの廊下に響く足音も聞こえなくなり、しんと静まり返った部屋でシトーがぼそりと呟く
「まあ、それも無事であればの話だけどね。君にいなくなられるとすごく困るよ。舞」
*****
土曜日、りりが待ち合わせ場所に集合時間の五分前に行くとそこにはもうすでに舞とあめがいた。
「お待たせしました」
「まだ集合時間前だから全然大丈夫かしら」
学校の制服姿でない舞と、集合時間にりりよりも早く来ているというあめを見てとても珍しそうな顔をするりり。
「へへ~ん。楽しみだったから三十分前に来ちゃったよ」
「ふふふ、じゃあみんなそろったことだしもう行くかしら」
胸を張ってりりよりも早く来たことを誇るあめを見て微笑みながら舞が出発を提案する。
待ち合わせ場所から少し歩きバス停までくるとちょうどバスが来ていた。
「あれに乗っちゃうかしら」
「分かりました。あめちゃん、迷子にならないでね」
「大丈夫よ。もうあたし中学生よ?りりこそはぐれないでよ」
バスに乗り最後部座席で少し小声になりながら談笑していると、十分ほどで目的地に着く。
ショッピングモール前のバス停で降りるとショッピングモールの入口に大きくセールの文字が書かれた垂れ幕が下がっていた。
「あら、今日は曇りだから曇天セールしてるみたいかしら」
「へえ、そんなセールあるんですね。雨の日セールがあるのは知ってましたけど、晴れの日くらいしか隣町まで来ないんで曇天セールなんて初めて知りました」
「他のショッピングモールでもなかなかないセールかしら」
「じゃあ、そらへの服でも買っちゃおうかな」
「ああ、そら君もうすぐ誕生日だっけ。七歳?」
「そうそう、今年小学校入学だったからね。今日はプレゼント買いに出かけていったよ」
「そらさんとはあめさんの弟さん?妹さん?」
「あたしの弟だよ。あたしは弟と両親の四人。りりはお兄ちゃんと両親の四人家族だね。そういえば、舞さんは何か買いたいものとかないの?」
「私は皆で出掛けたかっただけかしら。強いて言うならウィンドウショッピングがしたいかしら」
「じゃあ、最初にそらへのプレゼントだけ買ってもいい?」
「いいよ」「かまわないかしら」
そうして世間話をしながら、ショッピングモールへ入り特に買いたいものの無い舞とりりの二人はあめについて行き洋服屋がある二階へと上がっていった。
異変は突然現れる。
バツンという音と共にフロア中の電気が消える。
「停電?」
「他のフロアの電気も消えてるみたいかしら」
あめが呟くと、舞が他のフロアも電気が消えていることを吹き抜けから確認する。
各フロアからざわざわとした喧騒が聞こえてくる。
「一応外に出ておきますか?」
りりが提案するが、ふとガラス張りの壁を見て見ると町全体が暗くなっているのが舞の視界に映る。
「流石におかしいかしら。町全体が停電なんて・・・。計画停電の知らせなんてあったかしら?」
「・・・いえ、特にそういうニュースは聞いてませんけど」
「そう、じゃあひとまず外に出るかしら。町全体の異変なら何か町内放送があると思うかしら」
三人で出口へ向けて歩き出すと舞の腕が何かに引っ張られる。
振り返ると、小学校低学年くらいの少年が舞の腕を掴んでいた。
「どうかしたの?」
目線を合わせようとしゃがみ込んだ舞が優しく問いかけるも俯いて鼻をすする音が聞こえるだけで返事は無い。
「お母さんとかとはぐれちゃった?」
再び問いかけるも、地面に涙が落ちるだけだった。
「一応迷子センターに連れていきましょうか」
りりの提案に頷く舞。
「そうね、それがいいかしら。確か迷子センターは三階だったはずかしら」
そういい、立ち上がろうとする舞だったが、突然少年が舞の腰に飛び込んでくる。
もちろん、普段から戦っている天使であるためそんなことでよろける舞ではないが、一瞬だけ少年の方へ気が逸れる。
