第11.5話 ルナ、暴走
時は零が院長室にやってくる昨日まで遡る。
Side:ハリス=イグナート
窓から夕日が差し込みだした頃、私は院長室の客用ソファーに座って何枚にもわたる資料を見ていた。
「はあ~」
頭を抱えながら資料を見直す。
資料に書かれているのは、つい2日前に起きた
「会長。そろそろ休憩されては?」
向かい側から女性の声が聴こえてくる。
薬師寺君か…。
あれからどれくらい経った?
ふと院長室に置かれている時計を見ると、もう3時間いや、4時間近く考え込んでいたらしい。
最後に休憩したのはいつだったか?
思い出せないな。
「わかった。少し休憩させてもらうよ」
そう言うと、私の仕事を手伝ってくれている薬師寺君はニッコリと笑った。
本当に悪いなぁ。彼女はこの病院の院長の仕事もあるはずなのに……。
そう思いつつ、紅茶を淹れて休憩しようとしたその時、薬師寺君から声がかかった。
「そういえば、会長。昨日のあの話……。本当にするんですか」
「昨日の話?」
はて、何かあっただろうか?
「今回の事件の少年についてですよ」
「ああ。玄野少年の事か」
彼女の言葉に私は頷きながら、昨日のことを思い出していた。
・・・
時はさらに昨日まで遡る。
薄暗い部屋の中、2人の少女を囲むようにして大きな円卓が置かれていた。
円卓に囲まれている2人の少女の内、1人は金色の髪をしており、暗い表情を。もう1人は銀色の髪をしており、円卓に座っているフードを深くかぶった存在達を睨みつけていた。
円卓に座っているのは私、ハリス=イグナートと精霊協会の幹部、導師達である。
「それではまず、今回の事件について……。アリス。現場の状況を教えてくれ」
私がそう言うと、娘であるアイリス=イグナートはビクッと一瞬震えた。
まあ、そうだろう。
君は怒られることをしたのだから……。
心の中でため息をつきたくなるのを我慢して目の前にいる娘をじっと見る。
「まず、私が現場に着いた時。玄野零とルナ=セクト、彼ら2人は
娘、アリスは最後に謝ると、消え入りそうな声で記憶が無いと口にした。
ここまでは報告に書いていた通りか。
じゃあ、次は……。
私は娘の隣に居る銀髪の少女へと視線を向ける。
「アリス。報告ありがとう。それでは、ルナ=セクト。君に質問する。最後に何があった?
「……」
私は彼女に質問を投げかけるが彼女は黙ったままだ。
「黙秘権はない。答えてくれ」
「ねえ、零は今、どうなっているの? これからどうなるの? それを言わなきゃ答えない」
少女がそう言い放った瞬間、室内の空気が一段と重くそして、冷たくなっていく。
まずいなぁ。
そう思った矢先、向かい側から立ち上がる音が聴こえてくる。
あの席はアンドレイ家か。
ローブのフードから少しだけ見えるしわだらけの顔はしわが寄って大変なことになっているように見える。
あちゃ~。ありゃあ、相当怒ってんなぁ。
あの爺さん切れやすいからなぁ
思わず頭を押さえたくなるのを我慢していると向かい側から怒鳴り声が聞こえてくる。
「貴様。我らの質問に答えんなんぞ万死に値する!」
爺さんはそう言うと、人間一人をまるまる入れることが出来そうなくらいの大きさの火球を出現させ、円卓の内側にいる銀髪の少女に向かって飛ばした。
あー。どうしようかなぁ。これ。
流石に止めるしかないかぁ。
そう思い、手を向けようとした瞬間、火球が破壊されていく。
へえ、面白いねえ。
槍か。それも特別な……。
ただ、あれは……神器かな?
視界に映る少女は青いオーラを纏った槍を地面に突き刺すと再びこちらを睨んで来る。
うん。興味がわいてきた。
この少女の質問に答えてやるとするか。
今にも飛び掛かりそうなアンドレイの爺さんを拘束の魔術で拘束し、少女に対して笑顔を向けた。
「いやー。すまないね。うちのが迷惑かけた。お詫びとしてこちらが先に答えよう。まず、玄野君。彼は今。表の世界の病院で入院中さ。背中の怪我はここに運ばれてくるのが少し遅かったから跡が残るそうだけど、応急処置が済まされていたから命に別状はないよ。それから、彼のこれからについてだけど……流石に
最後の一言を言った瞬間、視界に映る少女は槍を引き抜き、こちらを刺そうと構え始める。
「零に手を出すのなら、あなたを殺す」
「おっと、それは怖いねえ」
ひしひしと伝わってくる殺気を楽しんでいると、円卓の一席から笑い声が聞こえてくる。
「ぶははははは! ハリスのおっさん。それは言い方が悪いだろ」
お腹を抱えて大笑いしていた少年は次の瞬間、円卓の内側、銀髪の少女がいる目の前へと移動して槍を持っている方の腕を掴む。
「っ! 放して」
「まあ、とにかく話を聞け」
「放せ!」
「はあ。『聞け』」
少年がそう口にした瞬間、銀髪の少女は槍を手から落として。床に座り込んだ。
「おっさん。早く話してやれよ」
「わかった。わかったから、飛鳥。早く戻りなさい」
「へーい」
少年はやる気のない返事を返すと瞬時に席へと戻る。
全く困ったものだよ。
今の若い子たちは……。
「では、続きを話そうか。今から目撃者、玄野零の処遇について話し合う。
そう口にした瞬間、鎖で拘束したアンドレイの爺さんが拘束されたまま立ち上がる。
「私は早く記憶を消すことをお勧めしますぞ。外の人間を取り入れるなんて……反対じゃ」
爺さんがそう口にした瞬間、周りがガヤガヤと騒がしくなる。
ふーん。
皆。やっぱり記憶を消す方がいいと思っているのか……。
まあ、私からしたらどうでもいいけど。
周囲の様子を観察していると、銀髪の少女がアンドレイの爺さんを呪い殺しそうなくらい睨んでいる。
おぉ、怖っ!
