第12話 着物の魔術師
懐かしい夢を見ていた。
おじさんと■■■に初めて出会った頃の夢だ。
森の中で倒れていたおじさんと何故か泣いていた■■■。
懐かし……あれ? 何でだろう?
もう一人いたはずなのに名前も姿も全く思い出せない。
■■■って誰だ?
いや、そもそもこんな奴いたっけ?
わからない。
でも、■■■は俺にとって大事な人だったはずなんだ。
■■■を思い出さないと……。
・・・
「起きて!」
「もう少……し…」
誰かから体を揺さぶられるが意識がもうろうとしているせいか、誰が揺さぶっているのか。いや、そもそもこれが夢なのか現実なのかわからない。
もう少しだけ…。もう少しだけ寝かせてくれ。
昨日の夜、魔術師の事を考えていたら眠れなかったんだ。
だから、寝かせてくれよ。
「どうしても起きないの?」
「も…う……」
「そう。じゃあ、先に行ってるね」
誰かがそう言うと、扉の開閉音が聴こえてきた。
現実味のある夢だなぁ。
・・・
突然の頬の痛みで目を覚ます。
「
「あ、起きたわね。玄野君」
寝起きで寝ぼけているのか、目の前の人物が歪んで見える。
誰だろう? 視界が歪んでいてわからない。
うーん。金?
「……
なんで、アリスがここに?
それに……なんで、俺はアリスに頬を引っ張られているんだ?
訳が分からない。
いや、待てよ。なんで……俺。学校にいるんだろう?
窓から見える夕焼け空を目にしながらそうふと思う。
寝てしまったのかな?
そういや、ルナは?
「はあ~。考え込むのは後にして、まず先に顔を洗ってきなさい。話はその後よ」
アリスはため息吐きながら頭を抱え込む。
何でそんなに呆れてんだろうか?
訳も分からないまま教室を出てトイレの手洗い場へと向かい、鏡をふと目にすると、口からよだれが垂れていた。
・・・
「ごめん。遅くなった」
「で、目は覚めた?」
「おかげさまで」
「そう」
先の言葉には皮肉が込められていたのか、アリスの怒りのこもった鋭い視線が突き刺さるが気にしない。
「はあ、それじゃあ、早く行くわよ『アガルタ』に。ルナちゃんはもう行ってるからね」
「え、ルナはもう行ってるの? いつ?」
え、いつ行ったの?
俺、知らないんだけど……。
「あなたが机とお友達になっていた時に教室を出て行っていたわ。あなたを何回も起こそうとしたけど、起きなかったそうよ」
「マジすか」
あ、さっきの夢って……夢じゃない?
現実味あふれる夢だなぁ。なんて思っていたけど、まさか……現実だった?
背筋に冷や汗が垂れてくるのを感じる。
「ちなみにルナちゃん。相当怒ってたわよ?」
あ、やっちまったな。うん。早く謝っておこう。
そのためにも…。
「早く病院に行かなきゃ。起こしてくれてありがとう。アリス」
「あ、待って」
鞄を持ち、教室を出ようとすると、何故かアリスに止められる。
「うん? どうしたんだ?」
「玄野君。手を貸して」
アリスはそう言うと、手を差し伸べてくる。
ど、どうしたんだ? アリス。
戸惑いつつも差し伸べてきたアリスの手に自分の手を置くと、アリスはその手を力強く握った。
アリスの手からじんわりと熱が伝わって来る。
うん。なんか、エロイ。
手をつないで相手の体温が直で伝わってくるせいか、若干緊張を覚える。
「え、えーっと。で、ど、どどどうするんだ?」
恥ずかしさからか緊張からか、少しだけどもってしまう。
手汗が……ちょっとやばいかも。
いやいや、待て待て。玄野零。意識するな。相手はアリスだ。
残念美少女だぞ。外見良くても中身残念だぞ。
だから、意識するな。ほら、アリスを見てみろ! あいつ…。
俺はチラッとアリスの方に視線をやると、彼女の顔が若干赤いようにも思えてしまう。
え、意識してんの? アリスさん?
おーい。アリスさん⁉
いや、勘違いだ。きっと、夕日のせいだろう。
いやー。夕日さんすげえなぁ。(現実逃避)
「はっ、そうだわ」
何もかも諦めて現実逃避して無の境地に達していると、先程までボーっとしていたアリスが思い出したかのように動き始める。
「じゃあ、いくわよ。『
アリスがその言葉を口にした瞬間、アリスと俺の周囲の空間が突然歪み始める。
空間が…歪んでい……く…?
突然のことに驚いていると、すぐに空間の歪みは戻り、『アガルタ』の景色が視界に映る。
一瞬で……。
「うっ、うぷっ!」
一瞬で移動したことに感動していると、突然吐き気に襲われる。
胃の中の物が逆流して気持ち悪い。
なんで、急に……。
「はあ、『
口を手で押さえしゃがみ込んでいると、ため息とともに暖かい光が身を包むように舞い降りてくる。
吐き気がなくなっていく。
これは……昨日マルティン先生が使ってくれた魔術?