すると突然、面していたお店の中にいた客と店員までもが舞たちに飛び掛かってくる。
「きゃ、何!」
突然のことで驚くが、りりとあめの体は勝手に動き飛び掛かってきた人たちを避けていたが、少年を支えようとしていた舞は何人かの大人に覆い被されていた。
「く!何かしら貴方達・・・。多少のけがは大目に見るかしら!。ふん!!」
覆い被さっていた大人たちをすぐに横に投げ飛ばし、りりたちの方へ飛びのく。
いつの間にか離れていた少年の後ろに舞が投げ飛ばした人が並ぶ。それに加えて他のフロアからも大人が集まってくる。
このショッピングモールは一般のショッピングモールと同じで真ん中に吹き抜けがありその吹き抜けを囲むように通路、その通路に面する形でお店が展開されている。
そして今りりたちがいるのは通路、よって挟撃が非常にやりやすい構造となっている。
「様子がおかしすぎるかしら。さっき触った時に魔力を感じたから恐らく魔獣に操られているかしら」
「魔獣に!?」
「異空間から出てきたってことですか?」
「分からないかしら。でもいつでも戦えるようにしておくかしら。とりあえず吹き抜けから降りて出口まで行くかしら」
「「わかりました」」
舞が羽を出したと同時にりりとあめも吹き抜けから飛び降りる。しかし、通路に隠れていただけで飛び降りた先も既に多くの人が集まっており囲まれてしまう。
「うわ、何でこんなに集まってんの!?」
「私たちが天使だからかな?」
すこし狼狽えるりりとあめだったが、辺りを見渡した舞は別のことに気が付く。
「子供がいない」
土曜日、それも三連休の最初の日、仮に三連休でなくとも休日のショッピングモールに子供が一人もいないことはおかしいだろう。
今、りりたちを囲んでいるのは全て大人、子供は最初に舞を止めた少年だけだった。
「りりさん、あめさん。とりあえず一気に出口まで飛んでいくかしら」
「わかりました」「オッケー」
三人とも羽を大きく広げ、舞が風の魔法で加速しようとしたところで、景色が徐々に変化していることに気づく。
出口方向の地面が禍々しくごつごつとした岩肌へ、そして徐々に岩肌からタイル状の地面へ変化し、最終的にはカーペットの敷かれた禍々しく不気味でありつつもどこか高貴さを感じられる地面へと変化していた。
そして地面から徐々に柱が生え壁が出現し始める。
瞬時に舞は思考をめぐらし、魔獣の異空間が現実を侵食していると仮定し、突撃を決意する。
「りりさん!あめさん!一気に突撃するかしら。魔獣をさっさと倒してこの空間の侵食を止めるかしら!」
「「はい!」」
しかし、一気に浸食された空間へ突撃しようと加速した瞬間、空間が恐るべき速さで侵食され先程まで三人を囲んでいた人たちも一気に消失、辺りはまるで不気味な古城の中のような空間へと変化する。
三人の目の前には巨大な階段があり、まるで頂上を目指して来いと言わんばかりの圧を感じる。
三人が慎重に階段を上ると曲がり角があった。角を少しだけ覗くと奥にコウモリの様に鋭く不気味な羽を生やし、獅子の様に逞しい四肢と凶悪な牙を持った魔獣が鎮座していた。
「今回は私が一気に片付けるかしら」
沢山の人間が異空間に囚われてしまった以上時間をかけてられないと判断した舞が速攻を決める。
曲がり角を飛び出し、目にも止まらぬ速さで魔獣に接近、魔獣が反応する間もなく百獣の王を模倣した魔獣の首を切り落とした。
しかし、異空間は解けない。
「舞さん、異空間が解けません」
「あれは恐らくこの異空間を作り出している魔獣じゃなかったかしら。規模にしては弱すぎたかしら。あと何体魔獣が出てくるかわからないかしら。警戒を厳にするかしら」
複数の魔獣による大規模異空間。通常の魔獣は一体で自分の出来る範囲の異空間しか形成しないが何らかの
