【1章】(3)

   龍の炎


 昼食をたくさんの生徒とともに食堂で食べるのは、やはりアルマークにとっては新鮮な体験だったが、あまりに早く食べ終わってしまったせいで、モーゲンたちに笑われてしまった。味わって食べるという食べ方も学ばないといけないな、とアルマークは思った。

 午後も様々な授業があったが、どれも初めて経験することばかりで、授業についていくというよりも、そもそも自分が今何をしているのか、何を聞いているのかを理解することで必死だった。

 どうにかその日の授業を終えたアルマークは、クラスメイトらと別れ、一人魔術実践場に赴いた。入り口の扉を押し開けると、暗くかび臭い場内に昼間の痩せぎすの教師が待っていた。イルミス先生、とアルマークは声をかけた。

「来たね」

 イルミスはそう言って頷く。

「だが君はまだここを使うには早いようだ。場所を変えよう」

 イルミスに促され、外に出る。傾きかけた日差しの中で見ても、やはりイルミスの顔は青白かった。渡り廊下を校舎に戻り、無人の小さな教室の一つに入る。アルマークが席に着くとすぐに、イルミスはこんなことを尋ねてきた。

「さて、ではアルマーク。まずは君に問うとしよう」

「はい」

「魔法を使うのに、杖は必要か否か」

 そう言って、イルミスはアルマークの顔を探るように見た。

「君の考えは?」

 アルマークは少し考えて、答えた。

「魔術師は皆、杖を持っています。それは魔法を使うのに必要だからではないでしょうか」

「なるほど」

 イルミスは頷き、アルマークの回答には触れず、次の質問に移る。

「では魔法を使うのにローブをまとう必要はあるのか否か。君はどう思う」

「……魔術師は皆、ローブをまとっています。先生も僕たち生徒も。それは必要があるからではないでしょうか」

「なるほど」

 イルミスは再び頷いた。

「君は魔術師を見たことがあるのだね」

「はい」

「どこで?」

 戦場、と答えそうになってアルマークは危うく飲み込んだ。

「学院に来る旅の途中で」

「そうか。では君は魔術師というものを知っているのだね」

「はい」

 アルマークが頷くと、イルミスも頷いた。

「よくわかった。アルマーク」

 そして厳かに告げる。

「では、今まで君が知ったと思い込んでいた魔術師というものは、今日この場で全て忘れなさい」

「えっ」

 アルマークは戸惑い、返答に詰まる。

「君が見てきたもの、見たと信じてきたものは魔術師の外見、表面上の姿に過ぎない。魔術師の別名を君は知っているかね?」

「魔術師……見えない力を行使する者」

「そうだ」

 イルミスは頷く。

「魔術師の本質はその外見にはない。杖、ローブ、それらはどれも魔術師の本質ではない。魔術師の本質とは、その操る力同様、目には見えないところにある」

「目には見えないところ……」

「それに気付いている者は、実は巷の魔術師の中にも多くはない。しかし君はこの学院で学ぶ以上、少なくともそれを理解しなければならない。そこから始めなければならない。私がここで君に教える魔法は多岐にわたる。だがそれらを習得する際に、君には杖もローブも必要はない」

「それではなぜ」

 杖やローブを皆が持っているのですか、と聞きたかったが、イルミスに穏やかに制された。

「君は賢い。これまで、目から、耳から、たくさんの知識を吸収してきたことだろう。君の疑問に私がここで口で説明することは容易い。しかしそれは君の真の理解をかえって妨げることになるだろう。君が賢すぎるがゆえに」

 イルミスはアルマークに目を閉じるよう促した。

「魔法の全ては瞑想から始まる。君の体内に宿る魔力を君自身がきちんと感じることから始めなければならない。初等部に入学したての生徒たちは、毎日毎日、繰り返し瞑想して自らの魔力を練るのだ。じっくりと時間をかけて。とはいえ、君はもう三年生だ。君に残された時間はそう多くはない。だが私は学院長の言っていた君の才能とやらに期待しているよ。さあ、始めよう……」

 イルミスはその日、日が暮れて真っ暗になるまで、ずっとアルマークの瞑想に付き合ってくれた。


 イルミスに挨拶をして校舎を出ると、すでに辺りは一面闇に包まれていた。校舎から寮に戻るのはまだ二度目だが、ほぼ一本道だ。途中に多少の分岐はあるが、迷うほどの道ではない。