「ありがとう。アリス」
「貸し1ね」
「えっ」
えっ、貸し1って何?
え、ちょっ!
「それじゃあ、私は他に用があるから。じゃあね」
アリスはそう言うと、どこかへと歩き始める。
「じゃあね」
手を振ってアリスと別れる。
見事に流されたな。
まあ、いいや。貸し1は仕方ないか。
それにしても……ここは…どこ?
周囲を見渡すが、『アガルタ』の通路であることしかわからない。
もしかして、俺。迷子?
いや、まだ迷子として決まったわけじゃない!
適当にいけば多分着くだろう。
着かなくても誰かとすれ違うだろう。
・・・
数十分後。
行き当たりばったりで何とかなる。そう思っていた時期がありました。
やばい。どうしよう。完全に迷った。
道分からない。
さっきから、同じルート何回も歩いているような気がする。
どうしよう。
ルナ。怒らせてごめんなさい。だから、助けて。
多分、ルナが見ていたら情けないという気持ちを通り過ぎて盛大に引くだろうと思われる姿を露見させていると、目の前の通路の角から、着物を着た小さな女の子が現れる。
「おお! 神よ!」
突然現れた少女いや、幼女? に感動を覚えていると、ギョッとした目で見られる。
「おっと、ごめんね。お兄さん。少しうれしくて……」
危ない危ない。やっと、人に会えて少し暴走するところだった。
よーし。まずは深呼吸。スーハスーハ。
「あのー。すみません。どなたでしょうか?」
深呼吸をして落ち着きを取り戻していると、少女は少しやばい奴を見る目をしながら、名前を聞いてくる。
「ああ、ごめんね。俺の名前は玄野零。ここに来たばかりの新米魔術師だ」
「なるほど。そうですか。君がハリスさんの言っていた少年ですか。面白い子ですね」
あれ?なんで俺はこの子に子ども扱いされているんだ?
まあ、最近の子供はませているって言うしな。
この子はきっと、おませちゃんなんだろう。
「そういえば、聞きたいことがあるんだけど。ここから大きなモニターのある部屋まで行くためにはどうすればいいの?」
「ああ、なるほど。迷子だったのですね。では、私が案内しましょうか?」
ま、迷子!
頭に電撃が走る。
ぐっ、流石に小さい子に迷子扱いされるのは心に響く。
否定せねば俺のプライドが……。
「いや、別に迷子ではない。断じて迷子ではない。えーと、そう。探検だ! ただ、道案内の件はよろしくお願いします」
この場にもしルナかアリスがいたのであれば、鋭いツッコミが入るのかもしれないが、目の前の少女はニッコリと微笑むと、「ついて来てください」と言って歩き始めた。
それにしても……こんな小さな子がよく迷子にならないよなぁ。
やっぱり。マッピング機能の魔術とかがあるんだろうか。
それはそれで欲しいなぁ。
そんなことを考えていると昨日いた部屋にたどり着いた。
へえ。ここって“オペレーションルーム”って言うのか。
うん。覚えた。
「道案内してくれてありがとう」
「ここで会ってましたか?」
「うん。じゃあね」
少女に手を振って、部屋の中に入っていく。
部屋の中に入ると、隅の方にルナと……何故かマルティン先生がいた。
「ごめん。ルナ」
「……」
話しかけるがルナは黙ったままである。
あー。完全に怒ってるわ。
まあ、俺が悪いもんなぁ。
「ハハッ。お姫様のご機嫌取りは大変だね」
「マルティン先生。笑わないでくださいよ」
いや、確かに俺のせいではあるけども。
大変なんだからな。
ニコニコ笑顔でそう口にするマルティン先生を睨む。
「それにしても、玄野君。君。よくここまで来られたね。ここの道って複雑だったりするから迷子になったらここまで来られないのが普通なのだけど。途中、誰かに会って道を聞いたのかな?」
マルティン先生は顎に手を当てながら、疑問を口にした。
「ああ、それなら、着物を着た女の子に道を案内してもらった」
そう口にした瞬間、マルティン先生の笑顔がピタリと固まった。
「どうかしたの? マルティン先生」
あれ? 俺なんかやっちゃったかなぁ。
まあ、知らないふりでもしてたら何とかなるか。うん。
「え、着物? それって……
「えっ⁉ えーと。マルティン先生? も、もしかして、あの着物着ている子って偉い人?」
マルティン先生は頭を押さえながら、溜息を吐いた。
「そうだよ。明子さんはこの精霊協会の幹部、導師の称号を持つ魔術師にして魔術師歴80年以上のベテラン魔術師さ」
やっちまったー!
俺、めちゃくちゃ偉い人に普通に話しかけて、さらには年下扱いして、名前も名乗ってしまった。
あー。完全にO・WA・TA!
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