一体の魔獣が自分の異空間に一週間に取り込む人間の数がおよそ一人、一か月で多くて四人程度しか捕食しないのに対して、大規模異空間を形成した場合百人、二百人規模で取り込み捕食する。仮に十体の魔獣が形成に協力したとしても一体当たりの取り分は十人から二十人。
魔獣が強くなるのにこれほど手っ取り早い手段は他になかった。なぜやらないかと言えばそれはひとえに知能があまり高くなく、群れる習性がなかったがためだった。
(停電したのが取り込みの前兆だった場合。町全体が飲み込まれたことを意味するかしら。十数万人規模で取り込まれた可能性があるかしら。それほどに強い魔獣が?・・・いや、恐らく)
思考に耽っていた舞だったが、魔獣の気配を感じ取り思考を切り上げる。
もう幾度となく曲がった曲がり角を曲がるとそこには蛇の如く長い体躯とカラスのように鋭いくちばしを持った魔獣がいる。
しかし、りりたちが魔獣を発見したと思ったらすでに舞によって細切れにされていた。
「は、はやい」
「うん、あたし達ついて行くのに精一杯だ」
舞の後ろで振り切られないように必死について行く二人、舞が通り過ぎ細切れにされた魔獣の亡骸をちらりと見るとその後ろに隠された扉があるのに気付いた。
「舞さん!ここに扉があります」
りりが呼びかけると、瞬間移動をしたのかと思うほどに高速で舞が戻ってくる。
「良く気づいたかしら」
舞が鎌で扉を切り開けると、その中には数百人という規模の人が横たわっていた。
「これは・・・眠らされてるだけっぽいね」
「もしかしたらこの規模で人が眠らされている部屋がいくつもあるかもしれないかしら。でも、私たちにはこの人たちを運ぶ術はないかしら。さっさと魔獣を倒してこの異空間を開放するかしら」
舞は今の現状の戦力でこの規模の異空間を展開する魔獣たちを全て相手取る場合、眠らされている人たちを庇いながら戦闘することは望ましくないと考え、放置を決定。
「りりさん、あめさん。この人たちを助けるためにももっと早くいくかしら」
「あ、まいさん地図は作らなくて大丈夫ですか?似たような通路が多いので」
「問題ないかしら。頭でマッピングをしているかしら。りりさん木をくれるかしら?」
りりが
「これが今まで通った道かしら」
「天才じゃん。舞さんすごすぎない?」
「じゃあ、行くかしら」
そういうと舞は先程よりも加速して、城を駆け巡った。
その後四回ほど階段を上り魔獣を八体ほど倒した後、一際大きな階段とその奥に巨大な扉があった。
「ここに居るだけでもわかるほどに強い魔獣がいますね」
扉から漏れ出る禍々しいオーラがりりの肌を撫でる。ここに来るまでに立ちはだかった魔獣は全て舞が瞬殺したが今のりりとあめであれば苦戦必至だと感じるほどに強い魔獣がいた。しかし、そんな魔獣がかわいく思えるほどに扉の奥にいる魔獣は別格だと分かる。
「いくかしら。どれだけ強い魔獣だろうと倒さなければここから出られないかしら。シトーが何とか気づいてくれれば囚われた人たちを解放できるのに・・・」
一瞬だけ歯を食いしばるもすぐに切り替え扉を見据える舞。
「
三人が飛翔すると舞の風が優しく背中を押し、加速。扉を舞が切り裂き部屋に入る。するとそこには多くの子供が横たわっていた。
「・・・随分遅かったね。・・・あまりにも暇だったからつまみ食いしちゃったよ」
部屋の奥の奥遥か高いところに置かれた玉座に座る白髪の少女が一人、少年の頭を掴んでいたが離れ、少年が地面に叩きつけられる。
「・・・やっぱり食べるなら純粋で綺麗なのが多い子供の魂だよね。・・・おいしかった」
「・・・エマ・エミフーラン。なぜ魔王のあなたがここに居るかしら」
「・・・二か月ぶりかな。舞。・・・今日こそはそこにいるおいしそうな
「二か月?」