 アルマークは帰ろうとして、誰かが彼の方に駆け寄ってくるのに気付いた。

「あ、いたいた。おーい、アルマーク」

 モーゲンとネルソンだった。二人とも笑顔で手を振っている。

「やあ、どうしたんだい」

「君が寮に帰るのは今日が初めてだから、迷ったらいけないってウェンディが心配してね。みんなで待ってたんだ」

 モーゲンが答えた。

「さっきまでウェンディたちもいたんだけど、あんまり暗くなるとリルティが怖がるんで、女子は先に帰したところ。みんな君によろしくってさ」

「そうなんだ。わざわざありがとう。ずいぶん待ったんじゃないのかい」

「俺たちも放課後には自主練習したり森に行ったり、いろいろしてるからよ。ま、もののついでさ」

 とネルソンが言う。言い方はぶっきらぼうだが、好意的な響きがあった。

「さあ帰ろう。お腹空いたよ」

 モーゲンの言葉に頷き、アルマークは彼らと並んで歩き始めた。二人は道すがら、学校のことや自分たちのこと、いろいろなことをアルマークに話してくれた。

 まだ彼ら一人ひとりの名前と顔がしっかりと一致していない。そのことをアルマークは申し訳なく思った。早く、きちんと覚えよう。

 夜、寮の自室で一人、アルマークはイルミスに教えられた瞑想を実践した。

 自らの体内に宿る魔力を感じること。魔法の始まり。

 今日の昼には、魔力を流れる血液のようにイメージしていたが、今は何となく、体の奥、芯の方に溜まっているひと塊の水のように感じる。自分のイメージが正解かどうかは分からない。イルミスも、今はまだ正解を求める段階ではない、と言っていた。

 学院へ至る旅路、アルマークは孤独な旅空の下で自分自身と対話する経験を重ねてきた。それと同じようなものだ。アルマークは飽きることなく瞑想を続けた。


 翌日から、アルマークの忙しい日々が始まった。

 ちんぷんかんぷんな授業に必死に食らいついていく。分からないところは隣の席のウェンディが親切に教えてくれたが、彼女にばかり甘えるわけにもいかなかった。アルマークは校舎の隣の図書館に通い、自習に励んだ。

 放課後は、イルミスのもとで瞑想。イルミスはずっと付き合ってくれることもあれば、一言二言アドバイスをして出ていってしまうこともあった。ウェンディたちは快く協力を申し出てくれたが、今はただ瞑想しているだけで、手伝ってもらうような段階にはない。それにウェンディたち自身も、放課後はそれぞれ何かしら忙しそうではあったので、アルマークは申し出に感謝し、いずれ時期が来たら手伝ってもらうことを約束した。


 そんな風にあっという間に日々が過ぎていった。

 学院では概ね十日に一日、休日が設けられている。その事件が起きたのは、アルマークがこの学院に来て初めての休日の前日のことだった。


 今日も魔術実践の授業だ。離れの魔術実践場にいつものように整列して、教師を待つ。イルミスが入ってきて授業が始まると、やはり最初は灯の魔法からだ。みんなが手に炎を灯す。安定した優しい光が生徒たちの手元に生まれていく。

 これまで魔術実践の授業ではみんなの魔法を見ているだけだったアルマークは、彼らの様子を見ながら、瞑想を始めた。まだ、イルミスからは瞑想のやり方以外は習っていない。しかし今までに彼からもらったアドバイスのエッセンスを抽出すれば、魔法の本質とは、いわゆるイメージ。自分の中にある魔力をいかにイメージしてほかの姿に、ほかの力に変えることができるか。恐らくそういったことだろうと思われた。

 灯の魔法とはつまり、自分の体内にある魔力を、手のひらの上に小さな炎として発現させること。アルマークは瞑想し、そっと右手のひらを上に向け、炎を灯すイメージをしてみた。

 灯。小さな灯。

 イメージを集中させる。しかし、右手に変化はない。だめだ、うまくいかない。アルマークは目を開けた。

 授業は次の魔法に移る。今日は風の術の練習だ。杖全体から、風を吹かせる術。破壊や攻撃のための術ではないので、ゆっくりと優しいそよ風を吹かせる。そこから徐々に、木の枝が激しくざわめく程度の強さにまで風を強めていく。

 生徒それぞれ、魔法ごとに得手不得手があるということは、アルマークにも見ていて分かった。石刻みの術で石を割るのにあんなに苦労していたノリシュが、今日は生き生きと、優しいそよ風を吹かせている。逆にトルクはいきなり強い風を吹かせてしまい、イルミスから注意を受けている。

