第30話 影から迫る魔術師②
四方八方の陰からナイフが俺に向かって飛んでくる。
飛んできている方向や高さからしゃがんだりしてナイフを避けることは出来ない…な。
さて、どうするか?
あのナイフは斬れないし、防御もできない。
いや、待てよ?
本当に切れないのか?
迫りくるナイフをどうしようか考えていたその時、明子さんとの地獄のような修行の日々が頭の中をよぎっていく。
あれは、修業を始めてすぐの事だった。
・・・
ここは精霊協会が所有している無人島近くの海。
「玄野君。もうちょっと魔力制御しないと溺れますよ」
そんな明子さんの声が遠くから聴こえてくる。
「あばっ、がはっ、やばい。溺れそう」
必死になって藻掻くが、足につけられた枷が魔力の動きを阻害し、身体に着けてある『軽減魔術付与の重り』が次第に重くなっていく。
魔力を制御しながら、しっかり泳がないと死ぬし、魔力の方に集中していたら、息継ぎ忘れて死にそうになるし。
どうすれば……。って、やばい。
こんなこと考えていたら余計に身体が……。
「ごぼぼぼぼぼっ」
いつの間にか考えることに夢中になりすぎてしまっていたせいか、身体につけられた重りの重さが元に戻ったらしく、溺れて沈んでいく。
「10分で15メートルくらいですか。先が思いやられますね」
そんな明子さんの声を最後に、俺は意識を失った
・・・
「げほっ、げほっ」
目を覚ますと同時に、腹にたまっていた海水が吐き出されていく。
ああ、死ぬかと思った。
ここは……。島の砂浜か
「目が覚めましたか」
上半身を起こして辺りを見渡していると、近くから明子さんの声が聴こえてくる。
「はい。死にかけましたけど……。なんとか」
「そうですか。では、修行の続きを……」
「すみません。明子さん。10分だけ休憩させて下さい。お願いします。」
明子さんが修行を再開しようとしかけたので、慌てて止める。
「はあ、わかりました。10分だけです」
「ありがとうございます」
そう言うと、大の字になって倒れた。
「はあ、生き返るぅ」
そういえば、俺の修業の内容は何でこんな感じの内容なんだろう?
大の字に倒れて、空を見ていると、唐突にそんな疑問が思い浮かんでくる。
「あの、明子さん。俺の修行内容は何でこんな……えっと、地味なのが多いんだ?」
俺は少し体を起こして、目の前にいる明子さんに問いかけた。
「……私や仮面の男、それ以外にも“導師”たちが使っている“魔力纏い”という技術は威力を上げたり、魔術に干渉したりする事ができる代物なのですが、それを使用するには高度な魔力制御が必要なのです」
「つまり、俺にその“魔力纏い”を習得してもらうために、俺はこの修行をしていると?」
俺の質問に明子さんは静かに頷く。
「普通の魔術、例えば身体強化の魔術が体内で発動するものだとすれば、“魔力纏い”は外から魔力で覆うタイプの技術なのです。そして、この外で覆い続けるというのがまた至難の業なのです」
「それって難しいの?」
俺がそう言いながら、魔力で手を覆おうとするが、次の瞬間、何故か魔力が反発して霧散してしまった。
あれ? なんで?
「“魔力纏い”が難しい技術とされている理由は、内の魔力と外の魔力が反発するというのがあります。だから、反発して霧散しないように制御しなければならないのです。わかってくれましたか?」
「……はい。修行、頑張ります」
・・・
それからというもの、俺はずっと魔力制御の修行をし続けた。
しかし、“魔力纏い”は何回やってもうまくいかなかった。
この“魔力纏い”なら、この実体の無いナイフを斬れるだろう。
……だが、今まで失敗してきた俺に出来るのか?