舞は疑問符を浮かべるもすぐに頭を振り切り替える。頂上のこの部屋に来るまでに倒した魔獣の弱さからうすうす気付いていたが、本当に魔王がいることに少しの危機感を覚える。特に相手はここ最近急に何の前兆もなく現れた不気味な魔王。
パトロールでは会うことが叶わなかったが、本当であればベテランの天使数名、もしくは天使女王に出動してもらう事すらも視野に入れるほどの相手だと舞は考えていた。
せめて舞一人であれば、何とか仕留めることもできたかもしれないがりりやあめがいるとなると悠長に戦っている暇もない。
だから、相手の司る能力の詳細を解析する暇もない。
故に、ここをどう切り抜けるかという思考に耽っていた舞は隣のあめの異変に気が付かなかった。
「・・・そら」
先程、魔王”エマ・エミフーラン”の手を離れ地面に叩きつけられた少年を見たあめは固まっていた。
その少年の顔があまりにも弟のそらに似ていたから、否、似ていると思いたかったから。ただただ似ているだけだと思いたかった。
「はあ、はあ、はあ」
呼吸の浅くなるあめ、すると必然的にりりもあめの異変に気付く。危険な存在である魔王”エマ・エミフーラン”から目を離さなかったりりはようやく先程の被害者の顔を確認し、絶句した。
咄嗟に、あめを落ち着かせようとするもそれは遅かった。
現実を認識したくないというあめの脳も限界に達し、落とされ、血をまき散らし首があらぬ方向へ曲がり光の無くなった目をしている少年が弟のそらだと認識。
反射的に魔王”エマ・エミフーラン”に飛び掛かっていた。
舞も思考していたため止めるのは間に合わない。りりも一拍遅かった。
遥か高い所に座っていた魔王”エマ・エミフーラン”の首に双大剣が迫る。
魔王エマの口が三日月を描くと、あめは反射的に羽をフル活用して飛び退こうとする。
本能と理性は魔王”エマ・エミフーラン”に刃を突き立てろと叫んでいたが天使の経験が、警鐘を鳴らし体は飛び退いていた。
それは舞との訓練の賜物であり正解だった、魔王”エマ・エミフーラン”の体が発光しあめが吹き飛ばされりりと舞の傍の地面に激突する。もし、後ろに下がっていなければ光に焼かれていただろう。そう思うほどに強烈な光だった。そして、りりと舞も思わず目を庇う。
次に三人が見た光景は辺り一帯、大海原へと変化していた。
真紅に染まる空と相反する蒼を浮かべる海が広がる空間。どこを見渡しても陸地は見えず海の底も遠く計り知れない深焉だった。
魔王”エマ・エミフーラン”の座っていた玉座は黄金の羊へと変化し、宙を浮いている。
「・・・さあ、もっとおいしくなるように足掻いてね」
魔王”エマ・エミフーラン”が指を鳴らすと、無数の魔獣が現れる。
翼をもつ魔獣と海の中を高速で泳ぐ魔獣。ざっと数えただけでも百体はくだらない数だった。
「りりさん、あめさん。二人は私に襲い掛かる海から魔獣を抑えてほしいかしら。空を飛ぶ魔獣はすべて私がやるかしら」
「わかりました」「・・・はい」
あめはまだ弟を殺された怒りが収まっていないが、舞の指示にしっかりと従う。この二か月の間で培った信頼関係の表れだった。
「・・・さあ、あたしの子供たち。存分に嬲って嬲っておいしくいただきましょう」
魔王エマがその白髪を一本海に落とすと一気に魔獣が三人に襲い掛かってくる。
「蒼・
りりの羽から蒼い雀が飛び立ち魔獣に喰らいつく。食い千切った肉片が蒼い雀へと変化し、魔獣を襲う。りりは海を泳ぐ魔獣を減らすように立ち回り、あめは双大剣を振り回し舞へ襲い掛かる魔獣を切り裂いた。
タコやイカの触手が襲い掛かるときもあれば、サメの歯が飛んでくるときもある。鯨のような魔獣が高層ビルが横倒しになったかと錯覚するほどの巨体を生かした体当たりや、海から弾丸のような速度で襲い掛かってくる魔獣もいた。