あの視線だけで爺さん殺せるんじゃないのかなぁ。
暇つぶしにバカなことを考えていると、先程の少年、飛鳥が急に立ち上がる。
飛鳥? 何をする気だ?
明日香は立ち上がるや否や急に笑い始めた。
「ぷっ、あははははは! 爺さん。外の人間を取り入れるのは反対って12年前のことで言ってんのか? もし、そうだというのなら……あんた。
飛鳥の殺気がアンドレイの爺さんに飛んでいく。
「い、いや。そういう意味では……」
飛鳥は声がだんだんと小さくなっていく爺さんを横目にしながら、私の方を見てニッと笑う。
「俺としては、そこの銀色と少年をセットで入れる事をお勧めしようと思ったんだが……それだと俺の主義に反するもんでな。だから、少年の方に決めさす。それでどうだ」
飛鳥がそう言うと、また更にガヤガヤし始める。
さあ、みんなどっちを選ぶか。
正直もう少し楽しみたいけど…。
時間はあんまり無いからね。
「それでは、挙手をお願いする。記憶削除に賛成の人は手を」
円卓を見ているとチラホラ手を挙げている人がいた。
「次に少年の意思に任せるという人は手を」
うーん。ちょうど半々か。
どうしようかなぁ。
どうしようか悩んでいたその時、飛鳥が立ち上がる。
「腐れシスター。薄い本買ってやる」
「なんですと! え、ホントに?
円卓の一席に居たシスター服を着た少女が立ち上がり目を輝かせている。
「ああ。噓はつかねえ。だから……。な?」
「了解! 会長。私、後者に変えます」
シスター服の少女は眼を輝かせながらそう言った。
買収か……。
いや、そんな事よりもせめて、バイブルって言おうか。ルビと言葉が逆だよ。
「それでは、本人の意思に任せるって事でいいだろうか?」
導師達に聞いてみるが誰も反論しようとしない。
アンドレイの爺さんも苦虫を嚙み潰したような顔をしてはいるが黙った状態であった。
「反論はないようだね。それでは、ルナ=セクト。君の言うとおりに玄野少年について、話した。だから、今度は君が答える番だよ。事件の最後に何があったんだ?」
あの事件現場には少年、ルナ=セクト、アリス以外の魔力の痕跡が残っていた。
確実に誰かいるだろう。
さあ、答えろ。ルナ=セクト。
「……あの日、零とそこの残……アイリスが戦えなくなった後、私の目の前に仮面をつけた男が出てきて、あのバケモノを殺していった」
「嘘を言うな! 仮面をつけて戦うふざけた奴がいるわけなかろう!」
アンドレイの爺さんがこれ見よがしに食って掛かりだす。
「噓なんてついてない!」
まあ、否定されると言い返したくなるもので……。銀髪の少女も言い返して2人の睨み合いが始まった。
あー。めんどくさいなぁ。もう。
頭を抱えたくなるのを堪えながら、必死に笑顔を作る。
「まあ、仮面をつけていたかいないは置いておいて、第三者がいたことには間違いが無いんだね?」
「……はい」
「じゃあ、もう。今日はこれでお開きとしようか。解散!」
そう宣言するや否や導師達はみんな部屋から出て行った。
それじゃあ、皆いなくなったことだし……。
気になっていたことを聞いてみるか。
「ルナちゃんだったっけ? 先の会議では聞かなかったけど、君……何者なのかな? “セクト”という家系は聞いたことが無くてね」
誰もいなくなった部屋の中で目の前の少女に質問する。
「……答えないといけないの?」
視界に映る少女はじっとこちらを見てくる。
まるで、信用してもいいのかどうかを見定めているかのように…。
まあ、言うわけがないよね。
「いや、言わなくていいよ。ただ、これだけは明らかにさせておきたい。君の目的はなんだ?」
これだけは絶対にはっきりさせないとね。
皆、少年の方に気が向いていたみたいだけど……。
少女はじっと私の顔を見て、言わない選択肢が出来そうにない事を悟ると、小さくため息を吐いた。
「……人探し」
「ふーん。人探しねぇ。で、玄野君との関係は?」
「答えなきゃダメ?」
「いや、ただの興味半分さ」
「そう。じゃあ」
彼女はそう言うと、部屋から出て行った。
・・・
「フッ」
思い出しただけでこれからどうなるのかが楽しみになって来る。
「どうしましたか。会長」
「いや、何でもない。ただ……」
「ただ?」
私は片手で紅茶が入ったカップを持つと窓の方へと進み、外の景色を眺める。
「少しだけ生きる楽しみが増えたってだけだよ」
夕日が沈み、夜のとばりの降りかけた景色を見ながら、そう呟いたのだった。
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