#13 死神が初めて見た朝焼け


 幼き日より見知った、聖教国の聖都の大通り。


 日の出前の空によって群青色へと染め上げられた白い煉瓦の街並みが美しい。


 もう私は、道行く人を羨ましげに見つめることも、複雑な心境で遠方に見える大聖堂を眺めて歩くこともない。なぜなら私の隣には愛する者がいるからだ。


「日が昇る前までに家に着くよう、急がなければな」

「いえ、いいんです。貴方と一緒で見る太陽なら、嫌ではないでしょうから」


 死の淵より私が目覚めてからさらに三ヵ月が過ぎた。


 私の体調が快復したのち、私達夫婦の正式な婚姻の儀式はなんと大聖堂で行われた。

 たとえ僅かな夜の時間でも聖教の総本山である大聖堂を貸切っておきながら、やたらと賓客を呼んだり宴やらを執り行うことはせず、私達と聖職者だけの簡素で厳かな儀式で済ませたのはなんとも彼らしい。


 私はアルフォンスの横顔に話しかけた。もうらしくない気取った口の効き方はしない。

「時々、私はまだ覚めない夢を見ているんじゃないかって、思うんです」

「君はまだ、そんな事を言うのか」

「ふふっ、すみません。いい加減鬱陶しいですよね。でも本当にそう思えるくらい、今の私は前とは信じられないくらい違う人生を歩んでいるんです」


 ……そう、本来私はあの時、アルフォンスに命を捧げて死ぬはずだった。

 あるいは死霊術を使い続けた果てに死ぬか、それとも孤児のまま路地裏で死ぬか。

 そんな私が今も生を得たままで、本気で愛した人を結ばれているなんて……


「私、これからもアルフォンスと一緒に生きたいです。でもそう思う一方で、たとえ今死んだとしても充分なくらい幸せだなーって、思って……」


「なーんて、そんな……」

「………………」

「あ……あれ……」


 アルフォンスが、頭一個分高い位置から凄まじい顔で私を睨み付けている。


 何か気に障ることを言ったのだろうか。確かに縁起でもなかったかもしれなかったが、なぜ目の前の夫の顔は今まで見たことがないほどの怒りを見せているのだろうか。ある意味では魔獣よりも恐ろしいその威圧感に、私は涙目になって震えながら必死で弁解した。

「ち、ちが……物の例えで……ご、ごめんなさ……」


 アルフォンスは突然私の左手を両手で包み、自らの胸元へと寄せた。

「頼むから、充分幸福を得られたなどと言って、何処かへ行こうとしないでくれ」

「……アルフォンス?」


「永遠に目覚めぬかも知れぬ君を待ち焦がれた三ヶ月は、これまで生きた二十七年よりも長く感じられた。何処にも行くなとは言わないが、必ず戻ってきてほしい……」


 口調も表情も普段通りに戻ったが、声には力がなく、手は微かに震えていた。

 以前の彼とは、違う。心を抑える冷徹な軍人から、一人の男性のような等身大の姿へと。まさか、可愛いなんて感情を彼に抱く日が来るとは思わなかった。


「だ、大丈夫です。もう死に急いだり、貴方を置いていったりなんかしませんから……」

「なら、今死んでも幸せだ、なんて事は口にしないでくれ。君が冗談のつもりでも、俺が平気でいられなくなる」

「ご……ごめんなさい。二度と言いません」

 それを聞いて、ようやく彼は私の手を放した。


「でも私、最近思うようになったんです。私が不幸に生まれたのは……今、この瞬間の幸せがどれほど尊いのかを知るためだったのではないかって」

「それが君の思考原理なら……もはや何も言うまい」


「ところで、戦争が終わって貴方の妻となったところで、どう生きればいいんでしょう?」

「俺はもう君に何かを禁じたりはしない。置物として傍に置いたままにするつもりはない」

「でも、貴人の伴侶としてやらなくてはならないこともあるのでは?」

「家が没落した俺にはもう貴族社会は関係ない。他の夫人より気楽で自由に生きられる」

「ですが……本当に他の生き方を知らないんです。貴方に何か案はありませんか?」


「君には医学の知識がある。それを用いて教会の光が届かない貧しき者達の為の医者となるといい。その為の資金は俺が供出する」

「医者……確かに、それならば私の知識も少しは……」

「それか戦後間もない今、孤児達を保護する施設を新たに設けるか……とにかく、君が本当にやりたい事は、君自身の意思によって決めるべきだ」


「……そうですね。死霊術の力が無くなっても、私は一生、自分に出来ることをし続けて生きていきます」


「…………それと」

「はい?」


「…………俺の為に、またあのスープを作ってほしい、毎日」

「……!! ふふっ……高貴な生まれなのに、ずいぶん庶民的なことを言うんですね」

「そ……そうか?」

「ええ。……仕方ありませんね、それを貴方と歩む一日の始まりとしましょう」


 大聖堂によって遮られていた太陽が、ようやく私達の前に顔を出した。

 私が思わず手をかざすと、すかさずアルフォンスが日除けとなって位置を変える。

 ああ、あれほど疎ましく思っていた陽光は、私にとって輝かしい象徴となった。


 今がまさに、長い夜の中を歩んできた私の夜明けの時なのだ。


【Fin】

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天才死霊術士の私は、 有能指揮官に冷遇され雑用役に追いやられる。 ネイト二世 @Nate2sei

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