 ウェンディとレイラはどの魔法も満遍なく上手にこなす。性格は正反対に見える二人だが、魔法の才能は拮抗しているようだ。モーゲンは風の術でも苦戦しているようで、なかなか風の強さが安定しない。

 石刻みの術と同じように見えて、魔力の使い方、イメージの使い方に大きな違いがあるのだろう。アルマークはクラスメイトたちの様子を見ながら、そう考えた。

 ウォリスは何をしているのかな、とアルマークは金髪の少年の方に目をやる。

 クラス委員のウォリスとは、アルマークはまだ一言も喋ったことはない。自分がクラス委員だという自己紹介も受けなかった。アルマークの方から彼に話しかけようとしたことはあったが、ごく自然な感じでその場を離れられてしまった。アルマークには意識的に自分を避けているように見えた。

 かといって誰にでも冷たいのかというとそんなことはなく、彼はむしろほかのクラスメイトからは頼りにされ、慕われているようだった。ウェンディも屈託なく、「何かあったらウォリスに相談すれば何とかなるよ」と教えてくれた。

 以前、モーゲンがウォリスも貴族の息子だと教えてくれたが、アルマークはそのとき彼の姓までは聞かなかった。実際のところ、アルマークも授業についていくのに必死で、ほかの生徒のことにまでいろいろと目を向ける余裕はない。そういうわけで、今に至るまで彼とは言葉を交わしたことすらないままであった。

 ウォリスは恐らく何か、ほかの生徒とは違うことをやっているのだろう、ということは分かった。しかし、それが何なのかまでは分からなかった。

 アルマークはそっとみんなの風が届かない場所まで下がり、杖を床に置いて目を閉じた。

 さっきの灯の魔法にもう一度挑戦してみよう。

 瞑想の練習を始めてからというもの、イメージはそれまでよりもずっと鮮明になっていた。体を流れる魔力のイメージも具体的だ。右手を上に向け、その手のほんの少し上の空間に、小さな炎が宿る様をイメージする。体から流れ込んだ魔力が右手に集まり、それが小さな炎として結実する。結実した炎を、消えないようにその場に留める……

 ぽつっ、とアルマークの手の上に炎が点った。

 ふらふらと安定しない弱々しい炎ではあったが、間違いなく魔法の炎が彼の手のひらの上を照らしていた。

「やった……できた」

 毎日の瞑想の成果だろう。自分でも思った以上に早く、成功させることができた。

 アルマークは顔を上げてイルミスを探した。ちょうどイルミスは別の生徒にアドバイス中で彼の方を見てはいなかった。

 僕が初めて使った魔法だ。

 アルマークは小さな炎を大事そうに見つめた。

 そのときだった。不意に、その炎が大きく揺らいだ。アルマークには、炎が手の中で悪意を持って身をよじったように見えた。体の中の魔力がその炎に一気に吸い取られていくのを感じる。

 えっ、なんだこれ……

 アルマークが戸惑った瞬間、手の上の炎が爆発するように膨れ上がり、大きな火柱が天井近くまで上がった。突然の事態に大きな悲鳴が上がるが、アルマークの視界は噴き出す炎に遮られ何も見えなかった。

 ノリシュやリルティたちの悲鳴。トルクの怒声。ウェンディの「アルマーク君!」という悲痛な叫び声。様々な声の中で、イルミスの小さな呟きがなぜかはっきりとアルマークの耳に届いた。

「だから言ったろう」

 全身の力を搾り取られるような感覚の中で、アルマークは意識を失った。


 気付くとアルマークは校舎の医務室のベッドに寝かされていた。

 体を起こしてみる。痛みはない。右手を見るが、火傷している様子もない。

 窓の外はまだ明るかった。日はまだ高いところにある。

 どれくらい気を失っていたのだろう。長い旅の途中でも、あれだけ無防備に気を失ってしまったことはなかった。そんな状態になるということは死を意味したからだ。

 とんだ大失敗だ。

 アルマークはため息をついて右手を窓にかざした。いったい、なんだったのだろう。意思を持ったように膨れ上がった炎。急激に吸い取られていった魔力。

 ベッドから降りようとすると、めまいがした。体に力が入らない。

「まだ歩かない方がいい」

 突然声をかけられ、アルマークは驚いて振り返った。イルミスが壁にもたれかかって彼の方を見ていた。彼の気配に全く気づかなかったのは、アルマークの衰弱がよほど激しかったからだろう。外傷はないものの、想像以上にアルマークの体はダメージを受けているようであった。