しかしそれらを全て、舞へ行かないように、舞がりりとあめを信じてくれているようにりりとあめも舞ならばこの状況をどうにかしてくれると考えていた。
しかし、あまりの魔獣の多さにりりは歯噛みする。りりの
木が出せれば拘束が出来る上、今の羽を使った機動よりも遥かに早く的確な立体機動が出来るからだ。
しかし、それでもあめと二人で魔獣を倒し続けていると海から魔獣が出てこなくなる。
すると舞の方に巨大な竜巻が現れ、空を飛んでいた魔獣は一匹もいなくなっていた。
「さあ、あとは貴方だけかしら」
「・・・やっぱり強いね。・・・じゃあこうしようか」
魔王”エマ・エミフーラン”が手を叩くと今まで倒した魔獣の死骸が浮かび上がり、りりとあめを閉じ込める檻となる。
「な、何よこれ!こんなもの!!」
突然の状況変化に驚いたあめだったが、すぐさま自分の特性を生かし双大剣を振り回す。
大剣通りが接触した瞬間、檻を中心に波が起きるほどの轟音が響き渡る。だが、檻には傷一つつかない。
「か、固い・・・!」
「
しかし、根を張る物が出来たことによってりりの魔法が発動する。檻に根を張り巨木が魔王”エマ・エミフーラン”へ襲い掛かる。
しかし、それらが魔王”エマ・エミフーラン”に届くことは無く再び現れた魔獣によって防がれる。
「・・・あたしの相手は舞だよ。・・・貴方達はもう少し待ってね。・・・後でしっかり食べてあげるから」
魔王”エマ・エミフーラン”がそう言うと魔獣がさらに召喚され、檻を守るかのように配置につき、海面が上昇し始める。
それは舞が檻を破壊しないように、檻を破壊しようとしたら邪魔が入るぞという意思表示でもあり、あまり思考に時間をかけているとりりとあめが溺死するぞという警告でもあった。
(さすがに他の魔獣に邪魔されながら魔王を相手取ってりりさんたちを助けるのは無理かしら)
りりとあめが必死に檻を破壊しようと武器を振り回しているのをしり目に、魔王”エマ・エミフーラン”に向き直る。
「かかってくるかしら」
「・・・さあ、始めましょう。おいしくなるように踊ってね」
口角を上げると、魔王”エマ・エミフーラン”の座っていた黄金の羊が超速で舞に襲い掛かる。それをぎりぎりで回避し、舞は魔王”エマ・エミフーラン”に魔法を打ち込む。
「
巨大な竜巻が魔王”エマ・エミフーラン”の逃げ道を制限し、舞の鎌から発せられた指向性の竜巻が魔王”エマ・エミフーラン”の胸を打ち抜く。
「
水分が抜け、圧縮された桜吹雪が強固な土壁となって竜巻を防ぐ。
「
そして、お返しとばかりに天が怒り狂ったのかと思うほどの雷鳴が轟き一筋の光が龍の如くうねりながら空気を切り裂いて舞へ襲い掛かる。しかし
「
風を使い一気に加速した舞が魔王”エマ・エミフーラン”に接近し雷を回避、鎌を振るう。
命を刈り取らんと眼前へ迫りくる鎌を、舞たちにも知覚できないほどの速度で戻ってきた黄金の羊が背丈を優に超える大剣へと変化し防ぐ。
大剣と鎌の間に火花が散り鍔迫り合いを演じるが、魔王”エマ・エミフーラン”が大剣を振り抜き舞は鎌ごと弾き飛ばされる。そうして距離を取る魔王”エマ・エミフーラン”だったが距離を取った事が仇となる。
弾き飛ばされた舞は瞬時に体勢を整え羽を無数の鎌へと変える。そして鎌に風を纏わせることによって猛回転しながら魔王”エマ・エミフーラン”へ向かって投擲される。
回転によって全方位から迫る鎌を大剣を大剣とは思えないほど軽々と操り剣舞によって全て弾くが、その隙に再び舞が接近、鎌が首筋をとらえる。
それを人間ではありえないほどに仰け反ることで回避、そのまま舞を蹴り上げようとするも躱される。
「随分体が柔らかいのね」
腰が百八十度曲がった魔王”エマ・エミフーラン”に思わず舞の口から言葉が漏れ出る。