『大丈夫。わしがついておるのじゃ。安心せい』
そう……だな。ありがとう。ロンギヌス。
右手に持っていた剣を覆うようにして魔力を放出するが、放出した瞬間、魔力が弾かれる。
やっぱ、ダメか……。
『安心せい。わしがサポートするのじゃ』
その声が頭の中で聴こえてきた瞬間、放出した魔力を何かが押さえつけてくれているのか、スルスルと流れるようにして剣に魔力が纏われていく。
いけるっ!
「『魔力纏い 回転切り』」
魔力を纏わせた剣で迫りくるナイフを全て斬り払う。
「ほう。これは驚いた。一瞬とはいえ、剣に魔力を纏わせてナイフを斬るとは……さすがだ。ジェスターと戦って生き残っただけはある。なら、俺も少しだけ本気を出すとしよう。『
フードの男はそう言うと、男の影から3本もの黒い糸が出現し、襲い掛かって来る。
「そんなもの。俺の魔力纏いで斬ってやる。『魔力纏い 一閃』」
再び剣に魔力を纏わせ、迫りくる黒い糸を斬り払おうとするが……。
「無駄だ」
剣が黒い糸に当たろうとした瞬間、黒い糸が急に剣を避けるように動く。
「なっ!」
黒い糸が剣を避けた?
いや、そんなことはないはずだ……。
「油断しているとやられるぞ?」
黒い糸について考えていると、フードの男の声が聴こえてくる。
『お主、早く避けるのじゃ』
「どういう……」
どういう事だ。と言おうとした瞬間、左腕に激痛が走る。
「うぐっ⁉」
痛い。
何をされた?
激痛が走っている左腕を見ると、先程の黒い糸が腕を貫通していた。
傷口から溢れ出る血が黒い糸を真っ赤に染めていく。
「くそっ!」
すぐさま、左腕を貫通している黒い糸を斬って、魔力を纏わせた手で刺さっている糸を抜き取ると、黒い糸は煙となって消えていく。
痛てぇ。
なんなんだよ。この魔術っ!
『お主、早くわしを使うのじゃ! あれは危ない。危険なのじゃ』
それは……どういう?
「おいおい。よそ見していて大丈夫なのか。次が来ているぞ」
フードの男の言葉にゾッと寒気を感じ、後ろを振り向くと、残りの黒い糸が迫って来ていた。
急いでその場からバックステップして離れるが、黒い糸はまるで、俺をロックオンしているかのように方向を変え、俺に向かって飛んで来る。
方向が……変わった?
「ああ、それと言い忘れていたが、それは俺によって精密に操作されているから、避けても無駄だぞ」
「マジかよ」
さっきのナイフと違って回避も防御もできないとか……反則だろっ!
……どうする?
『お主、早くわしを使うのじゃ』
……そうだな。ごめん。ロンギヌス。
また力を貸してくれ。
『ならば、わしの力を使うその呪文を口にせよ!』
「『
右手に持っていた剣を左手に持ち替えて、ポケットからロンギヌスの破片を取り出し、呪文を唱える。
すると、あの時のように周りが次第に熱くなっていき、破片が強く輝き始める。
「それが……お前の本気か」
「ああ。そうだ。また、力を貸してくれ『聖剣ロンギヌス』」
俺がそう言うと同時に、破片から出る輝きが止み、破片が握られていた手に一本の奇麗な剣が姿を現した。
「まあ、今のは見事だったが、剣が一本増えたくらいでは俺の一撃は防げないぞ」
フードの男がそう言うと、黒い糸がスピードを上げて俺に迫って来る。
「いや、防ぐ必要はない。ロンギヌス。頼む」
『了解したのじゃ。消えよっ!』
ロンギヌスが一瞬だけ輝き、迫りくる黒い糸は塵と化して消していく。
「魔術を燃やした? いや、それでも、俺の魔術が燃えるはずがない。なるほど。そうか。そういうことか。それが本気の姿か。玄野零」
「さあ、お互い本気といこうぜ。フード男」
何かをブツブツと呟きながらニヤリと笑うフードの男に対し、俺は剣を構えてニヤリと笑った。
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