「体の中の魔力をほとんど放出してしまったんだ。もう少し横になっていなさい」

 ずっとついていてくれたのだろう。イルミスはそう言いながらゆっくりと近付いてきた。

「イルミス先生……僕は、いったい」

 アルマークはなおも体を起こしたままでイルミスに尋ねた。

「灯の魔法を使おうとしたな」

「はい」

 アルマークが頷くと、イルミスは首を振った。

「君が使ったのは灯の魔法などではない。あれは、龍の炎。敵対する相手を焼き尽くす破壊の魔法だ」

「龍の炎……相手を焼き尽くす破壊の……」

 そう繰り返した後でアルマークは気を失う直前に聞いたクラスメイトたちの悲鳴を思い出し、背筋を凍らせた。

「じゃあ、ほかのみんなは」

「……誰も怪我はしていない。君の体の中の魔力はろくに練られていなかったので、あっという間に燃え尽きてなくなったからな」

「そうですか……よかった」

 安堵のため息を漏らすアルマークの顔を、イルミスはじっと覗き込んだ。

「なぜ、あんなことが起きたと思うね?」

「……分かりません。確かに僕は瞑想の訓練しかしていませんでしたけど、灯の魔法のイメージはできていたと思いました。小さな炎をずっとイメージしていたんです。大きな炎、ましてや、龍の炎?なんていう考えたこともない破壊の魔法が、どうしていきなり」

「龍の炎は、高等部以上の年齢での使用が推奨される魔法だ」

 イルミスは言った。

「別にさほど難しい魔法ではない。発動するだけなら中等部の生徒でも十分できる」

 ただ、とイルミスは付け加えた。

「この魔法は魔力の消耗が非常に激しい。体が成長しきっていない子供が使えば命にかかわる」

「ああ、それで……」

 アルマークは自分が気絶した理由を理解した。立ち上る炎とともに、全身の魔力をあっという間に消耗し尽くして気を失ってしまったのだ。

「僕は瞑想もきちんとできていない状態で、自分の魔力をとんでもないものに結びつけてしまったんですね」

「そういうことだ」

 イルミスは頷いた。

「前にも言ったろう、君は賢すぎると。目や耳から入ってきたことを瞬時に理解し、解釈し、応用しようとする。しかし、こと魔法に関する限り、それは真の理解ではない」

「……はい」

 気絶する直前、イルミスの声を聞いた。

『だから言ったろう』

 それはつまりそういうことだったのだ。アルマークが自分の頭で考えた灯の魔法のイメージ。それはアルマークが勝手に解釈していただけの話で、現実には全く別のものとして発現してしまった。

 イルミスの言った通りだった。アルマークは自分の思い上がりを恥じた。イルミスは、そんな彼をもう一度ベッドに横にさせると、立ち上がった。

「治癒術のセリア先生がじきに薬湯を持ってきてくれる。それを飲んだら、もう少し休んでから寮に戻りなさい。今日と明日は瞑想の訓練もしないこと。自室で静養して魔力の回復に努めなさい」

「……分かりました」

 アルマークは唇を噛んだ。

「先生、ご迷惑をおかけしました」

「君には才能がある。それは間違いないことだ。だが、大きすぎる才能ゆえに制御するには相当の訓練と覚悟が必要だ。先日、君には残された時間は多くない、と私は言ったが……」

 ドアの前で、イルミスはもう一度振り返ってアルマークを見た。穏やかな口調で言う。

「それは、あせれという意味ではない。あせりは禁物だ。あせらず、しかし、たゆむことなく、丁寧に。……継続しなさい。君の中にある力だ、君に制御できないはずはない」

「……はい」

 アルマークは頷いた。今は、イルミスの言葉を信じるしかなかった。

 イルミスが出ていってしばらくしてから、治癒術教師のセリアが薬湯の器を持って入ってきた。器を受け取って薬湯を口にすると、体の中に、ぽた、ぽた、と滴のようにゆっくりと魔力が溜まっていく感覚があった。

「めまいがなくなって歩けるようになったら、寮に帰っていいわよ。イルミス先生にも言われたと思うけれど、今日と明日は外出禁止。自室でゆっくりと身体を休めなさい」

 セリアがそう言い残して去った後、しばらく横になっていたアルマークは、めまいも治まったしそろそろ帰ろうかとベッドから起き上がった。もう授業も終わってしまう時間になっていた。