「・・・魔王だもの。・・・それにしても、強いわ。・・・ああ、ああ、思った以上に強いわ。・・・食べるのが楽しみで楽しみで仕方ないわ」
「
舞が
「やった!」
檻に囚われたあめが思わず大剣を振り回すのをやめて見入ってしまう。
しかし、ガラスの割れるような幻想的な音と共に氷塊は砕け散り、魔王”エマ・エミフーラン”が海から浮上してくる。
普通であればその砕け散った氷塊が敵を貪り喰らう魚へと変化し、敵を食い荒らすのだが、魔王”エマ・エミフーラン”に歯を突き立て顎を閉じた瞬間に魚が血を吹き絶命する。
魚が全て絶命すると、魔王”エマ・エミフーラン”はおもむろに大剣の先を海へ浸ける。
舞は自身の本能が警鐘を鳴らしているのを感じ取り、接近しようとするがそれは叶わなかった。
魔王”エマ・エミフーラン”がゴルフクラブの様に大剣を振り上げると、高速で振り上げられた大剣に付随するように水が形を変え、刃の様になって舞へ飛来する。
「
舞の羽がウグイスへと変化し、超音波が放たれる。それにより水で出来た刃は全て崩壊し海へ還った。
さらに魔王”エマ・エミフーラン”にもウグイスによる分子振動によって攻撃するが先程の魚と同じようにウグイスも攻撃が当たった瞬間破裂して絶命する。
「
先程とは違い魔王”エマ・エミフーラン”は天へかち上げられ、舞との距離を一気に縮められる。
再びの剣戟、無数の鎌を生み出しては使い捨て乱舞を繰り出す舞と、大剣を木の枝の様に軽々と振り回し魅せる剣舞は大剣の届く範囲に舞の鎌を一切入れなかった。
銀線が重なり、弾け火花が散る。舞の生み出す乱気流は舞の軌道を乱し魔王”エマ・エミフーラン”に読ませない。
舞には一つ懸念があった。りりとあめにも一応知恵を出してもらったが答えが出なかった問題。
なぜ、魚たちが絶命したのかということだ。しかし、それも先程の攻撃で種を明かした。
「そう、あなたは一定の大きさ以下の生物からの攻撃を受け付けないかしら」
「・・・どうしてそう思うの?」
「私の攻撃を防いでいるのがいい証拠かしら。私の攻撃を防いでいるということは私の攻撃が致命傷たり得るということかしら」
「・・・さあ、どうだろうね」
「もう終わりにするかしら」
少し動揺した魔王”エマ・エミフーラン”の足に樹木が絡まる。
「
檻の中にいるりりの魔法によってバランスが崩される。
「
吹雪が辺りを覆い氷の結晶が光を乱反射させ、舞の姿が無限大に増えたように見える。
「・・・っく!」
ここで魔王”エマ・エミフーラン”の余裕が崩れる。
無限の鎌が魔王”エマ・エミフーラン”の四肢を切断する。
「ああああ!」
そして、舞の鎌が首を切断。
くるくると宙を舞った。
舞の首が。
「「え」」
驚きで固まるりりとあめ。りりの魔法で魔王”エマ・エミフーラン”の足止めをし、舞が魔法を使い完全に止めを刺した。様に見えたが、鎌が魔王”エマ・エミフーラン”の首を切断した瞬間、舞の四肢が斬られ、首が宙を舞っていた。
「・・・ふふふ、あははははははは。・・・バカだね。あたしがいつ本気を出したよ」
そう言い宙を舞う舞の首を掴む魔王”エマ・エミフーラン”。そして何事か呟くと舞の頭が消し飛んだ。
「・・・さあ、楽しみの始まりだね」
檻に徐々に徐々に近づいてくる魔王”エマ・エミフーラン”。頭を失った舞の体は自由落下によって海に沈んでいった。
「お、お前えええええぇぇぇぇぇぇ!!」
今まで聞いたこともないようなあめの絶叫が響き渡る。
双大剣による猛攻が檻を襲うが全く壊れる気配はない。
「・・・じゃあ、とりあえず死のうか「させないよ」」
魔王”エマ・エミフーラン”が何者かの衝撃波によって吹き飛ばされ海へ沈んでいく。
遅れてやってきたのはシトーだった。
「君は何者だい?僕でも入るのに手こずるほどの異空間を作るとはね」