 今日はクラスのみんなを驚かせてしまった。夕食のときに謝らなければ。

 明日はアルマークにとって初めての休日で、ウェンディやモーゲンが、書店にようやく届いた彼の教科書を受け取りに行きがてら外の街を案内すると言ってくれていたのだが、それも断らざるを得ない。そんなことを考えながら医務室を出ようとすると、逆に外からドアが勢いよく開けられた。

「アルマーク君!」

 飛び込んできたのは、ウェンディたちクラスメイトだった。

「大丈夫? フィーア先生が、今日はもう先に寮に帰すって言っていたからもう心配で」

 先頭で入ってきたウェンディがアルマークを頭から足の先まで点検してから、彼の右手を取って両手でさする。白くすべすべとした絹のような触感がアルマークの皮膚の上をなぞっていく。

「傷はないみたい。よかった」

 そこまでして、やっとウェンディは笑顔を見せた。ありがとう、もう大丈夫、とぎこちなく答えるアルマークを見て、皆口々に「よかったね」と言い合う。

「それよりもみんな、ごめん。炎が制御できなくてみんなを危ない目にあわせてしまった」

 アルマークは頭を下げたが、みんなの反応は意外なものだった。

「いやいや、気にすんなよ。あんなのよくあることだから」

 真っ先に気軽に応じたのはネルソンだった。

「俺たちだって最初の頃はみんな灯の魔法がうまくコントロールできなくて、火傷しそうになったり火柱立てたり、そりゃ大変だったんだから。なっ」

 言いながら振り返ると、みんなも、うんうんと頷く。

「そうそう。みんな失敗してきてるから。全然大丈夫だよ」

 モーゲンが言うと、リルティも小さい声で、

「私も、横にいたトルクの髪の毛焦がしちゃって……」

 と言い、それにみんなが吹き出した。

「あのときは大変だったな!」

 ネルソンが嬉しそうに手を叩く。

「リルティはおとなしそうに見えて時々とんでもないことするからな」

 場が和んだところで、ノリシュが思い出したように、ぽつんと言った。

「でも、あんなに大きい炎が出ちゃった人はいなかったよね」

 それにみんなが頷く。

「そうだね。アルマーク、あの炎は今のところうちの学年でナンバーワンの大花火だよ」

 モーゲンが親指を立てながら、慰めともなんともつかない言葉をかけてくれた。

「ありがとう。みんなもっと……怒ってるのかと思ってた」

「そんなわけないだろ。誰でも失敗はするもんだぜ」

 ネルソンが言い、ウェンディが頷く。

「みんな、それぞれお互いに迷惑かけてきてるからね。今はだいぶマシになったけど、入りたての一年生のときとか……ね」

 ウェンディの言葉に、皆それぞれ思い当たる節があるようで、苦笑いしながら、あー、とか、んー、とか声を出す。

「だからアルマーク君も遠慮しないで。今はイルミス先生の特訓は瞑想だけって聞いたけど、手伝えるようになったらいつでも言ってね」

「ありがとう」

 アルマークは心から感謝した。その後で、明日は街に出られない旨を伝える。ウェンディは顔を残念そうに曇らせ、連れていってあげたいお店がいろいろあったのに、と言った。

「僕も、おいしいお菓子の店を教えてあげるつもりだったのに」

 モーゲンも心から残念そうに言う。

「モーゲンは自分がお菓子の店に行きたいだけだろ」

 ネルソンが混ぜっ返すと、モーゲンは顔を赤くして、そんなことないよ、そりゃ僕だって買うつもりだったけど、と言い返す。

 結局、アルマークの教科書はネルソンとモーゲンが彼の代わりに書店に取りに行ってくれるという話にまとまった。

 まだ教室や森に用があるというみんなが出ていった後で、アルマークは温かい気持ちで医務室を出た。いい仲間に巡り会えた、と思った。彼らの気持ちを裏切りたくないな。

 校舎を出て寮へと戻る途中で、レイラに出会った。どこに行くのか、早足で歩いていた。

「あ、レイラ。今日は……」

 謝ろうとアルマークが声をかけると、レイラの冷たい視線に出迎えられた。

「自分が何をしたか、分かっているの」

 レイラの声は、表情同様氷のように冷たかった。

「自分で制御もできない力を振り回して。まるで猿ね」

 そう言って、見下したようにアルマークを一瞥する。

「今日の授業はあなたのせいでめちゃくちゃになったわ」

「ごめん」

「私には時間がないの」

 レイラは声に冷たい怒りを滲ませた。

「お願いだから、授業の邪魔だけはしないで」

 それだけ言い残し、レイラは去っていった。



   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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