「・・・シトー・・・シトー・・・お前は邪魔」
今度はシトーに衝撃波が襲い掛かり吹き飛ばされ、檻に叩き付けられる。
「・・・戦闘系じゃないお前が。・・・あたしを始末できるとでも?」
ゆっくりと魔王”エマ・エミフーラン”が近づいてくる。
「シトー!!せめてこの檻が無ければ!!」
「くそ、さっさと壊れろこれ!」
あめが、双大剣を振り回すがやはり全く効果がない。
「
「
りりが魔法を乱発するも全てが無駄に終わる。雀と桜は枯れ、干乾び、雷は魔王”エマ・エミフーラン”の手の平に吸い込まれていった。
「・・・ちょっと待っててね。・・・すぐに貴方達も始末するから」
「させると思うかい?舞が死んだのなら今は僕がこの子たちを守る番さ」
長い銀髪を血に染めながらもシトーが立ちあがる。
「シトー。願いを叶えて」
突然の申し出にシトーが驚く。
「!?いいのかい?最初に言った願いは今も叶えられないよ」
「別の願いにするから、叶えて!」
「内容次第かな。君の素質で叶えられる範囲なら」
そのやり取りに危機感を抱いたのか魔王”エマ・エミフーラン”が一気に仕掛けてくる。
大剣でシトーに斬りかかるが、シトーが檻を背にしていることもあり何とかシトーでも往なせる攻撃だった。
もともと、シトーは世界と天使の橋渡し。戦闘能力は天使に比べたら皆無と言っても差し支えないものだったが、今は天使に歴代の天使の戦闘経験をインストールしたようにシトー自身にもインストールしていた。
しかし、シトーは天使でないため効果は半減、あめやりりの様に完全に体が自動で判断してくれるような感覚には陥らないため、避けることで精一杯だった。
それをりりとあめ、どちらも攻防を見ていて分かった。
だから、すぐにあめが願いを言う。
「その魔王の被害を元通りにして!」
「それは最初の願いほどではないけど君の素質では無理だ」
「じゃあ、今日だけ、今日の被害を元に戻して」
「それも厳しいね」
攻防、と呼べるかどうかわからない一方的な攻撃を受け流しながらシトーが返答し続ける。
「今日、そいつに殺された人たちを生き返らせて!」
あめの脳裏には弟のそらと舞の顔が思い浮かぶ。魔王”エマ・エミフーラン”に激しい憎悪を抱きたくなるが、憎悪は天使の力を鈍らせる。だから怒りに変え、怒りを力に変える。
「その願いは限定的にだが受理できる。りり!君が天使になるときに舞がやったように箱を作れるかい?」
「・・・やってみます!!」
自身を中心に衝撃波を放ったシトーが魔王”エマ・エミフーラン”の攻撃によって離れつつあった檻に再び近づく。
「・・・させると思う?・・・その子はまずい気がする」
魔王”エマ・エミフーラン”も追いかけてくるが、一歩りりが早かった。
「
りりの持つほぼすべての魔力をつぎ込んだ魔法。木の箱を作りあめとシトーを中に入れる。
「
魔王”エマ・エミフーラン”が魔法を放ち、大剣で攻撃する。
しかし、この箱はいつもと違い動かす必要が無く、ただひたすらに固さだけを求めた魔法であったため、一撃で壊れるようなことはなかった。
凄まじい音が響き渡り、海に大きな波を生む。ひびが入り、軋み、変形するがそれでも木の箱は壊れなかった。
「はあ、はあ、はあ、わたしだってこの二か月で魔法をいっぱい鍛えたんだから。あなたなんかに壊させない!」
りりの脳裏に浮かぶのは眼から光の無くなり血まみれになったあめの弟そらと四肢が切断され首が飛んだ舞の姿だった。
憎悪は無い。憎しみなんて物は抱いてはいけない。天使が憎しみを抱くと魔人になってしまうから。そう舞に教わった。
だから、悲しみに変えて、その悲しみを壁を乗り越えるための踏み台にする。
「絶対にこの儀式は邪魔させない!」
『よく言ったわね。力を貸しましょう』
謎の声がりりの脳に響き渡り、変形していた箱が元の形に戻る。
『りりの固有魔法:天の
突然現れた固有魔法を名乗る声。困惑するが何故か怪しさは全く感じられなかった。ずっと昔から知っているような安心感に似た何かがあった。
しかし、魔王”エマ・エミフーラン”も最初にあった時は同じ安心感があったためりりは頭の片隅で警戒しろという言葉がよぎるが、今は他に頼れる物がないためこの天の
自分の限界を超えて、全て絞りつくす気持ちで魔力を木の箱に流し込む。
「・・・くっ!・・・まずい」
攻撃をやめ一気に離れる魔王”エマ・エミフーラン”。
数瞬後に、箱が内側から爆ぜる。
「ありがとう。りり。後はあたしがやるよ」
あめが歩き出したと思ったら、りりとあめを閉じ込めていた檻が凄まじい衝撃はと共に消し飛んだ。
「あめ、君の言ってた舞がやられた時の状況からあいつは
あめがシトーの言葉を遮り四枚二対に増えた羽を羽ばたかせた瞬間、魔王”エマ・エミフーラン”は細切れになっていた。
「・・・っは」
魔王”エマ・エミフーラン”に分かりやすいほどの魔力が集まるが、りりが瞬きするまもなく。ただただ、映像が切り替わる様に細切れになった魔王”エマ・エミフーラン”が跡形もなく消え去る。
「何かする前にあたしが倒してしまえば良いのよ」
りりには何が起きたのか理解できなかった。瞬きはしていなかった。だが、本当に映像が切り替わったように、カット編集がされた動画の様に魔王”エマ・エミフーラン”が倒されていた。
「はは、これは予想以上だ。あの素質でここまでの戦闘力を手に入れられるとはね」
シトーも驚いていた。あまりの予想以上の戦果に。
しかし、戻ってきたあめに苦言を呈する。
「だけどね、僕が魔王の情報を渡そうとしていたんだからそれを聞いてからやるべきだ。もし彼女が予想以上に魔王固有能力を使いこなしていたら細切れにされていたのはあめ、君だったんだよ」
「ごめんなさい。舞さんの敵を討ちたくて・・・」
先程の自分の行動にあめ自身も軽率だったと思ったのか素直に反省しシトーに謝る。
「まあ、反省しているならいいよ。僕はこの異空間を破壊しなきゃいけないから、りりとあめは先に舞の部屋に戻ってて。さすがにここまで現実に侵食した魔王の異空間は自然に消えないからね。ちゃんと舞もつれていくから」
「シ、シトー、舞さんはあめちゃんの願い事で生き返ったんだよね?」
シトーに確認するりり。あめがシトーに叶えたいと言った願いは魔王”エマ・エミフーラン”に殺された人の蘇生。りりが願いを叶えたときはすぐにあめが生き返ったが、舞がりりたちのところへ来る気配はない。海の底から上がってこないのだ。もしかしたら生き返ってすぐに溺れてしまったんじゃないかとりりは考えた。
しかし、シトーからの返事はりりの考えを覆すがあまり良くないものだった。
「そうだね。舞は生き返っているよ。でも完全ではないね。その辺も舞の部屋で話すから」
そういい、シトーが指を鳴らすと舞の部屋にりりとあめの二人で戻ってきていた。
沈痛な面持ちで俯くばかりであめは何も話さなかった。
*****
暗い暗い、地下道のような場所で、一人のずぶ濡れの白髪の少女が四つん這いになっていた。
「・・・はあ、はあ、成功した。・・・危なかったけど、成功した」
思わず笑みが零れる少女。
「・・・まさか、あそこまで覚醒するとは思わなかったけど・・・全部計画通り。後ぴゅ」
白髪の少女の独り言はそこで途切れ、首が落ち石畳が鮮血に染まる。
体も切り刻まれ、首だけが真っ赤な石畳に転がっている。
その瞳が見た最後の光景は迫りくる鎌の切っ先だった。
天使Re王女《エンジェリプリンス》 尾地 雷徒 @20040226
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